スペインのサンチェス首相は10月5日(月)午前9時、モンクロア宮殿からの声明で、議会を解散して11月29日(日)に総選挙を行うと発表した。解散と選挙の勅令(RD 806/2026)は6日の官報に掲載され、新しい議会は12月23日に召集される。本来の任期満了は2027年7月で、8か月近い前倒しになる。家賃の値上げを最大で年2%に抑える政令など住宅の政令2本が、2日に国会で否決されてから3日後の決断だ。首相は声明で否決には直接触れず、「もっと進めるには、国民の支持を新たにし、広げる必要がある」と述べた。世論調査は、政府系の社会学研究センター(CIS)を除くすべてで国民党(PP)が首位で、PPとVoxの右派2党を合わせると過半数の176議席を大きく超える。在住者への当面の影響は限られる。投票日までは政府は通常どおりで、外国人の手続きも、年金も、住宅の規制も変わらない。否決された政令は失効し、賃貸は政令の前の制度に戻った。一方で、2023年の予算が2027年も延長される公算が大きく、選挙のあと政権づくりが長引けば、2027年1月の年金の改定が遅れる恐れがある。旅行者は、投票日も店や交通は普段の日曜日と同じだが、大手の労働組合が秋のゼネストを予告している(日付は未定)。
「支持を新たにし、広げる必要がある」
声明は質問を受けない形式で、首相はまず、3年余り前に有権者と議会が「進歩派の連立政権」を再び選んだと振り返り、「国家元首に報告したうえで、今朝、臨時の閣議を招集して議会を解散し、法律の定める日程に従って11月29日(日)に総選挙を行うことを決めた」と述べた。
首相は「社会的な多数派の一部に、いま不満があることは分かっている」「私たち自身も誤りを犯し、すべてをやり遂げることはできなかった」と認めたうえで、「もっと進めるには、国民の支持を新たにし、広げる必要がある」と、より大きな進歩派の多数を求めた。この議会を「『合意する』と『あきらめる』を取り違える人の多い、ひどく荒れた議会」、野党を「わが国の民主主義が知る最悪の野党」と呼び、想定されるPPとVoxの政権を念頭に「極右連立」に国の手綱を渡すのかと問いかけた。「私は同胞を信頼している」「全力を尽くす。再び勝つために」と結んだ。
声明には、2日の否決も、政党の名も、自身が候補になるかも出てこない。ただ、PPが治める自治州政府に向けて「かつてないほどの財源を移したのに、彼らはペントハウスを買い、病院を民営化した」と述べ、マドリード州のアユソ知事の高級マンション購入問題(関連記事)を暗に突いた。候補については、社会労働党(PSOE)は首相を再び候補に立てる方針で、10月17日の連邦委員会で正式に指名し、名簿も承認するとEFE通信が伝えている。
首相は4日(日)の午後、国王フェリペ6世に電話で決断を伝えた。国王は5日午後、国賓訪問先のフィンランドに着いた直後、ヘルシンキで解散の勅令に電子署名した。勅令の末尾は「2026年10月5日」とだけあり、署名の場所は書かれていない。
引き金は住宅の政令の否決
2日(金)の下院の本会議では、政府が9月29日の閣議で決めた住宅の政令2本が、賛成172・反対178と賛成166・反対184で否決された。1本目(RDL 26/2026)は、家賃の値上げを最大で年2%に抑える(参照指数より高い家賃は値上げできない)、脆弱な世帯の立ち退きを2030年末まで止める、投資ファンドなどによる住宅の取得を制限するといった内容で、PP、Vox、カタルーニャの独立派ジュンツ、ナバラのUPNが反対した。2本目(RDL 27/2026)は、賃貸契約を5年(法人の家主は7年)ごとに自動で延長する内容で、バスク民族主義党(PNV)とカナリア連合も反対に回った(関連記事)。
決定打はジュンツの7議席だった。ジュンツは2025年10月末に党員投票で政府との協力関係を断っており、今回の政令も「賃貸の供給を減らし、価格を上げる」と批判した。党のノゲラス下院代表は5日、首相が「住宅危機の苦しみを選挙目的に利用している」と非難した。
