スペインの民間シンクタンク、フアン・デ・マリアナ研究所(IJM)は10月30日公表の報告書で、鉄道事故調査委員会(CIAF)の年報にある事故件数が2018年の40件から2024年の97件へ、142.5%増えたと指摘した。報告書が引用する鉄道保守費は、線路1,000km当たりでEU14か国平均の約56%だった。ただし、事故の数字は通知された事案の集計で、保守費は2019~2024年の平均。鉄道安全庁AESFの別指標では2024年の「重要事故」は前年より減っており、142.5%を安全性全般の悪化率と読むことはできない。

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40件から97件へ──何が142.5%増えたのか

IJMの報告書「Todo funciona peor(すべてが悪化している)」は、マヌエル・ジャマス氏とディエゴ・サンチェス・デ・ラ・クルス氏がまとめたものだ。サンチェス政権下の公共サービスを批判的に検討しており、鉄道については事故や遅延と、インフラの保守・投資を取り上げている。

事故の比較に使ったのは、CIAFの年報にある2018年と2024年の数字だ。報告書の一覧表は、40件から97件への変化を「142.5%増」と記載している。増加分は57件で、件数全体では元の約2.4倍になる。「142.5%になった」という意味とは異なる。

IJMが引用した指標2018年2024年
通知された事故40件97件
脱線7件22件
事故・インシデントなどの通知総数52件128件

脱線の7件から22件への増加は約3.1倍。事故やインシデントなどを含む通知総数は52件から128件へ約2.5倍になった。脱線は事故と別に足し合わせる件数ではなく、種類別に見た指標である。

ここで区別したいのは、「調査機関に通知された件数」「正式な調査が始まった件数」「一定の基準を満たす重大・重要事故の件数」だ。同じ鉄道事故を扱う資料でも、集計対象が違えば数字は一致しない。

2024年のCIAF年報について、EFE通信が伝えた内訳は、通知総数128件のうち「重大事故」1件、「事故」97件、「インシデント」29件、除外された事案1件だった。正式調査の対象になった事案も、通知の全件ではない。したがって、IJMが使った97件を「大規模な列車衝突が97回起きた」「97件すべてで乗客が死傷した」と読むことはできない。

また、この比較は2018年と2024年という二つの年の件数を比べている。途中のすべての年で事故が増え続けたことや、2025年・2026年も同じ割合で増えたことを示すものではない。報告書の公表年と統計の対象年を分けて読む必要がある。

AESFの別指標では、2024年は前年より改善

IJMの問題提起を評価するには、別の安全指標も必要だ。AESFの2025年年報(対象は2024年まで)は、死亡・重傷、一定額以上の損害、長時間の運行中断などを基準とする「重要事故」を集計している。この指標はCIAFへの事故通知と対象が異なり、件数を直接置き換えることはできない。

AESFの重要事故指標2018年2024年
重要事故の件数47件57件
100万列車km当たりの件数0.24件0.27件

AESFの重要事故は2018年の47件から2024年の57件へ増えたが、CIAFの通知件数とは増加の幅が異なる。前年の2023年は77件、100万列車km当たり0.38件だったため、2024年は件数・発生率とも前年より改善したことになる。AESFは、主に人身事故や踏切事故が減ったと説明する一方、改善が続くかは後年の確認が必要としている。

つまり、今回の142.5%という増加率は、特定の集計と期間についての数字だ。別指標で2024年に改善が見られることは、保守や安全に問題がないという証明ではないが、鉄道の安全性がすべての指標で一方向に悪化しているという読み方にも根拠を与えない。

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「欧州のほぼ半分」は総投資額ではなく保守費

もう一つの柱が、鉄道インフラの維持にどれだけ支出しているかという比較だ。IJMは、経済研究所(IEE)が2026年3月に出したインフラの維持投資に関する報告書を引用している。

IEEの原表は「線路1,000km当たりの鉄道インフラ保守支出」で、対象期間は2019~2024年の平均。スペインは4,550万ユーロ、表で「UE-14」と表示されたEU14か国の平均は8,060万ユーロだった。IEEは欧州連合統計局(Eurostat)のデータから比較表を作成したとしている。

保守費の比較対象線路1,000km当たり比較期間
スペイン4,550万ユーロ2019~2024年平均
EU14か国平均(UE-14)8,060万ユーロ2019~2024年平均

スペインの額を比較平均で割ると約56.5%で、約43.5%少ない計算になる。「ほぼ半分」という要約よりも、「平均の約56%」と捉えた方が差の大きさを正確に把握できる。これはEU27か国すべての平均という表示ではなく、資料がUE-14とする比較対象の平均である。フランスやドイツは、この保守費の比較図に含まれていない。

単位にも注意が必要だ。4,550万ユーロは線路1km当たりの金額ではなく、1,000km当たりの金額。全国の鉄道予算の総額でもない。路線の長さに対してどれだけの保守費を使ったかを比べるため、分母をそろえた指標だ。

