スペインのオスカル・プエンテ運輸・持続可能モビリティ相は10月30日、高速鉄道マドリード―セビリア線で使う安全システムLZBを巡る通信障害などが2026年に入って170回起きたと明らかにし、「欧州の通常の範囲内」と説明した。28日のウルダでの列車衝突事故を受けた会見での発言だ。大臣は、今回の事故では通信の問題を受けて列車を止める動作は機能したと主張している。ただ、停止後に安全を確保して運転を再開できるかは、運行全体を評価するうえで別に検証が必要な問題として残る。
170回を「通常」とする運輸相の説明
会見を取材したEFE通信とEuropa Pressによると、プエンテ氏は今年の障害件数を170回とし、過去6~7年も大きく変わらず、直近2年間の平均を下回ると述べた。EFEは、大臣が年間の件数を150~200回程度と説明したことも伝えている。
大臣が強調したのは、システムを使えなくなることと、危険を検知して列車を止める機能が働かないことの違いだ。LZBや新しい欧州共通システムERTMSも、地上設備や車両に搭載した機器、ケーブルなどの物理的な設備で情報をやり取りしており、それらに障害が起きることはある、という説明だった。
また、170回のうち75%は、破壊行為、ケーブル盗難、気象条件など、システム自体の外にある要因によるものだと述べた。この割合は大臣の説明であり、個別事案の原因や継続時間を一覧にした記録を本記事が独自に検証したものではない。
Servimediaは、事故が起きたウルダの区間でも今年13回の通信障害があり、事故前の最後の発生は10月14日だったと大臣が説明したと報じた。プエンテ氏は、距離当たりで見れば同区間の発生頻度は他の区間より高くないと主張している。
| 会見で示された数字 | 意味・注意点 |
|---|---|
| 今年170回 | 大臣が示したLZB関連の障害件数。事故件数や停車した列車の本数ではない |
| 年間150~200回程度 | 例年の水準についての大臣の説明。今年の通年実績ではない |
| 75% | 外部要因によると大臣が説明した割合 |
| ウルダの区間で13回 | 今年の区間別件数。事故前の直近は10月14日と説明 |
170回は、会見時点までの今年の累計である。過去の通年値と比較して今年が改善したかを判断するには、同じ期間の集計かも確かめる必要がある。同じ日に複数の事案が起きた可能性や、一つの障害で複数の列車が影響を受けた可能性は、件数だけでは区別できない。「170日止まった」「170回、全線の安全装置が同時に使えなくなった」と読み替えることはできない。
LZBは何をしているのか──規則は障害時も想定
LZBは、運転台に走行条件を示し、列車の速度を継続的に監視する仕組みだ。スペインの鉄道運行規則は、定められた速度を超えた場合にブレーキを作動させる機能を説明し、通信障害や車上装置の故障が起きた場合の扱いも定めている。
高速線で通信障害が起きたときの規則は、前方の区間が空いている場合と、他の列車に占有されている場合を分けている。前方が占有されている場合には、停止位置の報告と必要な確認を経たうえで、次の信号まで「目視運転」で進むための指示を出す手順がある。
この目視運転は、前方の障害物などを確認し、必要な位置で止まれるように進む扱いだ。通信が失われた場合の代替手順が存在する以上、障害後の運転再開そのものがすべて禁じられているわけではない。一方で、どの故障にどの手順を適用し、前方の列車と信号の状態をどう確認するかは重要な条件になる。
規則は、LZBの継続的な監視が使えなくなった場合に、線路脇の信号を用いる運行方式BSLや、別の保安装置ASFAの有効性を確認する扱いも定めている。LZBが使えないことを、そのまま「すべての信号や保安装置が消える」と理解するのも正確ではない。
ただし、代替の保安手段が残ることと、元のLZBと同じ形で列車の動きを監視し続けられることは同義ではない。規則が状態別の確認や指示を求めている点に、障害後の運行を慎重に扱う理由が表れている。
「止まったから安全」の先にある、運転再開の問題
ウルダの事故について、プエンテ氏は通信の問題で列車が自動的に止まり、その後の運行を担った管制側の対応に問題があったとの見方を示している。EFEの会見報道では、通信障害の発端をまだ把握できておらず、記録の取り出しと分析を待っているとも説明した。
ここで分けて考える必要があるのは、異常を受けて列車を止めた段階と、停止後にどの条件で走らせたかという段階だ。最初の停止が設計どおりだったという説明だけで、その後を含む安全の仕組み全体が十分だったと判断することはできない。