解散時の下院の構成は、PP 137、PSOE 121、Vox 32、左派連合スマール26、カタルーニャ共和主義左翼(ERC)7、ジュンツ7、バスクのEHビルドゥ6、PNV 5、混成会派9だった。政府はPSOEとスマールの少数連立で、法案ごとに地域政党の協力を必要とし、この議会では2026年の予算案を一度も提出できなかった。予算案を一度も提出しないまま終わった立法期は、1978年の憲法の下で初めてだ。
選挙の日程
| 日付 | 予定 |
|---|---|
| 10月6日(火) | 解散の勅令が官報に掲載、郵便投票の申請の受け付け開始 |
| 10月16日(金) | 政党の連合の届け出の期限 |
| 10月21〜26日 | 立候補の届け出 |
| 11月2日(月) | 候補者名簿の確定 |
| 11月13日(金)0時 | 選挙運動の開始(15日間) |
| 11月19日(木) | 郵便投票の申請の締め切り |
| 11月27日(金)24時 | 選挙運動の終了。28日(土)は「反省の日」で運動禁止 |
| 11月29日(日) | 投票(9時〜20時)。下院350議席と上院の直接選挙枠を同時に選ぶ |
| 12月23日(水)10時 | 新しい上下両院の召集 |
選挙法は、公示から54日目を投票日と定めている。2023年も5月29日に発表、翌30日に公示、7月23日に投票という同じ構造だった。11月の総選挙は2011年と2019年にもあり、初めてではない。選挙区別の議席は、マドリードが37から38に増え、カディスが9から8に減った。バルセロナは32、バレンシアは16のままだ。
世論調査はPPとVoxで過半数
解散を受けて相次いで公表された世論調査では、CISを除くすべてでPPが首位に立っている。
| 調査(媒体、調査期間) | PP | PSOE | Vox | スマール | PP+Vox |
|---|---|---|---|---|---|
| シグマ・ドス(エル・ムンド、9月22日〜10月1日) | 32.6%・140 | 25.6%・103 | 18.3%・63 | 6.6%・9 | 203 |
| ソシオメトリカ(エル・エスパニョール、10月1〜3日) | 33.4%・143 | 26.5%・106 | 18.1%・62 | 5.3%・6 | 205 |
| 40dB(エル・パイス、9月25〜28日) | 31.6% | 27.4% | 18.4% | 5.6% | — |
| CIS(9月14日公表) | 25.5% | 31.0% | 16.6% | 5.7% | — |
| (参考)2023年7月の結果 | 33.1%・137 | 31.7%・121 | 12.4%・33 | 12.3%・31 | 170 |
数字は得票率と予測議席。民間11社の調査の平均(9月1日〜10月3日、デモクラタ集計)はPP 32.1%、PSOE 26.5%、Vox 18.4%で、PPとVoxを合わせて207議席になる。どの調査でもPP単独では過半数に届かず、政権にはVoxの協力が要る。Voxは2023年の12.4%から得票率で約1.5倍、議席ではほぼ倍になり、スマールは半分前後に落ちた。7月末にセウタで大規模な越境があってから、PSOEは下げ、Voxは上げている。
PPのフェイホオ党首は「ついに全スペイン人が決める」と述べる一方、「選挙に勝つのは難しいと分かっている」と期待を抑えた。2023年に137議席で首位になりながら組閣に失敗した経験が念頭にあるとみられる。Voxのアバスカル党首は同じ日、「国民優先、規制緩和、再移民(remigración)」を掲げ、報道はこれをPPとの連立の条件と受け止めた。2026年にはエストレマドゥーラとアンダルシアで、Voxが一度は州首相の信任を阻んで条件を引き上げたうえで州政権に入り、アラゴンとカスティーリャ・イ・レオンでも長い交渉の末に副首相のポストなどを得て連立した。バレンシアは閣外からの協力だ。国政でも同じ構図が予想される。
