概要:検察の判断を覆すための直接提訴
世界的に著名なスペイン人歌手、フリオ・イグレシアス氏(80歳)に対し、かつて彼の従業員であった2人の女性が性的暴行、人身売買、労働搾取などの罪で刑事告発し、スペイン司法界に大きな波紋を広げている。この問題が複雑なのは、告発された行為の多くがスペイン国外(バハマやドミニカ共和国など)で行われたとされる点にある。今年1月、検察庁は一度、スペインに管轄権がないとして捜査を開始しない決定を下していた。しかし、被害者側の弁護団である人権団体「Women's Link」はこれを不服とし、検察を介さず、マドリードの全国管区裁判所(Audiencia Nacional)に直接、刑事告訴(querella)に踏み切った。これにより、管轄権の有無を今度は裁判官が判断することになる。検察の消極的な姿勢と、被害者側の粘り強い司法へのアクセス要求が、スペインにおける国外犯罪の訴追可能性という根本的な法的問題を浮き彫りにしている。
背景:一度は閉ざされた捜査の道
この問題が公になった当初、レベッカとラウラ(いずれも仮名)と名乗る2人の元従業員は、検察庁に告発(denuncia)を行った。スペインの法制度では、犯罪の疑いがある場合、誰でも警察や検察に「告発」することができる。検察はこれを受けて捜査を開始するかどうかを判断する。しかし、全国管区裁判所の検察は今年1月、告発内容を検討した結果、捜査を開始しない(事実上の不受理)と決定した。その最大の理由は、犯罪行為が行われたとされる場所がスペイン国外であり、かつ被疑者であるイグレシアス氏はスペイン国籍を持つものの、長年国外に居住しており「スペインとの十分な関連性」がないため、スペインの司法に管轄権は及ばない、というものだった。
この検察の判断に対し、法曹界からは疑問の声が上がっていた。バレンシア大学の刑法教授であるルシア・マルティネス・ガライ氏をはじめとする専門家は、検察の法解釈が過度に制限的であり、法律の条文を正しく適用すれば、スペインに管轄権が認められる余地は十分にあると指摘していた。被害者側は、この専門家の意見を法的支柱とし、検察の判断を待つのではなく、自らが原告となって裁判所に直接訴えを起こす「刑事告訴(querella)」という、より強力な法的手段を選択した。これにより、ボールは検察から裁判所の手に渡り、司法判断が下される舞台が整ったのである。
争点:スペイン司法は国外の自国民を裁けるか
この裁判の核心は、スペインの裁判所が、スペイン国外でスペイン国民によって犯されたとされる犯罪を捜査・審理する権限を持つか、という「管轄権」の問題に尽きる。マルティネス・ガライ教授によれば、スペインの司法組織法は、国外犯罪に対する管轄権を認める複数の例外規定を設けており、今回のケースは少なくとも二つの原則に該当しうると言う。
属人主義の原則(Principio de personalidad activa)
第一に、「積極的属人主義」の原則である。これは、スペイン国外で犯罪を犯したスペイン国民を、スペインの法廷で裁くことを認めるものだ。適用にはいくつかの条件がある。まず、その行為がスペインの法律と、行為地の法律の両方で犯罪とされていること。次に、被疑者が行為地の国で既に無罪判決や恩赦、刑の執行を受けていないこと。そして最後に、被害者または検察がスペインの裁判所に刑事告訴(querella)を行うこと、である。検察は1月の決定で、この最後の条件が満たされていないことを理由の一つとしたが、これは「検察自身が告訴しなければ条件が満たされない」という自己言及的な論理であり、専門家から批判されていた。今回、被害者自身が告訴したことで、この条件はクリアされた。検察が問題視した「スペインとの関連性」という要件は、法律には明記されておらず、「スペイン国籍であること」自体が最も重要な関連性だと専門家は主張している。
普遍的管轄権の原則(Principio de justicia universal)
