日本では今週、魚介を使った人気メニューをめぐる大規模な食中毒が大きな話題になった。店名も料理名もここでは繰り返さないが、「暑い季節に、大勢が同じものを食べる場所で、何かが一つ崩れると一気に広がる」という構図は、スペインでも毎年のように繰り返されている。国家疫学センターが集計する2023年の全国データでは、食品と水を介した集団食中毒は833件、患者1万1,510人、入院415人、死者13人。原因菌の首位はサルモネラ(350件)で、発生場所の半分強は飲食店やケータリングなど「外食の現場」だった。2024年は854件とさらに増え、EU全体でも2024年の集団食中毒は前年比14.5%増の6,558件に達している。今年8月にはオビエドの飲食店で観光客を中心に25人が発症し13人が入院、ギプスコアのエイバルではバルのトルティージャで29人が発症して9人が入院した。この記事では、スペインで何が原因で食中毒が起きているのか、飲食店に何が義務づけられているのか、そして旅行者や在住者が自衛のためにできること、万一の時にどう動くかを整理する。結論を先に言えば、スペインの外食で最も警戒すべきは魚介よりも卵であり、次いで夏の温度管理である。
数字で見るスペインの食中毒――首位はサルモネラ、舞台は外食
国家疫学センターが全国疫学監視ネットワーク(RENAVE)の届け出をまとめた年報によれば、2023年に食品を介した集団食中毒は818件、患者1万125人で、1件あたりの患者数の中央値は4人、最大は580人だった。原因が特定された中で最も多かったのはサルモネラの350件(患者2,747人)で、入院者数でも首位。次いでノロウイルス65件(患者1,559人)、カンピロバクター43件、ヒスタミン35件と続く。ノロウイルスは件数こそ少ないが1件あたりの患者が多く、集団給食や家庭で広がりやすい。ヒスタミンはマグロやサバなど赤身魚の保存不良で生じる化学性の中毒で、魚介関連の集団発生ではこのヒスタミンとノロウイルスが目立ち、外食ではサルモネラも加わる。
発生場所が分かる757件のうち、飲食店やケータリングなどの外食が396件(52.3%)、家庭が198件(26.1%)。原因食品が分かる574件では、卵と卵製品が174件(30.3%)で群を抜き、肉と肉製品が112件(19.5%)で続く。地域別ではアンダルシアが232件で最多、カタルーニャ116件、マドリード86件、バレンシア州85件。水を介した集団発生も15件あり、患者は1,385人に上ったが、これはクリプトスポリジウムなど水道系の別問題である。
2024年は集団食中毒が854件に増えた。サルモネラに限ると250件、患者1,894人、入院216人で、うち131件が卵か卵製品に関連していたと報告されている。今年はナバラ州で年央までにサルモネラ症が205例と例年の倍以上を記録し、夏の集団発生も相次いだ。
今夏の実例――オビエドの観光客、エイバルのトルティージャ
8月上旬、オビエド市内の飲食店で発生したサルモネラの集団感染では、25人が中央大学病院(HUCA)の救急を受診し、成人12人と子ども1人の計13人が入院した。地元紙によれば発症者の多くはこの街を訪れていた観光客で、従業員も含まれていた。州の公衆衛生当局は関連が疑われる食品を店から撤去した。
8月9日にはギプスコア県エイバルのバルで、トルティージャを食べた29人が発症した。21人が検査で確定、8人が疑い例で、25人が受診し9人が入院した。原因はサルモネラ・エンテリティディス。保健当局の調査で「加熱不足」「トルティージャの常温放置」「調理中の交差汚染」が重なったと判定され、店には卵の取り扱い改善、器具の洗浄消毒、生卵と提供直前の食品の接触防止、卵のロット管理が命じられた。トルティージャは廃棄され、アラゴンの農場から来た卵は検査結果が出るまで保留、流通業者は追跡と回収の手順を証明するまで営業を止められた。スペインの名物料理が、スペインで最も多い食中毒の典型的な経路になっているという皮肉である。
魚介はどうか――ヒスタミン、貝毒、そして生食のルール
魚介が原因の集団発生は卵ほど多くないが、性格が違う。第一にヒスタミン。赤身魚の保存温度が上がると細菌がヒスタミンを作り、加熱しても消えない。顔の紅潮、頭痛、じんましんが食後すぐに出る。第二に貝毒。ガリシアでは今年4月中旬から有毒プランクトンのディノフィシスが増え、5月18日には州内のムール貝養殖いかだのほぼ全てが操業停止になった。一時は96%が閉鎖され、6月から段階的に再開している。当局が毎週検査して出荷を止めるため、市場に出回る貝が原因になることは少ないが、自分で採った貝を食べるのは論外である。第三にアニサキス。スペインは2006年の勅令で、飲食店が生または生に近い状態で提供する魚介をマイナス20℃以下で24時間以上冷凍することを義務づけ、そのことを店内の掲示やメニューで客に知らせるよう求めている。日本のように「新鮮な生魚を冷凍せずに出す」文化ではないため、寿司やセビーチェ、酢漬けのボケロネスは原則として冷凍を経ている。家庭でもAESAN(スペイン食品安全栄養庁)はマイナス20℃で24時間、家庭用冷凍庫が三ツ星でそこまで下がらない場合は5日間の冷凍を勧めている。
