スペイン下院で9月23日、催涙(ペッパー)スプレーをめぐる前代未聞の騒ぎが起きた。政府への監視質疑で、最大野党・国民党(PP)のアナ・ベレン・バスケス議員が、グランデ=マルラスカ内相にアフリカ北岸の飛び地セウタの治安を問いただす中で、スプレーの容器を掲げて「これが何か分かりますか。セウタの女性たちが耐えている自由の欠如の象徴だ」と訴えた。フランシナ・アルメンゴル議長は「武器を見せた」として2度注意したうえで退場を指示し、議員は議場を出た。議員は廊下で「容器は空だった」「武器ではない」と反論した。ところがその20〜30分後、議事堂に隣接する拡張棟のトイレでスプレーのガスが出て、トイレや食堂、厨房、会派の事務室などが封鎖された。下院の医務室で12人が手当てを受け、最も症状が重かったのは、モーリタニアの代表団に同行して下院を訪れていた女性だった。昼ごろには、PP会派の補佐官が、容器を洗おうとして誤って噴射させたことを認めた。容器は本当に空だったのか。スペインでスプレーは「武器」なのか。セウタの緊張が、議場の小道具を通じて国会の中に持ち込まれた一日を整理する。

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議場で何が起きたのか

騒ぎの発端は、10時ごろの質疑だった。バスケス議員は、今夏に大量の越境が起きたセウタの治安をめぐり、マルラスカ内相を追及していた。議員は容器を示し、スプレーがセウタの生徒たちにとって「基本的な学用品」になっていると述べ、「これが新しい日常なのか」と迫った。

アルメンゴル議長は議事規則に基づいて「武器を見せたので、バスケス議員に注意しなければならない」と告げ、2度の注意の後、退場を指示した。「この院で誰にもさせないことを、議員がしてよいはずがない」とも述べた。議員は議場を後にし、PP席の一部からは拍手が起きたと報じられている。

退場を「追放」と見るか「自ら退席した」と見るかは、媒体によって書き方が分かれている。確かなのは、議員が2度注意され、退場を指示され、議場を出たという流れである。マルラスカ内相はこの日の答弁で、セウタの治安について「私たちは違う言葉で政治を語っている」と応じた。

20〜30分後、トイレで噴き出した

騒ぎは議場の外で本当の事故になった。EFE通信などによると、10時26分ごろ、議事堂に隣接する下院の拡張棟のトイレでガスが出たとの通報があった。警察が駆けつけ、複数のトイレ、厨房、食堂、極右政党ボックスとバスク独立派EHビルドゥの会派事務室、廊下が封鎖された。

下院の医務室で手当てを受けたのは12人。EFE通信によれば、症状の多くは鼻や目のかゆみで、目薬や生理食塩水で対応した。最も重かったのは、モーリタニアの代表団に同行していた女性で、嘔吐と呼吸器の症状があった。入院や救急搬送は報じられていない。

13時ごろ、PP会派の補佐官が、議員から受け取った容器を洗おうとした際に噴射させたことを認めた。補佐官はスペイン紙エル・パイスに「触ったら、うっかり押してしまった。少し残っていた」と話している。議員本人は「トイレで何も空けていない」「シュールだ」と述べ、封鎖された建物には入っていないと説明した。下院側は、警察の報告を待って必要な措置を取るとしている。

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容器は空だったのか

PP側は、容器は空にして持ち込んだが、外側に残留物があったため補佐官に洗うよう頼んだと説明している。しかし、補佐官は「少し残っていた」と話し、実際にガスが出て12人が手当てを受けた。少なくとも、完全に空ではなかったことになる。一方で、噴射したのは補佐官で、本人も誤操作を認めている。議員が自分で噴射した、あるいは故意だったという報道はない。スペインのラジオ局SERは、空けられた容器は2本だったと報じており、細部はなお食い違っている。

スペインでスプレーは「武器」なのか

議長の「武器」という言葉にも、議員の「武器ではない」という反論にも、それぞれ根拠がある。スペインの武器規則(1993年の王令137号)は、防犯用スプレーを原則として禁止武器に挙げている。ただし、保健省が関係省庁の委員会の報告を経て認めた製品は例外で、成人であることを証明すれば銃砲店で買える。許可制の銃とは違い、所持に武器の許可は要らない。議員の容器が承認済みの製品だったかどうかは、分かっていない。

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背景にあるセウタの緊張

議員がスプレーを持ち込んだ背景には、セウタの緊張がある。9月23日は、SNS上でモロッコ側から集団越境が呼びかけられた日で、モロッコの下院選挙の投票日とも重なった。内務省は国境の警備を強化したが、EFE通信によれば、23日の国境は平穏だった。セウタをめぐっては、当サイトもこの夏から移民の流入と政治の対立を伝えてきた(関連記事)。治安への不安を訴えるPPと、数字で反論する政府の応酬が続く中で、質疑の小道具が、議事堂を一時封鎖させる事故になった。

日本の読者への解説

日本には、催涙スプレーの購入や所持を一律に禁じる法律はないが、軽犯罪法1条2号が「正当な理由がなくて」人の身体に重大な害を加えるのに使われるような器具を「隠して携帯」することを禁じている。最高裁は2009年、仕事で多額の現金を運ぶ会社員が、深夜のサイクリング中に護身用の催涙スプレーをポケットに入れていた事件で、「正当な理由」があったとして無罪を言い渡した。何が正当かは、職業や日常生活との関係、時間や場所、目的などを総合して判断される。スペインが製品の承認と販売で線を引くのに対し、日本は持ち歩く理由で線を引く、という違いがある。

議場に物を持ち込んで主張を印象づける演出は、各国の議会で見られる。ただ今回は、その小道具が議事堂の一部を封鎖させ、訪問中の外国の代表団の同行者まで巻き込んだ。国会の議論が、言葉より「見せる」ことに傾くほど、議長の裁量と議事の安全の線引きは難しくなる。下院がこの一件を受けて持ち込みのルールを見直すのかどうかが、今後の注目点になる。

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