第二に、「普遍的管轄権」の原則である。これは、人道に対する罪や人身売買など、国際社会全体にとって極めて重大な犯罪については、犯行場所や被疑者・被害者の国籍を問わず、どの国の裁判所でも裁くことができるという考え方だ。スペインはかつてこの原則を積極的に適用していたが、外交問題に発展するケースが相次いだため、2014年の法改正で適用範囲が大幅に制限された。しかし、改正後の法律でも、人身売買や「女性に対するあらゆる形態の暴力の防止と撲滅に関する欧州評議会条約(イスタンブール条約)」が定める犯罪は対象に含まれている。そして、適用条件として「被疑者がスペイン人であるか、スペインに常習的に居住する外国人であること」または「被害者が犯行時にスペイン国籍を有していたか、スペインに居住していたこと」が求められる。告発内容には人身売買が含まれており、被疑者であるイグレシアス氏はスペイン人であるため、この条件は満たしているように読める。検察は、これらの条件が複数同時に満たされる必要があるかのような解釈を示したが、法律の文言は選択的(「または」)であり、この解釈にも疑問が呈されている。
司法の消極性と「大物」被告の存在
法的には管轄権を主張できる可能性があるにもかかわらず、なぜ検察は当初、これほど消極的な姿勢を示したのか。マルティネス・ガライ教授は、その背景に「被告の知名度と影響力」があるのではないかと示唆する。フリオ・イグレシアス氏は単なる有名人ではなく、世界的な影響力と莫大な資産を持つ人物だ。実際に、検察が捜査見送りを決定した後、イグレシアス氏側は、この疑惑を報じたメディア(elDiario.es)や、疑惑に言及した政府の副首相(ヨランダ・ディアス氏)を名誉毀損で提訴するなど、強力な法的対抗措置をとっている。このような著名で富裕な人物を相手取った国際的な捜査は、複雑で多大なリソースを要する上、政治的・社会的な反発を招くリスクも伴う。司法機関が、こうした困難な事件への着手をためらう空気があった可能性は否定できない。
また、国外犯罪への管轄権行使は、当該国との外交関係に影響を与えかねない。2014年の法改正の背景には、中国やイスラエルなどから、スペイン司法の「行き過ぎた」管轄権行使に対する強い反発があった。しかし、今回のケースでは、犯行地とされるバハマやドミニカ共和国が、スペインの捜査に反対するような外交的圧力をかけている形跡はない。それにもかかわらず検察が管轄権に否定的な解釈を下したことは、司法が「触らぬ神に祟りなし」という姿勢に陥っているのではないか、との批判を招いている。
日本の読者への解説
このスペインでの事件は、日本の私たちにとってもいくつかの重要な論点を含んでいる。第一に、国外での自国民による犯罪への対応である。日本の刑法第3条も、国外で特定の重大犯罪(殺人、傷害、強制性交等)を犯した日本国民に日本の法律を適用する「属人主義」を定めている。フリオ・イグレシアス氏のケースは、この原則を実際にどのように運用するのか、特に被疑者が長年国外に住んでいる場合に、司法がどこまで積極的に関与すべきかという課題を突きつけている。
第二に、権力者や著名人に対する性加害告発という構図である。これは世界的な#MeToo運動の流れの中に位置づけられる。日本においても、近年ようやくジャニーズ事務所の創業者による性加害問題が大きく取り上げられたように、長年にわたり加害者の社会的地位や影響力によって疑惑が可視化されず、司法のメスが入らなかった事例は少なくない。イグレシアス氏のケースで検察が当初消極的だった背景に、被疑者の影響力への「忖度」があったのではないかという疑念は、日本の社会にも通じる構造的な問題を示唆している。
第三に、司法アクセスの制度的な違いが興味深い。日本の刑事手続きでは、検察官が起訴・不起訴を決定する権限(起訴独占主義)が非常に強く、検察が不起訴と判断した事件を覆すのは検察審査会などごく限られた手段しかない。一方、スペインでは、検察が動かなくても被害者自らが「刑事告訴(querella)」という形で裁判所に直接訴え、裁判官に捜査開始の判断を仰ぐことができる。これは、検察の判断に納得できない被害者にとって、司法への扉をもう一つ開く重要な制度であり、被害者の権利保障の観点から日本が参考にすべき点があるかもしれない。この事件の今後の展開は、スペイン一国の問題に留まらず、国境を越えた正義の実現と、権力構造の中での司法の役割を考える上で、重要な示唆を与えてくれるだろう。













