ペドロ・サンチェス首相は9月3日、7月末のセウタ大量越境をめぐる下院本会議の答弁に立ち、午前9時過ぎから午後1時半過ぎまで4時間半にわたって各党と応酬した。首相は「今日の時点で、この大量越境がモロッコ当局によって設計され実行されたと結論づける証拠を政府に示した者は誰もいない」と述べ、モロッコ政府の関与を認定する立場を取らなかった。一方で、国家警察の報告書が記録した「モロッコ憲兵隊が10時間にわたって越境を見逃した」という事実は認め、「見逃すことと計画することは別だ」と切り分けた。事前警告については「どの通知も日常的な情報の域を出ず、規模も確率も予見していなかった」と繰り返し、内務省が同日公開した7月28日付の警察メモが泳いでの越境を「初期段階の傾向」と評価していたことを根拠に挙げた。さらに首相は、8月21日にモロッコ大使を召致して同国閣僚の「受け入れがたい発言」に抗議していたことを初めて明かし、警察の報告書をすべて公開すること、警察内部で報告書が上層部に伝わらなかった経緯を調査させること、国王フェリペ6世に数週間以内のセウタ・メリージャ訪問を要請したこと、3億900万ユーロの支援計画に1億ユーロを上積みすること、EUに対しセウタとメリージャの最外縁地域指定と関税同盟への編入、地域委員会の常設議席を求めることを表明した。野党の国民党(PP)フェイホー党首は「知っていて隠した」「無能か共犯か、どちらでも辞任だ」と迫り、ボックス(Vox)のアバスカル党首は「裏切り者」「モロッコは友人ではなく主人だ」と罵倒した。連立パートナーのスマールと閣外協力のERC、ジュンツ、PNV、EHビルドゥ、ポデモスは軒並み「モロッコを名指ししない」首相を批判し、ERCの報道官は「この議場で拍手しなかったのはロブレス国防相ただ一人だ」と政権内の亀裂を突いた。首相は再答弁で「フェイホー氏とアバスカル氏なら、国家警察と治安警備隊に民間人へ発砲を命じたのか」と切り返した。本稿は午前の記事で整理した「三つの断層」に沿って、答弁で何が埋まり何が埋まらなかったかを検証する。

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断層1「情報はなかった」対「9本の警告」――首相は「日常的な通知」と位置づけた

午前の記事で示したとおり、国家移民・国境センター(CENIF)の報告書には同センターが発した9本の警告が添付され、7月29日付の警告は泳いでの越境とフェンス越えの複合シナリオを「極度のリスク」と分類していた。首相はこれを正面から否定せず、位置づけを変えた。「7月30日より前のどの通知も、データの記述か日常的な注意喚起の域を出るものではなく、最終的に起きたことの規模も確率も予見していなかった」。7月29日については「セウタの政府代表部と治安警備隊の間でメッセージのやり取りがあり、それはSNS上の呼びかけを知らせるものだった」と説明した。

内務省は答弁と並行して、7月28日付のCENIFのメモを公表した。メモは泳いでの入域が「漸進的に増加」しており「初期段階の傾向」だとしたうえで、ウェットスーツの販売や越境の体験談といったSNS上の兆候はあるが「現時点で統計的に有意な増加はない」、ただし「行動変化の早期シグナルとなりうるので監視に値する」と結んでいる。首相はこのメモを根拠に「どの情報機関も、実際に起きた規模を警告しなかった」と述べ、「警察も治安警備隊も何千人もの公務員も信じないのか」と野党に問い返した。そのうえで、政府が受け取ったすべての警察報告書を公開すると宣言した。

フェイホー党首はこの説明を「議場でもう一度隠した」と断じた。「あなたは知っていて隠した。そして今日、CENIFが数日前に『極度のリスク』を警告していたことを意図的に伏せて、この議場でもう一度隠した」。「極度のリスク」を「日常的な通知」と呼ぶかどうかが、この断層の核心として残った。7月29日の警告が発生確率を「中低」と見積もっていたことは午前の記事のとおりで、政府の弁明はその部分に依拠している。

断層2「モロッコを示す情報はない」対「憲兵が誘導した画像」――「見逃したが計画していない」

ここが答弁の最大の見どころだった。首相は8月31日のラジオ番組で「モロッコを示す情報はない」と述べていたが、この日は表現を変えた。「今日の時点で、この大量越境がモロッコ当局によって設計され実行されたと結論づける証拠を政府に示した者は誰もいない」。「疑いや徴候」があることは認めた。そして、国家警察が記録したとおり、7月30日の中心的な10時間、モロッコ憲兵隊が国境の通過を「許した」ことも認めた。だがそれは「計画し実行した」ことの証明ではない、というのが首相の論理である。「確かな証拠があれば、それに応じて全面的に断固たる対応を取る」と述べ、確かなデータなしに「第一級の外交紛争」を引き起こすつもりはないと語った。