左派は再編の途中だ。スマール系の4党(スマール運動、統一左翼、マス・マドリード、コムンス)は「拡大戦線」として出馬し、筆頭候補を10月17日に発表する。ヨランダ・ディアス副首相は2月に出馬しないと表明済みで、候補にはバルセロナ前市長のアダ・コラウらの名が挙がる。ポデモスはイレネ・モンテロ欧州議会議員を候補に立て、合流の条件として10月14〜15日の公開予備選を提案した。連合の届け出期限は10月16日で、同じ名簿で出るかは決まっていない。
カタルーニャでは、世論調査で急伸している極右のアリアンサ・カタラナが「われわれはスペイン人ではない」として総選挙には出ない。ジュンツは議席を減らす見通しで、ERCは17日に候補を発表する。PSOEのカタルーニャ姉妹党PSCは2023年に19議席を取っており、イジャ州首相は「カタルーニャはサンチェスとともにある」と述べた。
この立法期には、首相の周辺で司法案件が相次いだ。アバロス元運輸相は6月に最高裁で懲役24年3か月の判決を受け、検事総長は2025年11月に公職禁止2年、首相の弟は7月に公職禁止9年の判決を受けた。首相の妻は陪審裁判にかけられる見通しだ。首相本人は捜査の対象になっていない。
影響1:300本超の法案が廃案、予算は4年連続の延長へ
議会が解散すると、政令の承認など一部を除き、審議中の案件は失効する。市民団体シビオの集計では、政府提出の法案89本と、議員や自治州などが出した法案220本が廃案になった。家族法、教員の労働条件の改善、子どものデジタル環境の保護、AIの規制などが含まれる。8月に閣議で第1読会を終えた新しい庇護法と外国人法の改正は、国会に出す前で止まる。労働時間の週37.5時間への短縮は、2025年9月に下院で否決されていて、今回の解散で新たに消えたわけではない。
予算は、2023年のものが2024年、2025年、2026年と3回延長されてきた。選挙のあと新政権ができるまで、政府は暫定政府として予算案を出せないため、2027年も2023年の予算の延長で始まる公算が大きい。
年金は法律で、前年12月から11月までの物価上昇率の平均に合わせて毎年1月に改定される。9月の物価が前年比4.9%と高く、2027年は3.3〜3.5%の見込みだ。ただし改定には別の政令が必要で、2026年分も、12月の政令が1月に国会で否決され、2月に出し直してようやく2.7%の引き上げが確定した経緯がある。2019年12月には、当時の暫定政府が改定を「正式な政府ができるまで」先送りし、翌1月の新政権が遡って適用した。12月23日に議会が召集されても、首相の指名が1月にずれ込めば、同じことが起きうる。
影響2:賃貸は政令の前の制度に戻った
否決された政令2本は失効し、賃貸は9月までの制度に戻った。年2%の上限はなくなり、2023年5月26日以降に結んだ契約の家賃の改定は国家統計局(INE)の賃貸参照指数(IRAV)、それより前の契約は契約の条項(多くは消費者物価指数)に従う。契約の最低期間が5年(法人の家主は7年)、その後の黙示の延長が3年という、2019年の賃貸借法の改正以来の仕組みは変わらない。2023年の住宅法も、カタルーニャ州の家賃上限の規制(現在271の市町村、302への見直しが手続き中)も有効なままだ。更新を控えている人は、契約の日付でどの指数が適用されるか、最初の期間の満了か延長中かを確かめておきたい。
政府は6日の閣議で、否決された2本に技術的な修正を加えて再び決定し、解散中に議会の権限を預かる常任委員会で承認を得る方針だ。常任委員会は議長を含めて69人で、PP 27、PSOE 25(議長を含む)、スマール6、Vox 6、ERC、ジュンツ、EHビルドゥ、PNV、混成会派が各1人。本会議で決定打だったジュンツが1票になるため、政府側が35対34で上回る計算だ。ただ、鍵を握るPNVは本会議で2本目の自動延長に反対票を投じており、新しい文面を精査してから態度を決めるとしている。報道では1本目だけが通る見通しだ。採決は11月上旬までに行われる。この手法には法学者から「法律の潜脱」との批判もあり、政府は合法だと反論している。
影響3:外国人の手続きは止まらない
