カタルーニャ独立派のトニ・コミン元州政府委員が25日(日)、フランスとの国境を歩いて越え、約9年ぶりにカタルーニャに戻った。2017年10月末にベルギーへ渡って以来の帰郷だ。正午ごろ、フランス側のセルベールの灯台を出発し、家族や友人、ジュンツの政治家らと1時間あまり歩いて、スペイン内戦の共和派の亡命者の記念碑があるベリトレス峠に着いた。国境線の上、2017年10月1日の住民投票の投票箱のそばで演説し、「これほど長い年月、何かを待ったことはなかった」「今日は帰還の祝いだ」と語った。峠の先はジローナ県のポルトボウ側になる。コミン氏は21日にすでに車でスペインに入り、22日にマドリードで欧州議会議員の就任に必要な手続きを済ませていた。最高裁の判事は10月、憲法裁判所の判断を受けて逮捕状を取り消しており、逮捕のおそれはなくなった。ただし、恩赦の最終的な適用はまだ決まっていない。プッチダモン元州首相は、11月29日の総選挙の後に戻るとみられている。

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共和派の亡命の道を逆にたどる

地元メディアのVilaWebによると、出発地点では100人を超える人がコミン氏を迎えた。3Catによると、同行したのは、ジュンツのジョゼップ・リウス報道官、文化団体オムニウムのシャビエ・アンティック会長、ジュンツのアグスティ・コロミネス州議、メリチェイ・ボラス元州政府委員、ジョルディ・プジョル元州首相の息子のオリオル氏とオレゲール氏ら。共和左派(ERC)のイサック・ペライレ氏や、2017年にコミン氏が国外に出た時にも同行した友人で、左派連合コムンスのジャウマ・アセンス氏も加わった。VilaWebによると、娘とパートナー、きょうだいのベトナ・コミン氏も一緒に歩いた。峠では、ラウラ・ボラス元州議会議長が待っていた。ジュンツのジョルディ・トゥルイ幹事長は、母親を亡くしたため参加できなかった。

出発前には、セルベールのクリスティアン・グラウ村長があいさつに訪れ、コミン氏が国境を越えられること、それもここアルベラ山地から越えることを「とてもうれしく思う」と述べた。コミン氏は親しい人たちに手紙で参加を呼びかけ、家に帰ることは人生で最もすばらしい出来事の一つになると書いていた。

ベリトレス峠には、1939年のスペイン内戦の終わりに、この道を越えてフランスへ逃れた何千人もの共和派の亡命者の記念碑がある。亡命者の多くは、フランスで収容所に入れられた。コミン氏は国境線の上、住民投票の投票箱のそばに立って演説し、集まった人たちと、来られなかった人たちに感謝した。トゥルイ幹事長にも触れた。VilaWebによると、国境を「同じ国を分けるばかげた線」と呼んだ。3Catによると、帰郷の前に自分をマドリードへ呼び出した中央選挙管理委員会に向けて「彼らは失敗した」と述べ、プッチダモン元州首相を「亡命の兄弟」と呼んだ。

帰郷は当初、24日(土)の正午の予定だった。コミン氏は16日、親しい人たちに送ったメッセージで、準備や運営上の理由と、天候も理由の一つとして、1日延ばすと説明していた。

逮捕状の取り消しと、残る手続き

コミン氏は、2017年10月のカタルーニャ独立の住民投票と独立宣言の後、プッチダモン元州首相らとともにベルギーへ渡った。スペインの最高裁は、公金横領などの罪で逮捕状を出していた。

2024年に恩赦法が成立した後も、最高裁は横領罪を恩赦の対象外とし、逮捕状を維持してきた。流れを変えたのは、10月6日の憲法裁判所の判断だ。憲法裁は、同じ事件で有罪となったバッサ元州政府委員の訴えを7対5で認め、横領罪にも恩赦を適用するよう最高裁に命じた。最高裁のパブロ・リャレナ判事は同じ日、コミン氏とプッチダモン元州首相、リュイス・プッチ元州政府委員の逮捕状を一時的に効力停止にした(当サイトの10月7日の記事)。16日付の決定では、極右政党Voxの不服申し立てを退け、逮捕状を正式に取り消した。この決定にはまだ不服申し立ての道が残る。決定は、これで予審が終わるわけではないとし、恩赦の適用と裁判の打ち切りは最高裁の刑事部が判断するとしている。刑事部はその後、すでに有罪判決を受けていたジュンケラス元州副首相ら4人に横領罪の恩赦を適用した。コミン氏ら3人については、まだ最終的な判断が出ていない。

コミン氏はこれに先立ち、21日夜に車でフランスのバスク地方からスペインに入り、22日にマドリードの中央選挙管理委員会で、欧州議会議員の就任に必要な、憲法を守るとの誓約をした。誓約はカタルーニャ語で、「カタルーニャの人々に忠実に、10月1日の負託に基づき、法の要請により、約束する」という言い回しだった。欧州議会は23日に当選を通知し、コミン氏は11月11〜12日の本会議から出席する見通しだ。

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プッチ氏は先に戻り、プッチダモン氏は総選挙後か

同じく国外にいたプッチ元州政府委員は、21日夜にバルセロナ近郊のテラッサで帰郷の行事を開いた。集まった人数は報道によって「数百人」から「1,000人超」まで分かれている。プッチダモン元州首相は、3人の中で最後に戻る見通しだ。3Catによると、日付はまだ決まっていないが、11月29日の総選挙の後になるとみられている。コミン氏の帰郷の予定は、10月13日の記事でも伝えた。

コミン氏は、プッチダモン氏が率いる政党ジュンツの総選挙の名簿には入っていない。名簿の届け出は26日に締め切られる。

日本の読者への解説

2017年10月、カタルーニャ州政府はスペイン憲法裁判所が差し止めた独立の住民投票を実施し、州議会が独立を宣言した。中央政府は州の自治を停止し、州政府の幹部らは反乱や公金横領などの罪に問われた。2019年の最高裁判決は反乱罪を退けたが、国内に残った州政府の閣僚や州議会議長、独立派の市民団体の代表ら9人が扇動罪(一部は横領罪も)で禁錮刑を受けて服役し、2021年に特赦で釈放された。国外に出たプッチダモン氏やコミン氏らは、逮捕状が出たまま約9年を外国で過ごした。

サンチェス政権は、カタルーニャの独立派政党の支持を得るのと引き換えに、2024年に恩赦法を成立させた。それでも最高裁は、横領罪には恩赦が及ばないとして逮捕状を維持し、プッチダモン氏らは帰国できなかった。今月、憲法裁判所が横領罪も恩赦の対象になるとの判断を示し、逮捕状が取り消されたことで、国外にいた幹部の帰郷が相次いでいる。

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