FCバルセロナの本拠地スポティファイ・カンプ・ノウ(Spotify Camp Nou)の改修工事が、また遅延に直面している。2026年10月に予定されていた第三段(tercera grada、最上段)のオープンが数か月ずれ込むことがほぼ確実になり、2026-27シーズン中に目標の10万人収容に到達できるかが不透明になった。現在のスタジアム収容人数は62,600人で、最終目標の104,600人(初めての全面屋根付き)まで、まだ4万席以上が使えない状態が続く。ジョアン・ラポルタ会長は「1年の遅延」を公式に認めたが、それでも工事の完全完成は2027年後半、あるいは2028年初頭にずれ込む可能性がある。最大の難関は48,000平米の全面屋根の設置で、2027年夏に8週間の工事期間中はスタジアムを4か月間閉鎖する必要がある。建設を担当するトルコのリマク(Limak)社は既に46本の巨大柱(各28トン)と92本のラジアルケーブルを設置済みだが、市当局とのライセンス1C(使用許可)を巡る対立と、安全評価の厳格化で、今後も予期しない遅延が発生し続ける可能性が高い。バルセロナ観光でカンプ・ノウ見学を楽しみにする日本人旅行者にとって、2026年から2027年にかけては「工事中のスタジアム」を受け入れる必要のある期間となる。
「あと少し」が何度も伸びた──カンプ・ノウ改修の遅延年表
スポティファイ・カンプ・ノウ改修工事、正式名称「エスパイ・バルサ(Espai Barça)」プロジェクトは、2023年6月に着工した。当初計画では2024年内に部分再開、2025年に完全完成となっていた。しかし、当初計画に間に合ったのは、まず2025年11月22日の「象徴的な部分再開」のみだった。この日、バルサはアスレティック・ビルバオ戦で本拠地に「戻った」が、収容人数は45,000人にとどまり、屋根も第三段もなかった。
その後、2026年5月にレアル・マドリードとのエル・クラシコが開催され、この一戦だけで16.2百万ユーロの試合収益を計上した。バルサの財政危機(財務規律違反によるLaLigaの給与制限)の脱出には、この本拠地開催の収益が不可欠であり、工事を止めずに開催を続ける圧力の源泉となっている。
2026年3月時点でスタジアムは62,652席で運用されていたが、その後、市当局が「観客の安全、特に緊急避難経路の確保」を最優先とし、第三段のオープンを段階的に延期する決定を下した。第三段は横(Lateral)→貴賓席側(Tribuna)→ゴール裏の順に開放されるが、その最初の横部分が2026年10月に間に合わない見込みだ。
屋根がすべての鍵──48,000平米、46本の柱、92本のケーブル
今回の遅延の技術的な核心は、スタジアムを覆う全面屋根の設置にある。カンプ・ノウは1957年の開業以来、屋根は貴賓席上部だけの中途半端な形状だったが、エスパイ・バルサでは史上初めて観客席の全面が屋根で覆われる。この屋根の面積は48,000平米で、東京ドームのグラウンド面積(約13,000平米)の3.7倍に相当する。
この屋根を支える構造として、リマク社は既に46本の巨大柱(各28トン、合計約1,300トン)と、92本のラジアルケーブルを配置し終えた。ここまでは順調だ。問題は屋根本体の設置作業で、ラポルタ会長自身が「最低8週間かかる」と認めている。この8週間の作業期間中は、スタジアム全体を4か月間閉鎖する必要がある。作業の重機・クレーン・仮設足場が観客席を占拠し、試合開催が物理的に不可能になるからだ。
クラブは屋根設置を2027年夏に開始する計画だ。理由はシンプルで、5月にシーズンが終わりオフシーズンに入ると、9月の新シーズン開幕までに4か月の閉鎖期間を確保できるからだ。この計画が守られれば、2027-28シーズンは屋根付きの完全なカンプ・ノウで開幕できる。しかし、屋根の物流・気象条件・追加の許認可のどれかが遅れれば、閉鎖期間は秋以降にずれ込み、また試合が本拠地開催できない事態になる。
「もうひとつの遅延」──パラウ・ブラウグラナも影響
エスパイ・バルサはカンプ・ノウ本体だけの計画ではない。プロジェクト全体には、隣接するパラウ・ブラウグラナ(Palau Blaugrana、バスケット・ハンドボール・フットサル用の屋内アリーナ)の新設と、周辺の商業施設・広場整備が含まれる。カンプ・ノウ本体の工事遅延に伴って、新パラウ・ブラウグラナの建設着工も後倒しになっている。既存の旧パラウ・ブラウグラナは1971年建設で老朽化が進んでおり、バスケットとハンドボールの試合会場としては欧州の同規模クラブに比べて明らかに見劣りする。新パラウの完成予想は現時点で2028年以降とされ、ラポルタ会長の任期中(〜2028年)のこけら落としは絶望的になった。バルサの現・過去役員間では、この点でも責任論が続く。
市長と会長の対立──ライセンス1Cを巡る政治戦
技術的な問題と並行して、政治的な対立も遅延の原因になっている。バルセロナ市当局とバルサは、スタジアムのオープン許可を段階的に発給する制度で運用されており、ライセンス1C(全面オープン許可)の発給が最大の焦点だ。市の技術者は「クラブ側から多くの圧力を受けた」と発言し、「これほど厳しく監視された工事は近年ない」と応酬している。