2025年5月に施行された新しい外国人法の施行規則は政府の規則で、議会の解散の影響を受けない。4月の勅令で実施した非正規滞在者の特別正規化も、6月30日に受け付けを終えており、申請は約117万件(7月2日の政府発表)。審査は行政機関が続ける。滞在許可、外国人身分証(TIE)、国籍の申請も同じで、選挙を理由に止まる規定はない。
変わりうるのは選挙のあとだ。Voxは正規化の撤回を掲げてきたほか、公営住宅や住宅の補助で「スペイン人優先」を主張し、外国人の住宅購入には別の税率を提案している。「スペイン人優先」は合法的に住む外国人にも及ぶ設計で、公営住宅や補助を使う人には関係する。PPは大規模な正規化に反対し、ポイント制の就労ビザや、国籍試験の厳格化を掲げる。国籍の申請を考えている人は、新政権の方針を見ておく価値がある。
影響4:市場は小動き、ユーロは17か月ぶりの安値
5日のマドリード市場は小高く始まり、引けにかけて上げ幅を広げ、IBEX 35の終値は1.12%高の19,299.70だった。上げを引っ張ったのはサンタンデールなどの銀行株で、前日のブラジル大統領選(第1回投票)の結果も材料になったとEFE通信は伝えており、スペインの選挙だけの反応ではない。10年物の国債の利回りは4.12%前後、ドイツ国債との差は0.63〜0.65ポイントとやや開いた。ユーロは一時1ユーロ=1.1161ドルと17か月ぶりの安値を付けたが、こちらはフランスの政局やユーロ圏の物価の影響も大きい。運用会社の見方は分かれ、JPモルガンは「ごく短期の経済見通しへの影響は限られる」とした。格付け会社の公式のコメントはいまのところ出ていない。スペインの成長率はユーロ圏平均の約2倍で、首相も声明で「EUで最も成長し、最も雇用を生む経済」を誇った。
影響5:投票日は普段の日曜日、ゼネストの日付に注意
スペインの選挙の日は祝日ではなく、店や交通、観光施設は普段の日曜日と同じだ。学校や公共施設が投票所になる程度で、旅行者が困ることはない。働いている人には、投票のために最大4時間の有給の休みが認められている。11月29日はリーガの第14節が組まれ、バレンシアではMotoGPの最終戦もある。
注意したいのはゼネストだ。労働者委員会(CCOO)と労働総同盟(UGT)は5日、住宅と賃金を掲げた24時間のゼネストを秋に行うと発表した。大手2労組によるゼネストは2012年以来になる。日付は社会団体や借家人組合と相談して決めるとしており、UGTのアルバレス書記長は選挙運動の期間(11月13日〜27日)には設定せず、11月が「妥当」だと述べた。CCOOのソルド書記長は6日、7日(水)に機関会議を開いて日付を決めると話した。決まり次第、当サイトでも伝える。
選挙のあとに起きること
投票日の翌日から、政府は新政権ができるまでの暫定政府になる。12月23日に両院が召集され、そのあと国王が各党と協議して首相候補を提案する。1回目の投票は過半数の176、2回目は賛成が反対を上回れば選ばれる。最初の投票から2か月で決まらなければ議会は自動的に解散し、再選挙になる。2023年は7月23日の選挙のあと、フェイホオ氏が9月に2回失敗し、サンチェス氏が11月16日にようやく選ばれた。116日かかった。今回も、PPとVoxの合計が176に届くかどうかで、年末年始の政治の時間が決まる。
日本の読者への解説
日本の衆議院の解散は、解散から40日以内に投票という決まりで、首相が時期を選ぶ余地がある。スペインは公示から54日目と固定されていて、発表の日に投票日が決まる。もう1つの違いは政府の立場だ。日本では選挙のあと特別国会で速やかに首相が選ばれるが、スペインは議会が首相を選ぶまでに数か月かかることが珍しくなく、その間は暫定政府が予算も法案も出せない。2019年には4月の選挙で首相を選べず、11月に選挙をやり直した。上院も同時に解散して選び直す点も、参議院が解散されない日本とは違う。
日本との関係では、イベリア航空のマドリード=成田便は冬ダイヤも続き、9月に結ばれたカタルーニャ州と大阪府の協力の覚書は州政府どうしの合意で、中央政府の交代とは関係がない。政権が代わって直ちに影響を受ける日西の案件は、いまのところ見当たらない。













