2026年2月20日、バルセロナのサグラダ・ファミリアの中央塔「イエス・キリストの塔」に十字架の最上部が据えられ、高さは172.5メートルに達して塔の外観が完成し、サグラダ・ファミリアは世界で最も高い教会になった。6月10日、ガウディの没後ちょうど100年の日には教皇レオ14世がこの塔を祝別した。だがバルセロナでは、この5年で塔の上に加わった意匠と、それを可能にした建て方をめぐる論争が続いている。聖母マリアの塔の星(2021年)には建築家や住民団体から「非常に古いアイデア」「美的に恐ろしい」という批判が出た。イエスの塔の十字架(2026年)は「キッチュ」と評された。中央の6本の塔を8年で立ち上げた工場製の石パネルは、「ガウディの構想と矛盾する構法」と呼ばれた。建築家で元FAD(芸術・デザイン振興会)会長のベス・ガリは現在の聖堂全体を「醜いモナ・デ・パスクア(復活祭の飾り菓子)」と呼び、哲学者フェリックス・デ・アスアは2026年5月に「現在のサグラダ・ファミリアは駄作だ」と切り捨てた。一方、建設を率いる主任建築家ジョルディ・ファウリは「技術は計画を変えない。より正確にするだけだ」と説明している。4本の福音記者の塔を飾る像(2022〜23年)については、署名入りの批評は主要紙に見当たらなかった。1965年にル・コルビュジエらが「工事を続けるな」と公開書簡で訴えて以来、60年続く論争の現在地を、確認できた発言と数字だけで整理する。

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星──「ガウディの構想」か、「非常に古いアイデア」か

2021年11月29日、聖母マリアの塔の頂上に星が据えられ、12月8日の無原罪の御宿りの祝日に祝別と点灯が行われた。財団の発表によると、星は直径7.5メートル、重さ5.5トン。正十二面体の核から12本の錐状の先端が伸びる立体の星で、表面はテクスチャ加工したガラス、縁はステンレス鋼の構造で支える。夜は各先端の付け根の内側に仕込んだ照明で光る。構造をフランスのエファージュ・メタル、ガラスをカタルーニャのクリクルサが製作し、費用は約150万ユーロとスペイン紙エル・デバテが報じた。

財団側は、この12本の先端を持つ星を「ガウディが構想した形」と説明する。根拠は1906年に公開された版画で、アントニ・ガウディ財団は「建築家がこの部分のために考えた12の先端を持つ形を再現した」としつつ、「ガウディの時代には存在しなかった素材で作られている」と付け加えた。カタルーニャの日刊紙「エル・プン・アブイ」によれば、ガウディの工房を写した写真には天井から吊られた約10個の星の試作が写っているが、1936年のスペイン内戦で工房が焼かれ、すべて失われた。これに対し、地元の建築史サイト「イストリアス・デ・バルセロナ」は、ガウディは塔を飾る星の種類を確定しておらず、12の先端を持つ十二面体にするとも決めていなかった、1906年の図はガウディの協力者ルビオの手によるもので星の形は曖昧だった、と指摘している。

批判は設置の前後から相次いだ。作家メルセ・イバルスは設置前の11月13日、「観光の星」と題したコラムで、この星を観光商品としての聖堂の灯台になぞらえた。近隣住民の団体の広報サルバドール・バロソは設置当日、英ガーディアン紙に「美的に恐ろしい」と述べ、点灯翌日の12月9日には日刊紙「アラ」に「誤りであり、恐怖だ」と語った。同じ「アラ」の記事で、建築家ジュリ・カペリャは「照明付きの目印を置くべきではなかった」「今は白い光だけと言っているが、先々色や点滅が加わらないとも限らない」と述べ、元バルセロナ市の建築担当議員で建築家のダニエル・モドルは、聖堂には「異なる段階での介入が大量に積み重なり、言語の重層化を生んでいる」と評した。点灯後の12月11日、カタルーニャ語メディア「ナシオ・ディジタル」でガリは「この星は非常に古いアイデアに基づいている」と述べ、新しい星が集めた注目については「サグラダ・ファミリアでは誰もが一口かじりたがる。求められているのはスペクタクルだが、スペクタクルはそれ自体では価値ではない」と語った。同じ記事の、ガウディの作品への忠実さを扱う段落では、聖堂全体について「悪くなる一方で、いまはモナ・デ・パスクアだと思う。しかも醜いモナだ。きれいなモナもあるのだから」と述べている。