さらに、この原表の比較対象は「保守」である。新線建設や大規模な更新工事まで含めた鉄道への総投資と、そのまま置き換えることはできない。IJM自身も、Eurostatの分類では更新を投資に含め、保守とは別に扱う点を注記している。

このため、「スペインは鉄道への投資を欧州平均の半分しかしていない」と対象を広げてしまうと、元の表から読み取れる範囲を超える。正確には、特定の期間と比較対象国について、線路延長当たりの保守支出が平均を大きく下回った、という指摘になる。

2019~2024年の平均という点も欠かせない。2026年に公表された報告書に載っていても、2026年の予算や実際の支出を表す数字ではない。今後の増額計画があったとしても、その計画額と過去の平均支出を同じ時点の実績として比べることはできない。

IJMは管理の問題を指摘──因果関係は別の検証が必要

IJMは、公共支出の増加がサービスの改善につながっていないと主張し、鉄道でも維持管理への資源配分や運営のあり方を問題視している。事故の増加と保守支出の比較を並べることで、鉄道網を維持する政策の検証を求める内容だ。

ただし、これはIJMによる政策評価であり、事故調査機関が個別事故について出した原因認定とは役割が異なる。ある期間の事故件数が増え、別の比較で保守費が低かったとしても、その二つだけで「保守不足がすべての事故を起こした」とは結論づけられない。

事故が起きた場所、車両や設備の状態、運行管理、当日の状況などを調べなければ、具体的な原因は分からない。保守費の差も、どの設備に、どの工事・点検として使った費用かを確認して初めて、個々の路線の管理状態との関係を検討できる。

通知件数には、列車の走行距離や運行本数など、輸送量を分母にした調整も含まれていない。乗客が「1回乗車したときの危険」を知りたい場合には、件数の増減とは別に、輸送量当たりの事故率や事故の重大性を見る必要がある。142.5%という数字を、そのまま乗車時の危険の増加率に置き換えることはできない。

線路延長当たりの保守費も、投入した金額を表す指標であって、安全性の成績そのものではない。比較で低い額が出たことは、予算配分や保守の実態を確かめる材料になる。しかし、支出額だけで、すべての路線や運行会社の安全性を一律に順位づけることはできない。

今回の報告書から確認できるのは、IJMが引用した事故の通知件数に大きな差があり、IEEの比較表でもスペインの保守支出が平均を下回っていることだ。その問題提起と、具体的な事故原因や現在の運行上の安全性についての判断は、分けて受け止める必要がある。

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日本の読者への解説

「事故が142%増えた」という見出しは強い。ただ、日本の鉄道について考える場合も、車両の接触や脱線、踏切事故、死傷者の出た重大事故を一つの件数として読むことはできない。今回のスペインの数字も、まず「誰に通知され、どう分類された事案か」を確かめることで、何を示す比較なのかが見えてくる。

IJMの指摘を理解する際には、三つの時点を押さえると分かりやすい。事故件数は2018年と2024年の比較、保守費は2019~2024年の平均、報告書の公表は2026年10月だ。これらをまとめて「2026年の鉄道の状態」と読んでしまうと、過去の実績と現在の状況が混ざる。

金額についても同じことが言える。新しい路線を造る費用、既存設備を大きく更新する費用、日々の点検や保守に充てる費用は、同じ鉄道支出でも意味が違う。「新線への投資が増えた」という説明だけで保守が十分だとは判断できず、保守費だけを見て鉄道投資の全体が少ないとも断定できない。どの項目にお金を使ったのかが、政策を評価する際の焦点になる。

また、路線の長さをそろえた比較と、利用者や列車の走行距離をそろえた比較では、答えている問いが異なる。今回の保守費は前者、乗車時のリスクを考えるために必要なのは後者を含む安全指標だ。平均より支出が低いという数字を知ることと、自分が利用する列車の運行状況を知ることは、それぞれ別の確認になる。

旅行や通勤で列車を使う人にとって、この報告書は鉄道政策への問題提起として読む資料だ。特定の日の運休、代替輸送、切符の変更・払い戻しを決める際には、利用する列車と日付に対応した運行案内を確認する必要がある。過去の統計だけを理由に、今日の便が危険だ、あるいは平常運行していると判断することはできない。

大切なのは、強い数字を薄めることでも、そのまま恐怖に結びつけることでもない。どの事故が増え、保守のどの部分に資源が必要なのか、改善策が実行されたかを具体的に追うことだ。今回の報告書は、その検証の出発点になる。

高速鉄道の運行会社と線路管理の違いは、国営と「民間」が同じ線路を走る仕組みで整理している。

10月30日追記:安全性を評価する別の統計として、AESFの重要事故件数と走行距離当たりの発生率を追記し、CIAFへの通知件数との違いを補足した。

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