スペインの憲法裁判所は9月22日の全体会議で、カタルーニャ独立派の元州政府幹部ジョルディ・トゥルイの申し立てをめぐり、保守派のホセ・マリア・マシアス判事がまとめた判決案を退けた。案は「最高裁の判断に基本権の侵害はない」とするものだったが、12人の判事の多数が支持しなかった。多数派は、最高裁が2024年の恩赦法を横領罪に適用しなかったことが、トゥルイの権利を侵害したと見ている。マシアス判事は多数派の考え方に沿った新しい案を、10月6日に予定される次の全体会議に出し、同じ日には独立派のドロルス・バサの同種の申し立ても審理される。判決が確定すれば、横領罪で訴追されたまま2017年からベルギーに住むカルレス・プッチダモン元州首相の帰国に道が開ける。ただし、最高裁のパブロ・ジャレナ判事が9月15日に維持を決めた国内の逮捕状は、いまも有効だ。逮捕状は自動的には消えず、最高裁が改めて判断する必要がある。トゥルイ本人は「遅すぎる」と述べ、プッチダモンらが帰国できるまで恩赦は実現していないと強調した。本稿では、何が決まり何がまだ決まっていないのか、争点となった「個人的な利益」とは何か、プッチダモンの帰国の見通しを整理する。
9月22日に何が決まったのか
審理されたのは、トゥルイの申し立て1件だった。トゥルイは2017年の独立住民投票をめぐり、2019年に最高裁で有罪となった。服役は2021年に政府の個別恩赦で免除されたが、横領罪による公職就任資格の剥奪は残っている。争われているのは服役ではなく、この資格剥奪の部分である。
憲法裁の発表によると、マシアス判事の判決案は「構成判事の多数の承認を得られなかった」。多くのスペイン紙は、政府寄りとされる進歩派7人と保守派5人の構図を「7対5」と報じたが、正式な採決に付されず、案が多数を得られないことが明らかになった形だと伝える媒体もある。いずれにしても、12人の判事のうち多数派が、最高裁の判断を覆す側に立ったことになる。
判決の起草は、交代せずにマシアス判事が続ける。次回の全体会議は10月6日の予定で、マシアス判事が多数派の考え方に沿った新しい案を出す。同じ会議では、コンデ=プンピド長官が担当する元州政府委員ドロルス・バサの申し立ても審理される。マシアス判事は、新しい判決に反対意見を付けるとみられている。ほかに、元州副首相オリオル・ジュンケラスやラウル・ロメバ、そしてプッチダモン本人らの申し立ても係属しており、以後の全体会議で順に扱われる。
争点は「個人的な利益」
恩赦法は、2017年の独立運動に関わる行為を広く恩赦の対象とする一方、横領については、個人的な財産上の利益を得る目的があった場合を対象から外している。最高裁はこの例外を使った。独立派の幹部らは住民投票の費用を公金で賄い、自分の財産から払わずに済んだ。それが「個人的な財産上の利益」にあたる、という論理である。
最高裁が挙げていたもう一つの理由、「EUの財政的利益を侵害した」という点は、欧州司法裁判所が7月16日に「EU法は恩赦法を妨げない」と判断した後、ジャレナ判事が退けた(欧州司法裁の判断の記事)。しかし、ジャレナ判事は「個人的な利益」の理由は維持し、9月15日の決定で、プッチダモンと元州政府委員トニ・コミンの国内の逮捕状を維持した。
退けられたマシアス判事の案は、最高裁の解釈を「通常の法解釈として合理的」とし、利益は「支出を免れた」という形でも生じうると認めていた。これに対し多数派は、恩赦法は横領にも適用されるべきだという立場をとった。スペイン紙の中には、最高裁の解釈が恩赦法の定めを越えて恩赦を骨抜きにしたと多数派が見ている、と伝えるものもある。ただし、憲法裁は理由を公式には明らかにしておらず、判決文が出るまでは確定しない。
プッチダモンはいつ帰れるのか
プッチダモンは2017年10月の独立宣言の後、ベルギーに移り、スペイン国内では横領罪などで訴追されたまま、公判に至っていない。2024年8月8日には、バルセロナの凱旋門の前に突然姿を現して数分間演説し、そのまま警察の包囲をすり抜けて姿を消した。
今回の判断で、すぐに帰国できるわけではない。本人の申し立ては別に係属しており、国内の逮捕状を出しているのは最高裁のジャレナ判事だ。憲法裁の判決が確定しても、逮捕状を取り消すには最高裁が改めて決定を出す必要がある。スペインの複数の新聞は、トゥルイの判決が出れば、ジャレナ判事もそれに沿って動かざるを得ないとの見立てを伝えているが、帰国の具体的な時期は見通せない。
恩赦法の2年
恩赦法は、2023年の総選挙後にサンチェス首相が続投するため、プッチダモンの政党ジュンツなど独立派の支持を得る条件として制定され、2024年6月10日付で成立した。国民党(PP)などは違憲だと訴えたが、憲法裁は2025年6月、大筋で合憲と判断した。今年7月には欧州司法裁判所も、EU法は恩赦法を妨げないとした。
それでも、横領罪の扱いだけは最高裁が適用を拒み続け、独立派の中心人物たちは恩赦の外に置かれてきた。独立派の左派政党ERCは「高位の裁判所による恩赦への反乱が2年続いた」として即時の適用を求め、ジュンツは最高裁に逮捕状の即時解除を要求した。政府筋は、今回の判断がジュンツとの関係の改善につながることを期待していると報じられている。
日本の読者への解説
日本の読者には、憲法裁判所が最高裁の判断を覆すという構図がわかりにくいかもしれない。日本には独立した憲法裁判所がなく、最高裁が憲法判断の最終的な担い手だ。スペインでは、憲法裁判所は司法権の外に置かれ、個人が「基本権を侵害された」として裁判所の判断を争う「アンパロ(憲法上の保護)の申し立て」を受け付ける。今回はこの仕組みで、最高裁の判断そのものが審査されている。
争われているのが公職就任資格の剥奪だという点も、日本の制度と比べると見えやすい。日本でも、有罪判決で失った資格を回復させる「復権」という恩赦があり、2019年の即位の礼の際には、罰金刑を受けた人を中心に約55万人が対象になった。ただし日本の恩赦は内閣が決めるのに対し、スペインの恩赦法は、議会が特定の政治的な出来事を対象に制定した法律で、政権の存続と引き換えに生まれた経緯がある。そのため、政治的な対立がそのまま司法の場に持ち込まれ、最高裁と憲法裁、そして欧州司法裁判所まで巻き込む争いになってきた。
10月6日の全体会議で判決が確定するか、そしてジャレナ判事がどう動くかが次の焦点になる。プッチダモンが帰国すれば、カタルーニャの政治だけでなく、ジュンツの支持に頼る少数与党のサンチェス政権にも影響が及ぶ。