擁護の声も同じ記事にある。元バルセロナ市主任建築家のジュゼップ・アントニ・アセビージョは工事の継続を支持し、復活祭菓子との比較を「知的な近視」と切り返した。

福音記者の像──「ガウディの設計どおり」の範囲はどこまでか

中央塔を囲む4本の福音記者の塔は、それぞれの頂上に伝統的な象徴(テトラモルフ)を戴く。ルカの有翼の牛、マルコの有翼の獅子、マタイの有翼の人、ヨハネの鷲である。彫刻家シャビエル・メディナ・カンペニーが制作し、素材はギリシャ・タソス島産の白大理石。翼は白セメントで、ガウディが最後に到達した線織面の一つ、高さ9メートルの楕円双曲面から生成されている。設置は牛が2022年11月14日、獅子が同月29日、人が2023年9月27日、鷲が翌28日で、人の像は9トン、鷲は6トンと報じられた。4本の塔は2023年11月12日に祝別され、点灯した。

財団は「ガウディの設計に従い、塔はテトラモルフの対応する像で頂かれる」と説明する。発表が触れているのは、各塔にどの象徴を乗せるかという計画である。像の造形そのものについてガウディの図面や模型があるとは、発表には書かれていない。造形はカンペニーの作で、本人は「これほど大きなものを作ったことはなかった」と語り、「サグラダ・ファミリアのように幾何学的なものには、何か有機的なものが頂上に必要だ」と自身の考えを述べている。

この4体について、建築家や批評家の署名入りの批判は、スペイン語・カタルーニャ語・英語の主要紙を調べた範囲では見当たらなかった。カタルーニャ公共放送TV3が獅子の像が据えられた2022年11月29日に行った街頭インタビューでは、通行人が有翼の牛を闘牛の雄牛と取り違え、「気に入った。スペインではいつも雄牛がスペインの顔になる」と答える場面があり、地元メディアが取り上げた。像の評価というより、聖堂の象徴体系が街の人にどう受け取られているかを示す一幕である。

議論の対象になっているのは、個々の像よりも、モドルの言う「言語の重層化」の方だ。ガウディが生前に手がけた生誕のファサードの写実的な彫刻群。1980年代後半から受難のファサードを担当したジュゼップ・マリア・スビラックスの角張った人物像。日本人彫刻家の外尾悦郎が生誕のファサードで続けてきた仕事。そこにカンペニーの白大理石の獣が加わった。スビラックスの受難のファサードについては、英オブザーバー紙の建築批評家ローワン・ムーアが2011年に「漫画的な苦悶の彫刻群で、その酷さは筆舌に尽くしがたい」と書いている。異なる時代、異なる作家の手が一つの建物に同居する状態は、今回の像に始まったことではない。

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十字架──ガウディの資料と、実現した形

イエスの塔の十字架は高さ17メートル、幅13.5メートル。4方向に腕を伸ばす立体十字で、二相ステンレス鋼の骨組みに超高性能コンクリートを充填し、表面を白い釉薬の陶片約1万5,000枚と石、透明および半透明のガラスで覆う。ドイツのヨーゼフ・ガルトナー社が2025年に製作し、14分割で運び込んで塔の54メートルの作業床で7つの部材に組み立てた。最初の腕は2025年10月27日に、最上部の腕(4.5メートル×4.5メートル×4.9メートル、12.5トン)は2026年2月20日に据えられ、内部にはイタリア人作家アンドレア・マストロヴィートによる「神の子羊」の作品が収められている。水平の腕の内側には高さ164メートルの展望台が組み込まれ、財団の9月22日の会見によれば一般公開は2028年の見込みだ。

