2026年9月22日、アジア競技大会の自転車女子ロードレースで、アフガニスタン出身のファリバ・ハシミ選手(23)が銀メダルを獲得しました。彼女は2021年のタリバン復権後、身の危険を感じて祖国を脱出、現在はスイス籍のプロチームに所属しています。タリバン支配下では女性がスポーツをすること自体が禁じられており、ハシミ選手はかつて男装して練習を続けていた過去を持ちます。彼女のメダルは単なるスポーツの功績ではなく、圧政から逃れたアスリートが欧州のプロスポーツ界という受け皿を得て、国際舞台で輝きを取り戻した物語であり、スペインのチームも関わった自転車界全体の支援の連鎖を象徴する出来事です。
タリバン支配下の絶望と抵抗
2021年8月にタリバンがアフガニスタンの権力を掌握して以降、女性の権利は劇的に後退しました。中等以上の教育を受ける権利、多くの職業に就く権利、そして公共の場で顔を覆わずに外出する権利さえも奪われました。スポーツは言うまでもなく、女性にとっては全面的に禁止される活動となりました。特に、国際大会に出場経験のある女子アスリートたちは「非イスラム的」と見なされ、報復の標的となる危険に晒されました。ハシミ選手と、同じくプロサイクリストである姉のユルドゥス選手も例外ではありませんでした。しかし彼女たちは情熱を諦めず、男性の服を着て顔を隠し、誰にも気づかれないよう早朝や夜間に練習を続けるという大きなリスクを冒していました。これは、自身の夢を追うための必死の抵抗であると同時に、いつ終わるとも知れない恐怖との戦いでもありました。
決死の脱出と欧州プロチームとの契約
身の危険が日に日に増す中、ハシミ姉妹は国外への脱出を決意します。この動きには、国際自転車競技連合(UCI)やジャーナリスト、人権活動家らが連携した国際的な救援活動が背景にありました。多くの女子選手が、複雑なルートを経てパキスタンやイタリアなどへ避難しました。ハシミ姉妹もその一人としてアフガニスタンを離れることに成功します。そして2022年、彼女たちの才能と不屈の精神に注目したスイス籍のUCIワールドチーム「イスラエル・プレミアテック・ローランド」が、姉妹とのプロ契約を発表しました。これにより、彼女たちは単なる難民ではなく、プロフェッショナル・アスリートとして欧州で活動する基盤を得ることになりました。ビザ、住居、給与、そして何より世界トップレベルのレースに参加する機会が与えられたのです。これは、彼女たちの人生が新たなステージに入った瞬間でした。
スペイン自転車界の支援と欧州の連帯
ハシミ姉妹が直接所属しているのはスイスのチームですが、彼女たちのようなアフガン女性選手を救う動きは、スペインの自転車界も含む欧州全体の連帯によって支えられてきました。特筆すべきは、スペインを代表する名門チーム「モビスター・チーム」の動きです。タリバン復権直後の2021年、同チームはアフガニスタン女子ナショナルチームのメンバー数名の国外脱出を支援し、大きな話題となりました。このように、個々のチームが国籍や所属を超えて人道的支援に動く文化が、欧州のプロスポーツ界には根付いています。スペインで開催される「ラ・ブエルタ・フェメニーナ」のような世界最高峰の女子レースは、ハシミ選手のような亡命アスリートにとって、プロとして生計を立て、世界に自らの存在と祖国の状況をアピールするための重要な舞台となります。一人の選手の活躍の裏には、こうした受け皿となる欧州全体のスポーツエコシステムが存在しているのです。
スポーツが拓く「第二の人生」
ファリバ・ハシミ選手のアジア大会での銀メダルは、スポーツが持つ力を雄弁に物語っています。それは、迫害された人々に避難場所を提供するだけでなく、尊厳と目的を取り戻させ、「第二の人生」を与える力です。プロスポーツチームとの契約は、単なる人道支援とは一線を画します。それはアスリートの能力を正当に評価し、対価を支払い、コミュニティの一員として受け入れるという、より対等な関係性に基づいています。彼女は「難民」というラベルだけでなく、「プロサイクリスト」というアイデンティティを手にしました。このメダルは、アフガニスタンに残された何百万人もの女性たちにとって、希望の象徴となるでしょう。同時に、国際社会に対しては、才能ある人々が政治的な理由でキャリアを断たれることの不条理さと、彼女たちを受け入れることの意義を改めて突きつけています。
日本の読者への解説
ハシミ選手の物語は、日本の私たちにいくつかの重要な問いを投げかけます。第一に、難民・避難民の受け入れに対する社会の姿勢です。欧州のスポーツチームが示したような、民間組織による積極的で具体的な支援のあり方は、政府の政策だけに頼らない人道支援の形として大いに参考になります。日本のスポーツ界や企業が、同様の状況にあるアスリートに対して手を差し伸べることは可能でしょうか。第二に、女子スポーツの価値についての視点です。ハシミ選手の存在は、スポーツが女性に自信と社会参加の機会を与え、時には文字通り命を救う力を持つことを示しています。日本でも女子スポーツの環境整備は道半ばですが、その社会的意義を再認識するきっかけとなるはずです。彼女のペダルの一漕ぎ一漕ぎは、アフガニスタンの過酷な現実と、それでも失われない人間の尊厳、そして国境を越えた連帯の可能性を、私たちに伝えています。













