マドリード州政府が4月に630万ユーロで購入したチャンベリ地区の最上階住戸(アティコ)をめぐり、9月17日のマドリード州議会本会議で野党3党がイサベル・ディアス・アユソ州首相の説明責任を追及し、より強い言葉では辞任を求めた。答弁に立ったのは州首相本人ではなく、州政府総務・司法・地方行政局長のミゲル・アンヘル・ガルシア・マルティンで、「マドリードは州首相のために住居を買ったことは一度もない。州首相は自宅に住んでいる」と述べ、購入は州政府本庁舎レアル・カサ・デ・コレオス(プエルタ・デル・ソル)の改修工事期間中の臨時執務・危機管理拠点および来訪要人の宿泊用だったと説明した。しかし購入は4月14日、目的を記した「必要性覚書」は7月2日付で、購入から3か月後に作られた書類であること、そして取引の存在自体が7月末にエル・パイス紙の報道で初めて明らかになったことが、野党の追及の核心になっている。批判を受けて州政府は物件の売却を決め、売却益は今夏の山火事で被害を受けたシエラ・オエステの復興に充てるとしたが、最低価格669万4,201ユーロで行われた最初の競売は同じ17日、入札者ゼロで不成立となった。ガルシア・マルティンは全書類を州の公営企業プラニフィカ・マドリードの透明性ポータルで公開すると約束する一方、野党各党と公共放送RTVEを名誉毀損で告訴すると表明し、逆に野党議員に謝罪と辞職を要求した。パートナーの脱税疑惑や側近市長の訴追など、アユソを取り巻く司法問題に、今度は「公金による高級物件購入」という新しい論点が加わった。
経緯──4月に購入、7月に覚書、7月末に発覚
物件を購入したのは、マドリード州が全額出資する公営不動産会社プラニフィカ・マドリードである。購入日は4月14日、価格は630万ユーロで、場所はマドリード中心部でも屈指の高級住宅地チャンベリ地区。取引は州議会にも公表されず、7月末にエル・パイス紙が報じるまで存在が知られていなかった。
報道を受けて州政府が示した根拠が、総務・司法・地方行政局が7月2日付で作成した「必要性覚書」で、そこには「執務空間、休憩空間、来訪する当局者や州の要人の臨時宿泊のための公的物件」が必要だと書かれていた。購入から3か月後に作られた書類であることが、野党の「先に買って、後から理由を書いた」という批判を招いた。
州政府の説明は時間とともに変化している。当初は「州首相の臨時執務室」、次いで「要人の宿泊」、そして17日の本会議では「レアル・カサ・デ・コレオス改修中の危機管理拠点で、長時間の滞在が必要になる場合に備えた設備」へと重点が移った。ガルシア・マルティンは「この物件が州首相の公邸として取得されたことは一度もない」と繰り返した。
17日の本会議──「先に高級アティコ、後から正当化」
社会労働党(PSOE)のマル・エスピナル議員団長は「4月にアティコを買い、7月に覚書を出す。まず高級アティコ、それから正当化だ」と時系列を突き、答弁に立った局長を「逃亡中の州首相のイエスマン」と呼んだ。アユソが本会議での説明を局長に委ねたことを「逃亡」と表現したもので、国民党(PP)のアルベルト・ヌニェス・フェイホー党首が公にアユソに説明を求めた事実にも言及した。
マス・マドリードのマルティネス・アバルカ議員は、州政府が「執務室として使う」としたのが物件の3分の1にすぎないとして「残りの3分の2は何なのか」と問い、党が「アユソ兵士」を救うことを最優先にしていると批判した上で「2027年5月、さようなら」と次期州議会選挙での敗北を予告した。マス・マドリードはこの件について司法手続きを求めており、党のこれまでの表現では州首相を「腐敗している」と断じている。
右派のボックス(Vox)も州政府の説明を「不正確で混乱している」と評し、他党の問題を持ち出して論点をそらす「それならそっちは(whataboutism)」の応酬では透明性の義務は果たせないと述べた。州議会でPPは単独過半数を持つため、野党の追及が直ちに政治的帰結を生むことはないが、左右両側から同時に批判を受けた形になった。
州政府の反撃──告訴と「野党こそ辞職を」
ガルシア・マルティンは守勢に回るだけでなく、野党各党と公共放送RTVEを「侮辱と中傷」で告訴すると表明した。さらに野党議員に謝罪と辞職を要求し、アバルカは「通常の状況なら辞めるべきはアユソだ」と切り返した。
州政府はまた、プラニフィカ・マドリードが10月の取締役会で2,000万ユーロの配当を決め、シエラ・オエステの山火事復興に充てると説明し、アティコの売却益も同じ目的に回すと強調した。物件は「開かれた入札手続き」で売却を続けるとしている。
入札者ゼロの競売──630万で買って669万で売る難しさ
州政府が問題の幕引きとして選んだ「売却」は、初回から躓いた。プラニフィカ・マドリードが設定した最低価格は669万4,201ユーロで、購入価格に諸費用を上乗せした水準だったが、17日までの入札期間に申し込みは一件もなく、競売は不成立とされる見込みとなった。
チャンベリ地区の高級住戸の相場は上昇局面にあるものの、購入からわずか5か月で購入価格を約6%上回る価格で、しかも政治問題化して報道が集中する物件を買う民間の買い手は現れなかった。今後は最低価格の引き下げか随意契約への切り替えが選択肢になるが、購入価格を下回れば「公金で買って損をして売った」と批判され、上回るまで保有し続ければ「結局使っている」と批判される。州政府にとって出口のない構図である。
日本の読者への解説
この問題を日本の文脈に置き換えると、都道府県が本庁舎改修中の「臨時執務室」として都心の高級マンション最上階を10億円超(630万ユーロ)で購入し、議会に諮らず、購入3か月後に理由書を作り、報道で発覚した、という事案になる。日本では自治体の不動産取得は予算と議会の議決を通るため、この形の「発覚」は起きにくい。スペインの州政府は公営企業を通じることで議会の事前審査を経ずに資産を取得でき、その仕組み自体が問われている。
アユソは国民党の中でもフェイホー党首と並ぶ知名度を持ち、2027年5月の州議会選挙でも優位が予想される政治家である。パートナーの脱税事件では検察の捜査手続きをめぐって政府側の責任を問う戦術で切り抜けてきたが、今回は自ら「臨時執務室」と説明した公金支出であり、責任転嫁の余地が小さい。野党が本会議で辞任を口にしたのは、選挙の1年半前に有権者に「公金の私的流用」という印象を刻む狙いがある。
もっとも、PPが州議会で単独過半数を握る以上、辞任要求が制度的に通る見込みはない。問題は世論と、入札者が現れない物件をいつどの価格で処分できるかである。日本の読者にとっては、スペインの地方政治で「公営企業経由の資産取得」がどれほど自由度の高い道具になっているかを知る事例として読むのがよい。