財団はこの十字架を、ガウディが残した資料の研究の結果と位置づける。1927〜29年に刊行された聖堂の「第4アルバム」には「176メートルの壮大な十字架で頂かれる」との記述があり、敷地内に保存されたガウディの模型と鋳型が十字架の構想を示しているという。実現した高さは172.5メートルで、資料の数字とは3.5メートルの差がある。ファウリは2月の設置時に「アントニ・ガウディが残した遺産を何年も研究した成果だ」と述べた。塔を担当した建築家マウリシオ・コルテスは建築誌「ドムス」に「技術は、直感に反するようだが、ガウディの原案により忠実になることを可能にする段階まで進んだ」と語っている。

評価は割れている。建築誌「アルキテクトゥラ・イ・ディセーニョ」は、遺産修復を専門とする建築家ベッティーナ・コルルクの見方として、象徴的にも形態的にも一貫しており、文字通りの模倣に陥らずにガウディ的な言語を保っている一方で、ガウディが好んだ有機的で予期せぬ、歩き回って初めて発見されるものに比べると、この象徴は説明的で解釈の層が少ない、と伝えている。日刊「クロニカ・グロバル」のコラムニスト、ジュゼップ・マリア・コルテスは7月8日、「新しいサグラダ・ファミリア、キッチュの女王」と題して、中央ファサードの最終版がガウディの原案と整合するかは「疑わしい」と書いた。カトリック系メディア「カタルーニャ・レリジオ」のジョルディ・リステリは3月に「一部には気に入らない人もいただろうが、公表された意見と実際に見た人の一般的な感情は称賛だ」と書いている。

塔身──コンクリートではなく、鋼棒で締めた石のパネル

「新しい塔はのっぺりして工業製品のようだ」という印象は、素材の誤解を伴いやすい。中央の6本の塔の塔身はコンクリートではなく、「ペドラ・テサダ(緊張石材)」と呼ばれる工法で造られている。石材の内部に二相ステンレス鋼の棒を通し、その棒を緊張させて石材に圧縮力をかけ、エポキシ接着剤で一体化した工場製のパネルを、クレーンで積み上げる方式である。構造設計を担当した英エンジニアリング会社アラップは「プレストレスによってパネルは風と重力の応力に圧縮で耐えられる。石造に最適だ」と説明する。パネルの数は、接着剤メーカーのヘンケルが826枚(石材2,100個超、接着剤24トン超)、アラップが870枚超としており、集計の範囲の違いは確認できていない。ファウリはこの方式を「石の段の内部にステンレス鋼棒を通して緊張させ、一枚の建設パネルにする」と説明し、従来の工法に比べ最大10倍の速さだと述べている。ヘンケル・イベリカの技術者で、2015年10月からこの協業の技術責任者を務めるベゴーニャ・カンテラは、同社のインタビューで「従来の方法なら50〜60年を要したはずのものが、約8年で完了した」と語った。鉄筋コンクリートが使われているのはイエスの塔と聖母マリアの塔の隅部の構造に限られ、福音記者の塔にはそれもない。石は砂岩と花崗岩など複数の産地のものを使い分けており、聖母マリアの塔の塔身は生誕・受難のファサードの塔と同じ砂岩、肋と窓は「聖母のマントを思わせる」(ファウリ)青い花崗岩である。

それでも、下から見上げたときの規則的な目地と均質な肌は、100年の風雨で色を変えた生誕のファサードの石とはっきり違う。ファウリは、切削は機械で行い最終的なテクスチャは手で仕上げると説明している。財団の発表では塔身の仕上げは石とガラスで、トレンカディス(割れタイルのモザイク)が使われるのは星の支持部や福音記者の塔の二十面体など頂部の限られた部分である。塔身を後から装飾で覆う計画は公表されていない。