甲殻類については、今年AESANが出した食品警報の中に、ホンジュラス産の加熱済みむき身エビからサルモネラが検出された例がある。ほかにもスモークサーモンのリステリア、アンチョビペーストのヒスタミンなど、魚介関連の回収は年に何件も出る。AESANの警報一覧は公開されており、日本語の情報が乏しい分、在住者はブックマークしておくと役に立つ。
飲食店に義務づけられていること
スペインの飲食店は、EU規則852/2004に基づく危害分析重要管理点(APPCC、日本のHACCPに相当)の手順を2006年から義務づけられている。衛生検査で確認されるのは、文書化されたAPPCC計画、清掃消毒の記録、害虫駆除の契約、従業員の食品取扱者研修の証明、冷蔵庫と調理機器の温度記録である。重大な公衆衛生上のリスクがあれば、その場で営業停止になる。
卵については2022年12月施行の勅令1021/2022が細かい。飲食店で生卵を使えるのは、中心温度70℃で2秒以上加熱し、8℃以下で保存して24時間以内に提供する場合か、63℃で20秒加熱して即時に提供する場合に限られる。それ以外、つまり自家製マヨネーズやアイオリ、加熱の甘いソースなど熱処理をしない料理には、認可工場の殺菌済み卵製品を使わなければならない。エイバルの事例は、この規則の想定する「トルティージャの中心を十分に加熱し、作ったらすぐ冷やす」という基本が守られなかった典型である。
AESANの夏季の指針は、加熱は中心70℃で2分以上、保存は60℃以上か5℃以下、生乳は飲まない、というシンプルなものだ。ナバラ大学のロンセスバジェス・ガラヨア教授は、冷蔵庫を4℃以下に保ち、調理済み食品を常温に2時間以上(猛暑時は1時間以上)置かないこと、残り物は浅い容器で急冷することを勧めている。今週スペインを襲った9月の記録的な暑さ(本紙9月4日の記事)は、まさにこの「2時間が1時間になる」条件である。
スペインの教訓――2019年のリステリア
スペインの食品安全行政を変えた事件が2019年夏にある。セビージャの食肉加工業者が製造した「カルネ・メチャダ」(豚肉の煮込み)によるリステリア症の集団発生で、確定患者222人(うちアンダルシア214人)、死者3人(後に4人とする集計もある)、流産6件という国内史上最大の規模になった。製品は複数のブランド名で流通し、回収の遅れと追跡の不備が被害を広げた。この事件以降、州の衛生検査の頻度と食品追跡の要求水準が引き上げられ、今回のエイバルの事例で流通業者が「追跡と回収の手順を証明するまで営業停止」とされたのも、その延長線上にある。
日本の読者への解説
日本の食中毒統計は2025年に事件数1,172件、患者2万4,727人で、患者数は前年の1.7倍に跳ね上がった。原因別ではウイルスが最多で、次いで細菌、寄生虫と続く。ただしスペインの数字と単純に比べることはできない。日本の統計は患者1人のアニサキスも1件と数えるのに対し、スペインのRENAVEは患者2人以上の「集団発生」だけを集計するからだ。それでも傾向の違いははっきりしている。日本では生魚と寄生虫、スペインでは卵とサルモネラ。旅行者が日本の感覚で「生ものに気をつければよい」と考えると、警戒の向きがずれる。
実務的な自衛策は五つ。第一に、夏のバルで作り置きのトルティージャやマヨネーズ系の小皿(ロシア風サラダ、エンサラディージャ)を頼むときは、冷蔵ケースから出しているか、常温のカウンターに何時間も置かれていないかを見る。第二に、自家製アイオリやマヨネーズを出す店は、法律上は殺菌卵製品を使っているはずだが、猛暑の週に路上の屋台や臨時の祭り会場で出てくるものは避ける。第三に、生魚は冷凍済みが原則なので過度に恐れる必要はないが、ヒスタミンは加熱で消えないため、マグロやサバの料理で舌がぴりぴりしたら食べるのをやめる。第四に、貝は自分で採らない、露店で売られている出所不明のものを買わない。第五に、水道水は飲めるが、体調に不安があれば市販の水にする。
万一発症したら、下痢と嘔吐が続く場合は薬局(緑の十字が目印)で経口補水液を買い、血便、高熱、脱水の兆候があれば救急外来か112へ。日本の保険証は使えないので、海外旅行保険の緊急連絡先に早めに電話する。同じ店で同じものを食べた同行者が同時に発症したなら、店に「オハ・デ・レクラマシオネス(苦情用紙)」を求め、州の保健当局か消費者窓口にも連絡する。集団発生の届け出は保健所の疫学調査の起点になり、次の被害者を減らすことにつながる。レシートと食べたものの記録、発症時刻のメモがあると手続きが速い。













