スペインの総選挙が11月29日(日)に行われる。きっかけは、家賃の値上げを抑える政令など住宅の政令2本が10月2日に下院で否決されたことで、サンチェス首相は3日後の5日に議会の解散と総選挙を表明し、解散の勅令は6日に官報に載って発効した。任期満了の2027年7月から8か月近い前倒しになる。民間の世論調査はいずれも国民党(PP)を首位とするが、PPが単独で下院(定数350)の過半数の176議席に届くとする調査はなく、極右のVoxと合わせると過半数を上回る。11月1〜2日に公表された3つの民間調査では、Voxは2023年の33議席からほぼ倍増、サンチェス首相の社会労働党(PSOE)は121議席から97〜106議席に減ると推計されている。一方、政府系の社会学研究センター(CIS)の調査はPSOEを首位としている。争点は住宅を筆頭に、移民、首相の周辺の司法案件、そして10月28日に69人が亡くなったウルダの列車事故をめぐる政府の対応に広がった。PSOEより左の勢力は分かれたまま選挙戦に入る。選挙運動は11月13日から27日まで、16日にはサンチェス首相とPPのフェイホー党首の直接討論が予定されている。新しい議会は12月23日に召集され、首相の信任投票は年明けになる公算が大きい。スペイン国籍を持たない日本人の在住者は投票できず、当面の影響は11日のゼネストによる交通の乱れや、組閣の行方による年金の改定の時期などだ。独立派の動きは別の記事にまとめた。この記事は11月3日(火)昼(スペイン時間)までの情報に基づく。

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解散までの経緯:立ち退きと住宅政令の否決

サンチェス首相は2023年11月、カタルーニャの独立派ジュンツと共和主義左翼(ERC)、バスクのPNVとEHビルドゥなどの支持を集めて再選された。PSOEと左派連合スマールの少数連立は、法案ごとに地域政党の協力が必要で、2026年の予算案を一度も提出できないまま立法期を終えた。予算案を出さずに終わった立法期は、1978年の憲法の下で初めてだ。2023年の予算は2024年、2025年、2026年と3回延長されている。

日付出来事
2025年10月末ジュンツが党員投票で政府との協力関係を断つ
2026年9月マドリード市内で、約70年暮らした家から87歳の女性(マリカルメンさん)が立ち退きを受け、住宅危機の象徴に
9月29日閣議で住宅の政令2本を決定
10月2日下院で2本とも否決(賛成172・反対178、賛成166・反対184)。決定打はジュンツの7票
10月3日マドリードで住宅デモ。政府代表部の推計7万人、主催者発表50万人
10月5日首相が解散と11月29日の総選挙を表明。「もっと進めるには、国民の支持を新たにし、広げる必要がある」
10月6日解散の勅令が官報に載り発効。政府は否決された政令をほぼ同じ内容で閣議で再決定し、解散中に下院の権限を預かる常任委員会での承認を狙う
10月7日マリカルメンさん死去。労働組合CCOOとUGTが11月11日のゼネストを決める
10月16日選挙連合の届け出期限。左派のフレンテ・アンプリオとポデモスは全国での共闘に至らず
10月28日トレド県ウルダ付近で高速列車の追突事故、死者69人

解散時の下院の構成は、PP 137、PSOE 121、Vox 32、スマール26、ERC 7、ジュンツ7、EHビルドゥ6、PNV 5、混成会派9だった。経緯の詳しい記事は解散の日の記事と政令の再決定の記事にある。

選挙運動と投票の日程

日付予定
11月11日(水)ゼネスト(CCOO・UGTなど、24時間)
11月12日(木)政府が想定する、常任委員会での住宅の政令の採決日(正式な招集は未発表)
11月13日(金)0時選挙運動の開始(15日間)
11月16日(月)サンチェス首相とフェイホー党首の直接討論(両党が受け入れ)
11月19日(木)郵便投票の申請の締め切り
11月26日(木)PSOEが求める国営放送RTVEでの4者討論の候補日。PPは民放アトレスメディアでの開催を主張し、10月下旬の時点で決まっていない
11月27日(金)24時選挙運動の終了。28日(土)は「反省の日」で運動禁止
11月29日(日)投票(9時〜20時)。下院350議席と上院の直接選挙枠
12月23日(水)新しい上下両院の召集