この論理は、警察トップの「認定する報告書は存在しない」という回答と同じ構造をしている。報告書が描写した事実(憲兵の誘導、私服の指示役)は否定しないが、モロッコ政府の「決定」を示す証拠とは呼ばない。首相はさらに、CENIFが報告書を上層部に伝えなかった経緯について説明を求め、調査を指示したことを明らかにした。判事の指示で捜査班が沈黙していたという午前の記事の構図は、政府側からは「警察内部の指揮系統の問題」として扱われることになった。

首相が初めて明かした事実がもう一つある。政府は8月21日、駐スペインのモロッコ大使カリマ・ベンヤイチ氏を召致していた。理由はモロッコの2閣僚の発言である。イスラム問題相のアフメド・タウフィク氏は国王モハメド6世が臨席した宗教行事で「占領された都市」の解放をめぐる「聖なる闘い」に言及し、法相のアブデラティフ・ワフビ氏はセウタとメリージャの主権をモロッコに求める発言をした。外務省は大使に「セウタとメリージャは二つのスペインの国境都市であり、それ以外のいかなる考え方も断固として拒否する」と伝えた。首相は召致を公表しなかった理由を「この件では慎重であり、単純な説明を避けることが適切だった」と述べた。PPはこれを「こっそりやった臆病な召致」と批判し、駐モロッコのスペイン大使を協議のため召還するよう改めて求めた。

首相は今後の対モロッコ関係について「起きたことの後で、この協力は違うものでなければならない」と述べ、既存の調整メカニズムを保証つきで見直す考えを示した。ただし関係の断絶や制裁には踏み込まず、むしろ越境者の送還でモロッコと「緊密に調整」した実績を強調した。「6万3000人以上、90%以上」が72時間以内に戻り、「欧州の近年の歴史で最も速い帰還プロセスの一つ」だという。

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断層3「偽情報が原因」対「偽情報は後乗り」――首相は「密航組織と犯罪網」に軸足を移した

8月31日の首相はロシア、イスラエル、「極右インターナショナル」を偽情報の拡散者として名指ししていたが、この日の演説では外国勢力の名を前面に出さず、危機の直接の駆動要因として「密航業者と犯罪ネットワークが状況を利用した」ことを挙げた。EU対外行動庁がロシアの偽情報を「危機の後」の増幅要因と評価していたことは午前の記事で触れたが、首相はこの点に直接は答えていない。

皮肉なことに、外国勢力の名を口にしたのはむしろ与野党の側だった。スマールのエンリケ・サンティアゴ議員は「モロッコが米国およびイスラエルと連携して」不安定化を試みたと述べ、ERCのガブリエル・ルフィアン議員はモロッコが「米国の協力を得て」8万人を送り込んだと語った。いずれも議場で証拠は示されておらず、本紙はこれらを各党の主張として記録するにとどめる。アバスカル党首は逆に、首相が「ロシアとイスラエルを軽々しく非難する一方、モロッコではないと知っている」と皮肉った。

野党の攻勢――「無能か共犯か」「裏切り者」

フェイホー党首の反論は個人攻撃の色を強めた。セウタが経験しているのは移民危機ではなく「今も続く侵入」だと述べ、「作戦はモロッコから出て、モロッコが黙認し、モロッコが調整した徴候があり、政府はそれを知っていた」と断じた。首相への要求は辞任だ。「無能として辞任するか、共犯として辞任するか」。そして「サンチェスさん、私を見なさい。あなたは司法の前で、そして投票箱の前で代償を払うことになる」。首相の携帯電話がペガサスで盗聴された事件をほのめかし、「なぜラバトを恐れるのか。モロッコはあなたの何を知っているのか」とも問うた。

アバスカル党首は首相を「裏切り者」「モロッコの大使」「アル・アンダルスの副王」と呼び、「モロッコはあなたの友人ではない、主人だ」と述べた。セウタは「ハイブリッド戦争」の標的だとし、憲法102条に基づく首相の反逆罪訴追手続きの開始をPPに改めて求めた。同条の発議には下院議員の4分の1が必要で、Voxだけでは足りない。PPはこの日も同調しなかった。

首相の再答弁は、この二人に向けた一つの問いに集約された。「あなた方なら、国家警察と治安警備隊に民間人への発砲を命じたのか。何千人もの若者、その多くが未成年者を殺したのか。それが本当の選択だ」。首相は7月30日に治安部隊が「国境の一体性か人命の擁護かの選択を迫られ、後者を選んだ」と述べ、「人間をつかんで土嚢のように投げ返すことはできない」と語った。

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与党パートナーの離反――「部屋の中の象を名指しせずにはいられない」

