今年の夏、スペイン旅行を計画している人に、まず結論からお伝えしたい。①日本人が観光目的でビザなし渡航できることは、何も変わっていない。②ただし入国時の手続きが新しくなった ― パスポートにスタンプは押されず、代わりに顔写真と指紋を登録する(EES)。③もうひとつの新制度ETIASはまだ始まっておらず、現時点で申請するものは何もない。

この1年、ヨーロッパの出入国制度は数十年ぶりの大改革のさなかにある。「申請が必要らしい」「お金がかかるらしい」と断片的な話だけが先行し、不安を覚えている人も多いはずだ。本稿では、2026年6月時点で確定していることだけを、旅行者の目線で整理する。

EES ― パスポートのスタンプが消えた

EES(Entry/Exit System=出入国システム)は、シェンゲン圏29カ国の出入国をデジタルで一元管理するEUの新システムだ。2025年10月12日に導入が始まり、半年間の段階的な移行を経て、2026年4月10日からすべての国境検問所で全面運用に入った。スペインも当然この対象で、マドリードやバルセロナの空港では、新しい手続きがすでに日常になっている。

最大の変化は、長年「旅の記念」でもあったパスポートへの出入国スタンプが原則廃止されたこと。代わりに、氏名やパスポート情報、出入国の日時と場所、顔写真、指紋(4本指)、過去の入国拒否歴などがデータベースに電子記録される。

実際の入国手続きはこうなる

日本のパスポートでEES導入後初めてシェンゲン圏に入る場合、入国審査で顔写真の撮影と指紋の登録を行う。空港によっては審査ブースの手前に専用の登録端末(キオスク)が設置されており、自分で操作してから審査官の前に進む方式もある。登録自体は数分で終わる。12歳未満の子どもは指紋が免除され、顔写真のみだ。

注意したいのは混雑だ。導入直後の2025年秋から冬にかけては、ヨーロッパ各地の空港でシステムの不具合や長い行列が報じられた。運用が安定してきた現在も、初回登録者が集中する夏のピークシーズンは、審査に従来より時間がかかる可能性がある。乗り継ぎや帰国便のスケジュールには、これまでより余裕を持たせておきたい。

一度登録すれば、データは原則3年間保存され、期間内の再入国では生体情報の登録が省略されて照合だけになる。つまり、リピーターほど審査が速くなる仕組みだ。

もうひとつ実務的な話を。パリやフランクフルト、アムステルダムなどを経由してスペインへ向かう場合、EESの手続きを行うのは最初にシェンゲン圏に入る空港だ。パリ経由なら登録はパリで行い、パリ〜マドリード間はシェンゲン圏内の移動として国内線と同じ扱いになる。

「90日ルール」はもうごまかせない

日本人が観光・短期滞在でシェンゲン圏に滞在できる日数は、従来どおり「任意の180日間のうち合計90日まで」。これはスペイン単体ではなく、シェンゲン圏全体での合算だ。フランスに2週間いてからスペインに来れば、その2週間も消費済みとして数えられる。

紙のスタンプの時代、この計算は事実上、審査官がパスポートのページをめくる目視チェックだった。EESの導入で滞在日数は自動計算となり、超過は出国時に即座に検知される。オーバーステイの記録はデータベースに残り、将来の入国審査や、後述するETIASの審査に響く可能性がある。「数日くらい大丈夫だろう」が通用しない時代になった、と考えるべきだ。

90日を超える滞在 ― 留学、就労、ロングステイ ― を考えているなら、正規のビザ取得が必要になる。スペインの場合の選択肢は、ワーキングホリデーからの在留切り替えを扱った記事でも触れている。

ETIAS ― 「まだ何もしなくていい」が正解

もうひとつ、名前だけが先行しているのがETIAS(欧州渡航情報認証制度)だ。アメリカのESTAの欧州版と考えると分かりやすい。ビザではなく、ビザ免除国の渡航者にオンラインでの事前登録を求める「電子渡航認証」である。