選挙区別の議席は、マドリードが37から38に増え、カディスが9から8に減った。候補者名簿は11月2日に公示され、3日の官報に載った(名簿の記事)。

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世論調査:PPは首位でも単独では届かず

解散後の民間の調査は、PP首位、Vox第3党、PPとVoxの合計が過半数という点で一致している。議席の幅は調査によって異なる。表は11月1〜2日に公表された3つの民間調査と、CISの直近の調査。

調査(媒体、公表日)PPPSOEVoxフレンテ・アンプリオ
ターゲット・ポイント(エル・デバテ、11月2日)131〜13599〜10368〜729〜11
ソシオメトリカ(エル・エスパニョール、11月1日)137(UPNと合わせて139)106645
シグマ・ドス(エル・ムンド、11月2日)133〜13997〜10363〜699〜11
CIS(政府系、10月14日)22.2%34.0%17.1%—
(参考)2023年7月の結果1371213331(スマール)

数字は予測議席。CISは得票率の推計だけで、議席の予測を出していない。民間の3調査でPPとVoxの合計は、ターゲット・ポイントが199〜207、ソシオメトリカが201(UPNを含め203)、シグマ・ドスが196〜208議席になる。ターゲット・ポイントとシグマ・ドスの聞き取りは事故のあとの10月28〜30日、CISは10月1〜6日だ。CISはPSOEを首位とする唯一の調査で、PPはCISの調査をめぐってテサノス総裁を5月に刑事告訴している。

ソシオメトリカの調査は回答を積み上げていく追跡型で、ウルダの事故のあとの最初の公表分では、前回と比べてPPが135から137議席に増え、PSOEは108から106議席に減った。同紙は事故の影響とみているが、調査だけで因果関係は確かめられない。同紙が11月1日に公表した別の設問では、回答者の73.6%が、プエンテ運輸相の辞任か更迭が必要だと答え、同紙が「PSOEの投票者」とした層でも59%に上った。以前の調査は10月12日の記事にまとめている。

主な候補

党首相候補・筆頭候補2023年の議席
社会労働党(PSOE)ペドロ・サンチェス首相121
国民党(PP)アルベルト・ヌニェス・フェイホー党首137
Voxサンティアゴ・アバスカル党首33
フレンテ・アンプリオ(スマール運動、統一左翼、マス・マドリード、コムンス)アダ・コラウ前バルセロナ市長31(スマールとして。ポデモスを含む)
ポデモスイレネ・モンテロ欧州議会議員(2023年はスマールの一部)
共和主義左翼(ERC)ガブリエル・ルフィアン下院代表7
ジュンツミリアム・ノゲラス下院代表7
EHビルドゥオスカル・マトゥテ(ビスカヤ、下院の報道官候補)6
バスク民族主義党(PNV)イドイア・サガスティサバル(ビスカヤ)5

スマールのヨランダ・ディアス副首相は2月に出馬しないと表明していた。フレンテ・アンプリオとポデモスは、マドリードとカタルーニャの名簿をめぐって折り合えず、全国での共闘は実現しなかった。共同で出るのはカナリアとバレンシア(コンプロミス主導)など一部に限られる。ポデモスはカタルーニャで候補を立てず、党の人がERCの名簿に入り、ルフィアン氏とモンテロ氏は一緒に選挙運動をする(コラウ氏擁立の記事、ポデモスの記事)。2023年に31議席を得たスマールの票が分かれることは、比例代表の議席の配分で左派に不利に働きうる。

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争点1:住宅

最大の争点は住宅だ。否決された政令2本は失効したが、政府は10月6日にほぼ同じ内容で再決定した。1本目(RDL 29/2026)は8日に施行された。2027年末までに年1回の家賃の改定を迎える住宅の賃貸契約で、家賃が参照指数の上限を超える場合は値上げを認めず、それ以外は家主と借り手の新たな合意がない限り、値上げを最大2%に抑える(契約に家賃の改定の定めがなければ改定されない)。代わりの住まいがない脆弱な世帯の立ち退きの手続きを、申立人の種類などの要件に応じて止める(最長で2030年末まで)。投資ファンドなどによる安値での住宅取得を制限し、初めての住宅購入には無利子融資「TU CASA」を設ける(予算100億ユーロ、1件の上限は物件価格の20%か5万ユーロの低いほう)。2本目(RDL 28/2026)は、賃貸契約の延長を強め、家主が更新しない場合の借り手への補償などを定めるもので、施行日は11月15日。それまでに常任委員会で承認されなければ施行されない。