政権にとって深刻なのは、閣外協力の各党が野党と同じ方向から首相を批判したことだ。統一左翼(IU)のアントニオ・マイジョ議員は「部屋の中に象がいるのに、それがモロッコだと名指ししないわけにはいかない」「モロッコ王国なしにこの危機は起きなかった」「今はっきりしているのは、誰かが辞任しなければならないということだ」と述べ、保護下にある500人の少女の半島への緊急移送を求めた。スマール本体は報道官のマルティネス・バルベロ氏が家庭の事情で欠席し、代わったサンティアゴ議員とアイナ・ビダル議員は、越境は「密航組織とは何の関係もない」「別の仮説を擁護することは信用に値しない」と述べた。ビダル議員は越境した子どもたちについて「侵入者でも兵士でもない。爆弾ではなく、泣きながら浮き輪を持ってきた」「可能な答えは受け入れて保護することだけだ」と語った。

ERCのルフィアン議員の言葉が政権内の空気を可視化した。「政府は間違えることで倒れるのではない。嘘をつくことで倒れる」。そして「この議場の与党席ではほぼ全員が拍手した。ただ一人、ロブレス国防相を除いて。あなたは大きな問題を抱えている」。ジュンツのミリアム・ノゲラス議員は「警告を知っていてモロッコを守るために嘘をついたのか、知らずに統制を失っているのか、どちらでも統治の資格を失う」と述べた。EHビルドゥのメルチェ・アイスプルア議員は「モロッコの政府や国家の構造が何も関与していないと考えるほど無邪気な人はいない」と述べ、PNVのマリベル・バケロ議員は政府が「大きな機会を失った」「自己満足しか見せなかった」と批判した。バスクの両党はバスク州への移民政策の権限移譲を要求した。ポデモスのイオネ・ベラーラ党首は「セウタで起きたことの責任はあなた方にある。あなた方がモロッコに力を与えたからだ」と述べ、モロッコとの外交・通商関係の断絶を求めた。

発表された措置――1億ユーロ上積み、最外縁地域指定、国王訪問

首相が示した具体策は次の通りである。9月1日の閣議で承認した3億900万ユーロの支援計画(セウタのGDPの16%に相当し、直接給付、税制優遇、労働者と企業への支援を含む)に、数週間以内に構造的措置のための1億ユーロを上積みし、総額4億900万ユーロとする。EUに対しては、セウタとメリージャの最外縁地域としての指定、関税同盟への編入とカナリア諸島型の特別税制、欧州地域委員会の常設議席を求める。国境警備ではフロンテックスの港と防波堤への常駐と、ユーロポールの特別ミッションを要請する。国王フェリペ6世には数週間以内のセウタ・メリージャ訪問を要請した。8月10日以降の実績として、セウタから半島へ3300人を移送し、3658人をモロッコへ送還し、直近1週間で1530人を路上から施設へ移したと説明した。「魔法の解決策は約束しない」というのが首相の言葉だった。

答弁の後、PPはマルラスカ内相の辞任要求を維持し、9月上旬の上院本会議で内相、アルバレス外相、ロブレス国防相、モニカ・ガルシア保健相、レドンド平等相の5閣僚に対する譴責動議の採決を予定している。フェイホー党首は不信任決議案の提出については、可決に必要な票が現時点でないとして見送る姿勢を崩していない。モロッコ政府は本稿執筆時点で答弁への公式な反応を出していない。

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日本の読者への解説

今回の答弁で首相が選んだのは、「事実は認めるが認定はしない」という細い道だった。憲兵が10時間見逃したことは認め、警告があったことも認め、しかし「計画の証拠」と「規模の予見」は否定する。これはモロッコとの関係を壊さずに国内の批判をかわすための言葉の設計であり、隣国との関係が国境管理、天然ガス、西サハラ問題と絡み合うスペイン外交の現実を映している。日本の読者には、日本政府が近隣国の関与をめぐって「遺憾」と「断定」の間で言葉を選ぶ場面を思い浮かべてもらえば、構図は近い。

憲法102条は首相や閣僚の刑事責任を最高裁で問う手続きで、反逆罪などの場合は下院議員の4分の1の発議と絶対多数の承認が必要になる。実際に発動された例はなく、Voxの要求は政治的な圧力の手段と見るのが妥当だ。一方、首相がEUに求めた「最外縁地域」は、カナリア諸島やフランスの海外県などが持つ地位で、税制や補助金で特別扱いを受けられる。日本でいえば沖縄振興特別措置法のような枠組みをEUレベルで得ようとする動きに近い。

今後の焦点は四つある。政府が約束した警察報告書の全面公開がいつ、どの形で行われるか。国王のセウタ訪問が実現するか。上院での5閣僚譴責とマルラスカ内相の去就。そして全国管区裁判所のタルドン判事の捜査がモロッコ側要員の関与をどこまで立証するかである。旅行者への実務的な影響は午前の記事のとおり限定的で、イタリアとスペインの国境管理は9月中旬まで続く(9月1日の記事参照)。8月25日の「国家安全保障利益」宣言と単一司令部の設置については8月26日の記事、ハッカー集団Jabarootによる告発については同日の記事を参照してほしい。

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