ラポルタ会長は2026年2月に、ハイメ・コルボニ市長と市当局への「不満」を公に表明した。ライセンス1Cの発給が想定より遅れており、その原因が「スタジアム外周のアクセス経路の安全評価」にあると市側は説明している。会長は「市は政治的に工事を遅らせている」と示唆したが、市側はこれを否定し、「純粋に安全上の問題」と繰り返している。
この対立は、2028年のバルサ会長選挙と、2027年のバルセロナ市長選挙を控えた両者の政治的立場にも影響される。ラポルタは工事完成をレガシーにしたい一方、コルボニは「観光アパート2028年全廃」政策と同じく、市の生活環境を守る姿勢を市民にアピールする必要がある。カンプ・ノウの試合日に周辺住民が「駐車違反・騒音・ゴミ問題」で不満を抱えており、市側は住民票を意識せざるを得ない。
観光客への実務ガイド──ツアーは「バルサ・イマーシブ」に変更、試合はモンジュイックで
バルセロナ観光でカンプ・ノウを訪れる予定の日本人旅行者にとって、2026年から2027年にかけて知っておくべき実務情報は3つある。
第一に、従来の「カンプ・ノウ・エクスペリエンス」ツアーは工事期間中は提供されていない。代替として、クラブは「バルサ・イマーシブ・ツアー(Barça Immersive Tour)」を運営中だ。内容はFCバルセロナ博物館、360度没入型シアター、工事中のスタジアム展望ポイント、オーディオガイド。料金は28-31ユーロで、従来のカンプ・ノウ・エクスペリエンス(26ユーロ前後)とほぼ同水準だが、ピッチレベルの見学や更衣室ツアーは含まれない。工事中の景色を含めた「歴史的瞬間の記録」として楽しむ姿勢が必要だ。
第二に、2026-27シーズンの前半戦は、依然として本拠地カンプ・ノウとモンジュイックの併用となる可能性が高い。バルサは2023年から2025年秋まで、モンジュイックの丘にあるエスタディ・オリンピック・ルイス・コンパニス(Estadi Olímpic Lluís Companys、1992年バルセロナ五輪のメインスタジアム)を仮設本拠地として使用してきた。2025年11月に一部復帰したが、収容人数の関係で大型試合はモンジュイックに戻る可能性が残る。試合観戦を目的にバルセロナ入りする場合、公式サイトで開催地を必ず確認してほしい。
第三に、屋根設置の4か月閉鎖期間(2027年夏想定)中は、ツアーも完全停止する可能性が高い。工事の重機とクレーンが観客席を占拠する期間、見学者を安全に案内する経路が確保できないためだ。この閉鎖期間の詳細スケジュールは2027年春頃に発表される見込みで、それまでにバルセロナ観光を計画する場合は「見学不可の可能性」も想定に入れておきたい。
日本の読者への解説──新国立競技場の遅延問題を10倍の規模で見る
日本の読者にカンプ・ノウの遅延を伝える最良の比較対象は、2015-2019年の新国立競技場の設計変更・建設遅延問題だ。ザハ・ハディド案の白紙撤回、コスト超過、東京五輪への間に合わせのための強行スケジュール。日本の建築ジャーナリズムがあれだけ書いた問題を、バルセロナは10倍の規模で(そして東京五輪のような明確な締切なしに)実行している。
違いは、プロジェクトオーナーが政府ではなく民間クラブである点だ。カンプ・ノウは私設スタジアムで、資金調達は基本的にクラブ自身のスポンサーシップ・借入・チケット売上に依存する。エスパイ・バルサ全体の予算は15億ユーロと発表されており、日本円換算で約2,400億円(1ユーロ160円換算)。新国立競技場(約1,569億円)を上回る規模を、私設クラブが自己資金で回している。財務規律違反によるLaLigaの給与制限に苦しむバルサにとって、この工事の遅延はそのまま試合収益の機会損失となる。だからこそ、クラブは工事を止めずに開催を続ける道を選び続けている。
もうひとつ、日本の読者に伝わりにくいのがバルサファン(culers)の忍耐だ。1957年の開業から70年間、同じ場所で試合を見てきた家族4代がいる。2023年から仮設のモンジュイックに移り、2025年に部分復帰し、2027年か2028年にようやく全面完成。この6-7年間の「本拠地不在」を、culersは基本的に文句を言わずに受け入れている。それは、「新しいカンプ・ノウは104,600人を全面屋根で覆う欧州最大のクラブ・スタジアムになる」という約束があるからだ。日本人観光客がこの工事期間中にバルセロナを訪れるとき、culersと同じ視線で「未完のカンプ・ノウ」を見ることができれば、それはそれで貴重な旅の記憶になる。
2027年夏の屋根設置作業と、2027年末から2028年初頭の完成予定。この2つの節目までは、カンプ・ノウは「観光地としても試合会場としても不安定な状態」が続く。旅行を計画する日本人には、2028年秋以降の訪問なら安全、それ以前ならモンジュイックとイマーシブツアーの併用を前提に、と提案する。