常任委員会は議長を含めて69人で、PP 27、PSOE 25、Vox 6、スマール6、ERC・ジュンツ・EHビルドゥ・PNV・混成会派が各1人。本会議で決定打だったジュンツが1票になるため、PNVが賛成すれば政府側が35対34で上回る。PNVは1本目に賛成し、2本目に反対する方針を示しており、1本目だけが承認される見通しだ。否決された政令を常任委員会で通す手法には、元憲法裁判事らから「憲法の潜脱」との批判があり、PPとVoxは憲法裁への申し立てを検討していると報じられた。政府は採決をゼネストの翌日の11月12日に想定している。

ゼネストは、CCOOとUGTがともに呼びかける全国規模のものとしては2012年11月以来だ。住宅のほか、賃金と労働時間の改善を掲げる。首相は「明らかに機能していない市場」への介入を強めると訴え、PPは家賃の規制に反対して供給を増やす策を訴える。Voxのアバスカル党首は首相を住宅危機の「直接の責任者」と呼び、公営住宅などで「スペイン人優先」を主張している(ゼネストの記事)。

争点2:移民

7月末にセウタで大規模な越境があってから、移民政策をめぐる論争が強まった。Voxは「国民優先、再移民(remigración)、規制緩和と減税」を掲げ、報道はこれをPPとの連立の条件と受け止めている。4月の勅令で実施された非正規滞在者の特別正規化(6月30日に受け付け終了、申請は約117万件)の撤回も主張する。Voxは住宅や社会給付でスペイン人を優先するよう求めており、制度の作り方によっては合法的に住む外国人にも影響しうる。PPは大規模な正規化に反対し、ポイント制の就労ビザと国籍試験の厳格化を掲げる。PPも4月、下院で、地域への定着の長さを重視して給付に優先順位をつける案を出している。

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争点3:首相の周辺の司法案件

この立法期には、首相の周辺で司法案件が相次いだ。アバロス元運輸相は6月に最高裁で懲役24年3か月の判決を受けた。サパテロ元首相は5月、航空会社プルス・ウルトラへの公的救済をめぐり、全国管区裁判所で捜査の対象になった。ガルシア・オルティス前検事総長は2025年11月、マドリード州のアユソ知事のパートナーに関する秘密の情報を漏らした罪で有罪となり辞任し、首相はこの前検事総長への恩赦を選挙前に決める可能性を「排除しない」と述べている(恩赦の記事)。首相の弟は7月に公職就任禁止9年の判決を受けたが、確定しておらず控訴している。首相の妻については9月、陪審による公判の開始が命じられた。本人は疑いを否定し、検察も無罪を求めている。首相本人は捜査の対象になっていない。PPはこれらを政権の腐敗として批判し、PSOEは政治的な動機による攻撃だと反論している。

争点4:ウルダの列車事故

10月28日朝、トレド県ウルダ付近で、マドリード発セビリア行きのRenfeのAVEが、止まっていたIryoの列車に追突し、69人が亡くなった。外国籍の死者は15人で、日本国籍の2人が含まれる。主要政党の多くは選挙前の活動を数日止めたが、Voxは続けた。プエンテ運輸相は事故のあと進退を首相に委ね、首相が続投を求めたと報じられた。本人は辞任しない考えで、PPや鉄道の労働組合に加え、連立与党側のフレンテ・アンプリオからも辞任を求める声が出ている。フェイホー氏は11月2日、政府が世論調査を気にしていると批判し、自分なら運輸相をすでに更迭していたと述べた。政府は3日の閣議で被害者を支援する政令を決める予定で、運輸相は同日17時から下院の常設委員会で説明する。原因は、オルガスの裁判所の判事の非公開の捜査と、国の独立した事故調査機関(AITAT)の調査が続いている。事故の経緯と日本人の犠牲者については3日の続報にまとめた。

独立派の立ち位置

住宅の政令を否決して選挙のきっかけをつくったジュンツは、サンチェス氏の再任もPPとVoxの政権も支えないとしてきたが、筆頭候補のノゲラス氏は10月27日、サンチェス氏以外が率いるPSOE政権なら、カタルーニャに利益があれば信任しうると含みを持たせた。ERCは、地方税を除く域内の税をカタルーニャの税務庁が徴収する「単独の財政モデル」と、合意による自己決定の住民投票を掲げる。恩赦法の適用をめぐる司法の手続きは10月に大きく進み、プッチダモン元州首相は帰国の日程を明かしていないが、選挙後が有力とされる。カタルーニャでは社会党系PSCが首位、バスクではEHビルドゥが首位という調査が出ている。詳しくは別の記事で伝える。