確定している制度の骨格はこうだ。手数料は20ユーロ(18歳未満と70歳以上は無料)。一度取得すれば3年間有効(パスポートの残存期間が3年未満の場合は失効日まで)で、期間内は何度の渡航にも使える。申請はオンラインで完結し、大半は短時間で承認される見込みとされるが、追加審査になると数日かかる場合もあるとされている。

開始時期は2026年第4四半期(10〜12月)の予定。これまで何度も延期されてきた経緯がある上、開始後も少なくとも6カ月間は「移行期間」としてETIASなしでの入国が認められる。つまり、ETIASが実質的に必須になるのは、早くても2027年春以降。今年の夏休みはもちろん、年末年始の旅行でも必要になる可能性は低い。

「今すぐ申請」を謳うサイトに注意

ここが本稿でいちばん強調したい点だ。ETIASの公式な申請受付は、まだ始まっていない。つまり、現時点で「ETIAS申請はこちら」「お早めの申請を」と案内しているウェブサイトは、どこであれEUの公式窓口ではない。

検索結果の上位には、公式サイトより先に民間の「申請代行」や「情報サイト」が並ぶのが現状だ。中には正規の数倍の手数料を上乗せするものや、個人情報の収集自体が目的と疑われるものも紛れている。申請が始まったら、必ずEUの公式サイト(travel-europe.europa.eu)または公式アプリから直接申請してほしい。20ユーロより高い金額を請求された時点で、それは公式窓口ではないと判断していい。

よくある質問

Q. 今年の8月にスペイン旅行へ行く。何か事前申請は必要?

A. 何もない。有効なパスポートがあればよい。ただしシェンゲン圏への入国には「出国予定日から3カ月以上の残存有効期間」と「発行から10年以内」という従来からのパスポート要件があるので、古いパスポートの人はそこだけ確認を。

Q. EESの登録は日本で事前にできる?

A. できない。登録はシェンゲン圏に入国するとき、現地の空港や港で行う。事前準備は一切不要だ。

Q. スタンプが押されないなら、出入国の証明はどうなる?

A. デジタル記録が公式の履歴になる。滞在日数の管理も自動化されるため、「スタンプがかすれて読めない」といった水掛け論はむしろ減る。

Q. 子ども連れの場合は?

A. 12歳未満は指紋の採取が免除され、顔写真のみ。手続きは保護者と一緒に行うので、特別な準備は要らない。

Q. EESとETIAS、結局両方やらないといけないの?

A. 役割が違う。EESは「国境での出入国記録」、ETIASは「渡航前のオンライン認証」。ETIAS開始後は両方が適用されるが、旅行者の実感としては「出発前にネットで20ユーロ払って認証を取り、現地の空港で顔と指紋を登録する」という流れになる。繰り返すが、ETIASはまだ始まっていない。

日本の読者への解説

要点を時系列で整理しておく。2026年夏〜秋=EESのみ。事前手続きはゼロで、空港での顔写真・指紋登録だけ。初回は審査に時間がかかる可能性があるので、乗り継ぎには余裕を。2026年10〜12月=ETIAS開始予定。ただし開始後も半年以上の移行期間がある。2027年春以降=ETIASが実質必須に。来年以降にヨーロッパ旅行を計画する人は、そのタイミングで公式サイトから20ユーロで申請すればいい。

制度の変わり目は、不正確な情報と便乗ビジネスがいちばん儲かる瞬間でもある。「不安だから早めに申請しておこう」という心理につけ込むサイトに、20ユーロで済むものへ数倍の金額を払わされる ― ESTAでも散々繰り返されてきた光景だ。公式情報だけを見る。今は何もしない。これが2026年6月時点の正解である。

現地に着いてからの治安や歩き方については、バルセロナのスリ・防犯ガイドオーバーツーリズムの現地レポートもあわせてどうぞ。よい旅を。

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