反対に、事故が起きたことだけを理由に、170回すべてで危険な運行が行われたと結論づけることもできない。個々の障害がどのように処理され、どんな条件で再開され、再開後に何が起きたかを調べる必要がある。
170件から分かるのは、LZB関連の障害が繰り返し起きたということだ。復旧までの時間や、代替手順を適用した件数は、この数字だけでは分からない。代替手順が必要になった場合に、担当者が状況を取り違えず、確実に確認と指示を行える仕組みだったのか。そこまでが安全を評価する対象になる。
プエンテ氏は会見で、手順が十分明確だったか、教育や要員体制、判断を確認する仕組みなどを検討する考えも示した。現場の誰か一人の判断だけに説明を集約せず、誤りを防ぐ仕組みがどこで働き、どこで働かなかったのかを検証することが求められる。
「欧州の通常範囲」を確かめるために必要な数字
「通常」という言葉には、少なくとも二つの意味がある。過去にも同程度の頻度で起きてきたという意味と、安全や運行への影響が許容できるという意味だ。過去の件数が安定しているという説明は前者に関するもので、後者を判断するには、障害の内容と影響についての情報が必要になる。
欧州との比較にも、対象と分母の確認が欠かせない。路線の長さ、列車の走行距離、設備の数が異なれば、件数の総数だけを並べても頻度を比べられない。短時間で回復した局所的な通信障害と、長い区間に影響が及んだ障害を、どのように数えているかも重要だ。
運休や遅延などの運行への影響と、危険な状態に至ったかという安全上の結果も、分けて確認する必要がある。170という数字は問題の規模を考える入口になるが、それだけで欧州に比べて多いとも、十分に少ないとも判断できない。
外部要因が75%だったという説明についても、原因を分類したところで検討が終わるわけではない。どの原因が繰り返され、どのような予防策と復旧策を取ったかという問いが、その先に残る。外部要因という分類から、鉄道運行全体の対策が十分だったとの結論を直接導くことはできない。
ERTMSへの切り替えは2027年初めの見通し
プエンテ氏は、マドリード―アンダルシア方面のERTMS設備は2026年6月に設置を終え、試験が続いていると説明した。運用開始は2027年初めを見込むとしている。設置工事の完了と、営業運転で実際に使える状態になることは別の段階だ。
大臣はLZBの安全性を擁護し、新しいERTMSでも通信を支える設備の障害は起こり得ると説明している。今回の事故について、ERTMSへの切り替えが済んでいれば確実に防げたと、会見の内容だけから断定することはできない。設備の状態に加え、障害時の運行と指示の記録を踏まえた検証が必要になる。
利用者への説明として求められるのは、「170回は通常」という評価の根拠と、障害が起きても事故に至らないようにする対策の具体性だ。停止させる機能を備えていることから一歩進み、停止後も安全を保てることを、記録と改善策で示せるかが問われている。
日本の読者への解説
日本の鉄道に置き換えると、運転台に情報を送り、速度を監視する装置に通信の問題が起きて列車が止まったと説明された場面を考えると分かりやすい。停止は、異常があるまま走らせないための安全上の動作になり得る。しかし、旅客に必要なのは、その装置が使えない間も、前方の列車を確認しながら安全に運行できるかという説明までだ。
今回の170回を読む際には、「障害の発生」「保安装置が列車を止めた動作」「その後の運転再開」を分けると混乱しにくい。障害の回数をそのまま衝突寸前の回数とみなすことはできない。一方、列車がいったん止まったという事実だけで、再開まで含む運行の安全が証明されるわけでもない。
また、日本の特定の装置や運行方式と、LZBやその代替手順を同じものとして比較することには注意が必要だ。共通して考えられるのは、異常を想定した規則が存在するかだけでなく、現場で適切な手順を選び、実行を確認できるようになっているかという点である。
「専門家にとっては通常」という言葉だけでは、利用者は自分にとって何を意味するのか判断しにくい。比較可能な障害率、影響した範囲と時間、復旧や再開時の確認、再発防止策を示すことが、説明を具体的にする。発生頻度が例年並みだという説明と、安心して利用できる根拠を示す説明には、それぞれ必要な情報がある。
今回の発言で重く受け止めるべきなのは、170という回数の大きさだけではない。障害を想定した仕組みがありながら、ウルダで列車の衝突に至ったという事実と、その間のどこで安全確保が途切れたのかという問いだ。最終的な原因や個人の責任を先取りせず、設備、運行、確認手順を通して確かめる必要がある。
事故と鉄道の運営体制については、国営と「民間」が同じ線路を走る仕組みでも解説している。