選挙のあと:組閣の見通し

いまの民間調査の議席と各党の立場を前提にすると、PPが政権を担うにはVoxの協力が重要になる公算が大きい。フェイホー氏は「目標は単独多数だが、届かなければVoxと連立政権を組む」と述べ、交渉には6つの「越えられない線」を設けるとしている。「Voxとの政府は機能する」とも語り、PPとVoxがともに政権に入っているアラゴン、カスティーリャ・イ・レオン、エストレマドゥーラ、アンダルシアの州政府を前例に挙げた。アバスカル氏は「副首相ではなく首相候補として出ている」とし、連立の条件に「国民優先、再移民、規制緩和と減税」の3つを挙げる。州ではPPとVoxの組閣交渉が難航した例があり、国政でも両党の協力が必要になれば、政策や閣僚のポストをめぐる交渉が焦点になる。解散前の上院ではPPが絶対多数を持っていたが、上院の直接選挙枠も今回選び直される。上院では、PSOEとフレンテ・アンプリオなどが多くの選挙区で共同の候補を立て、PPとVoxも一部の県で候補を調整した。

手続きは次のとおりだ。12月23日に議会が召集され、国王が各党と協議して首相候補を推す。信任投票は1回目が定数の過半数(176)、48時間後の2回目は賛成が反対を上回れば足りる。最初の投票から2か月以内に誰も信任を得られなければ、両院は解散され、再選挙になる(憲法99条)。2019年には4月の総選挙のあと組閣できず、11月に再選挙になった。PPとVoxの合計が176に届かない場合は、ほかの党の賛成か棄権を得られるかが焦点になる。PNV、EHビルドゥ、ERCはVoxが入る政権を支えない立場で、組閣が長引く可能性がある。

在住者と旅行者への影響

項目当面の影響
投票権総選挙で投票できるのはスペイン国籍の人だけ。地方選挙は、ほかのEU加盟国の市民と、相互協定を結ぶ一部の国の国民も投票できるが、日本との協定はない
年金法律で毎年1月に物価に合わせて改定され、2027年の率は今後の物価統計で決まる。改定には政令が要る。政府は、選挙後の暫定政府でも年内に改定を決める意向を示している。決定が遅れた場合は、2020年のように1月にさかのぼって適用された前例がある
予算選挙後に新政権ができるまで予算案は出せず、2027年も2023年の予算の延長で始まる公算が大きい(4回目)
外国人の手続き選挙で滞在許可、外国人身分証(TIE)、国籍の申請の制度が止まるわけではなく、2025年5月施行の外国人法の施行規則も引き続き適用される。窓口の予定は各機関の発表を確かめたい
賃貸家賃の値上げの制限や立ち退きの停止は、常任委員会で1本目が承認されれば続く。2本目は承認されなければ施行されない。契約の更新を控えている人は、契約の日付でどの指数が適用されるかを確かめておきたい
11月11日のゼネスト鉄道や航空に運休・減便が出る可能性がある。最低限の運行(最低サービス)と個別の便の運行は、当局や事業者の発表を確かめる
投票日全国一律の祝日にはならない。店や観光施設の営業、交通の運行は各施設・事業者の案内を確かめたい。学校や公共施設が投票所になる。投票権があり投票日に働く人には、勤務時間に応じて最大4時間の有給の休みが認められる

日本の読者への解説

スペインの総選挙は、県ごとの選挙区で議席を分ける比例代表制で、首相は下院の信任投票で選ばれる。第1党の党首が自動的に首相になるわけではなく、過半数に届かない党は、ほかの党の賛成か棄権を集める必要がある。2023年にはPPが第1党でも組閣できず、第2党のサンチェス首相が独立派や地域政党を束ねて再選された。今回の民間調査が示すのは、PPとVoxの右派2党だけで過半数に届く可能性だ。Voxはこれまで州政府には入ったが、国の政権に入ったことはない。Voxが中央政府に入れば、1977年の民主的な総選挙以降、極右政党の政権入りは初めてになる。

この記事は11月3日(火)昼(スペイン時間)までに確認できた情報に基づく。世論調査は調査会社によって幅があり、投票日までに変わる可能性がある。選挙運動の中の動きは続報で伝える。

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