この工法への批判は、塔が伸び始めた2016年にすでに出ていた。モドルは同年、「計画のないプロジェクトが、ガウディの名の下に、この計画が構想された方法と絶対的に矛盾する構法で実行されている」と述べ、聖堂を「巨大なモナ・デ・パスクアのようなもの」と呼んだ。さらに遡れば、中央塔の着工前の2011年、ムーアは当時の新しい部分(身廊や受難のファサード)について、「コンピュータ的な精密さ、死んだような感じ、ガウディの溶けるような性質の欠如」が「新しい工事の最悪の特徴だ」と書いている。「精密すぎて死んでいる」という批判は、石パネルの塔が立つ前から続く系譜である。

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「ガウディなら新しい技術を使った」は本当か

財団が繰り返してきた論法は、「ガウディ自身が当時の新技術を使った」である。ファウリはチリ建築家協会の2021年4月のインタビューで、「生誕のファサードの尖塔をガウディは結局、鉄筋コンクリートで仕上げた。それが実行できる方法だったからだ」と指摘し、「できる限り忠実であろうとしてきたが、技術の可能性を使う必要はある」と述べた。2026年4月には「技術は計画を変えない。より正確にするだけだ」と語り、ガウディの模型をコンピュータで描き直して幾何式を与えたことで、面の交線は模型そのものより正確になっているとも説明した。7月には「ガウディが今日のサグラダ・ファミリアを見れば、自分のものだと認めるだろう」とも述べている。

ところが、ガウディの模型の断片からその幾何学を復元し、コンピュータによる設計手法を聖堂に持ち込んだ当人は、この論法に距離を置いている。ニュージーランド出身の建築家マーク・バリーは1979年から2016年まで聖堂の建築家として働き、内戦で砕かれた石膏模型の破片からガウディの曲面を読み解く仕事の中心にいた。現在の中央塔の工事には関わっていない。英建築誌「ビルディング・デザイン」(2024年7月)のインタビューで「ガウディは新技術の推進者だったのか」と問われたバリーは、こう答えている。「まったく違う。むしろ逆だ。革新は設計で行うものであって施工で行うものではない、と彼は主張していたと私は考えている。彼は多くの点で非常に反動的な人物だった。深い信仰心はその最たるものだ」。バリーは2011年にも、ロボットによる石材加工について「結果が必ずしも良くなるわけではない。工事が速くなり、費用が抑えられるだけだ」と述べていた。「ガウディなら使った」という財団の説明と、「ガウディはそうは考えなかった」という元設計者の解釈が、同じ聖堂の歴史の中に並んでいる。

1965年から2026年へ──「これはガウディか」という問い

工事を続けるべきかという論争は、ガウディの死から40年足らずで公然と始まっていた。1965年1月9日、日刊紙「ラ・バングアルディア」の読者欄に「サグラダ・ファミリア聖堂の工事」と題した公開書簡が載った。「私たちは、この作業が有益でないだけでなく、逆効果であると確信している」。署名者にはル・コルビュジエ、美術史家ニコラウス・ペヴスナー、建築批評家ブルーノ・ゼーヴィら国外の名前と、建築家オリオル・ボイガス、画家ジョアン・ミロとアントニ・タピエス、詩人サルバドール・エスプリウらカタルーニャの文化人が並んだ。その中には彫刻家スビラックスの名もある。約20年後に受難のファサードの彫刻を引き受け、自らが「続けるな」と訴えた聖堂に最も論争的な作品を残した本人である。

ボイガスは2015年、「ラ・バングアルディア」のインタビューで「サグラダ・ファミリアはバルセロナの無教養への途方もない貢献だ。世界的な恥だ」「ある世紀に、別の世紀の様式で建物を建てるのは明白な文化的野蛮だ」と語った。2008年には美術評論家マリア・デル・マル・アルヌスらが「ガウディに赤色警報」と題した宣言で工事の中止を求め、アルヌスは聖堂を「金を生む機械」と呼んでいる。そして2026年、アスアは文化誌「エル・クルトゥラル」で「私は著書で、ヴィオレ・ル・デュクやピュージンのような良い贋作は擁護している。現在のサグラダ・ファミリアは駄作だ」と述べ、アイリッシュ・タイムズ紙は、ガウディの伝記作家ハイス・ファン・ヘンスベルヘンの「サグラダ・ファミリアを完成させようとしてはならない。さもなければ、この不思議な宗教的呪文に織り込まれた力の網を解いてしまう」という著述を引いた。

擁護する側の論理も一枚岩ではない。建築家で建築理論家のジュゼップ・マリア・モンタネルは6月、「アラ」への寄稿で、いまの聖堂の正統性を問うこと自体が作者性と孤独な天才の神話を復活させるものだと批判しつつ、現在の工事の「特定の細部の質と趣味」を議論することは正当だと認めた。つまり、「ガウディか否か」ではなく「出来が良いか悪いか」で論じよ、という立場である。ファウリは2026年6月、米CBSにこう語った。「人々が意見を持つのは普通のことだ。だが私たちが建てるものはすべて、ガウディの考えに従っている」。2022年には「来てくれれば何でも説明する。すべての批判は尊重に値する」とも述べている。

1978年から生誕のファサードの彫刻を手がけ、2012年に聖堂の美術工房主任となった外尾悦郎は、イエスの塔の内装を設計した当事者でもある。彼はイタリアのカトリック紙「アヴェニーレ」に6月、「私はガウディが想像も設計もしなかった仕事を続けている」と率直に語り、「人類が完全に達する日が、サグラダ・ファミリアが完成する日だ」と続けた。9月には日本語メディア「nippon.com」に「私たちは教会を作っているのであって、芸術作品を作っているわけではありません。そのことを忘れてはいけない」と述べている。星も十字架も、建築作品としての評価より先に礼拝の場の一部だという見方は、批評家の物差しとは別のところにある。

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日本の読者への解説

日本では今年、サグラダ・ファミリアについて「ついに完成」という見出しが目立った。だが本稿で見たとおり、中央塔の外観の完成は、バルセロナでは60年続く論争の新しい一幕でもある。完成したのはイエスの塔の外観であり、正面玄関にあたる栄光のファサードと大階段がこれからであることは、6月の記事と9月の記事で詳しく書いた。今回はその聖堂の「上の部分」をどう見るかの話である。

押さえておきたい点は三つある。一つ目は、批判の中身が「醜い」という感想だけではなく、「ガウディの図面がないところを誰の判断で埋めたのか」という問いだということ。星の形も、福音記者の像の造形も、十字架の形も、ガウディが残した資料の解釈から生まれた。財団は「ガウディの構想」と言い、批判者は「ガウディについての一つの仮説」と言う。どちらも資料に基づく主張であり、資料の空白をどう扱うかの立場の違いである。

二つ目は、「ガウディなら今の技術を使ったはず」という説明に、かつて聖堂の設計チームの中心にいた建築家が留保を付けているということ。ガウディの幾何学を復元した本人が「彼は施工では革新をしない人だった」と語っている事実は、筆者が確認した範囲では日本語の報道に見当たらない。技術で速く正確に建てることと、ガウディが望んだ建て方は、同じではないかもしれない。

三つ目は、実際に訪れるときの見方だ。生誕のファサードの前に立ち、そこから目を上げて塔身を見比べると、風化して色の変わった手彫りの石と、規則的な目地の走る淡い石パネルの違いが一目で分かる。夜は星と十字架が光る。それを「ガウディの完成」と見るか「別の建物が上に載った」と見るかは、見る人の判断でよい。ただ、ここで紹介した建築家や批評家の言葉を知ってから見上げると、同じ塔が違って見えるはずだ。十字架の中の展望台は2028年の公開見込みなので、それまでは地上からの観察になる。チケットの取り方は予約ガイドを参照してほしい。

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