スペインがワールドカップを制した7月19日の夜、国中が赤一色の歓喜に包まれるなか、バスク州では正反対の光景が広がっていた。ビルバオでは決勝戦のパブリックビューイングを妨害しようとした集団が約40分間にわたり騒乱を起こし、ビトリアでは代表ユニフォームを着た人々が覆面の若者集団に襲われ、エイバルではスペイン国旗が燃やされた。バスク州警察エルツァインツァ(Ertzaintza)の発表によると、決勝当日から優勝後の祝賀にかけての一連の事件で逮捕者は計8人、捜査対象として特定された人物は約30人にのぼる。逮捕容疑には「憎悪を動機とする暴行」が含まれ、対象者の年齢は15歳から46歳。自国の代表が世界一になった夜に、その代表を応援した人が襲われる――日本の感覚では理解しがたいこの現象の背景には、バスク地方とスペインという国家の間に横たわる、百年を超える複雑な関係史がある。本稿では事件の詳細を整理した上で、「なぜスペインの一部は優勝を祝えないのか」を解説する。
ビルバオ: 大画面の妨害と切断されたケーブル
最も大規模な騒ぎが起きたのはビルバオだった。ドニャ・カシルダ・イトゥリサル公園に設置された大型スクリーンでの決勝観戦イベントを、集団が実力で妨害しようとしたのだ。エルツァインツァによると、約40分間にわたって騒乱状態が続き、ケーブルが切断される被害も出た。警察は妨害に関与したとして20人を特定。うち1人は刃物で人を脅した容疑、4人は市民安全法違反の容疑で調べられている。報道陣が攻撃される事案も発生した。
このスクリーン設置をめぐっては、実は試合前から政治的な火種があった。設置を主導したのが国民党(PP)だったからだ。バスク州の主要都市では、スペイン代表の試合のパブリックビューイングを自治体が公式に開催しないことが珍しくない。そこにスペイン全国政党のPPがあえてスクリーンを持ち込んだことは、ナショナリズムをめぐる象徴的な対立の舞台を用意する形になった。
ビトリア: 覆面集団による「憎悪犯罪」としての暴行
州都ビトリアでは、より直接的な暴力が起きた。旧市街で、覆面をした若者の集団が、スペイン代表のユニフォームを着た人々を取り囲み、脅迫し、暴行を加えた。エルツァインツァは3人を逮捕。うち2人の容疑は「憎悪を動機とする暴行(agresion por motivos de odio)」、もう1人は警察官への暴行だ。現場では催涙スプレーが使用されたとの報道もある。
「憎悪犯罪」という容疑の構成は注目に値する。スペインの刑法は、人種や宗教だけでなく、出身地やイデオロギーを理由とする攻撃も憎悪犯罪として重く処罰する。つまり「スペイン代表のユニフォームを着ていたから襲われた」という行為が、外国人排斥と同じ法的カテゴリーで立件されているのである。
サン・セバスティアンとエイバル: 国旗の焼却
サン・セバスティアン(ドノスティア)では警察官への暴行で1人が逮捕され、代表ファンへの脅迫や侮辱をめぐって6人が捜査対象となった。ギプスコア県の工業都市エイバルでは、スペイン国旗が燃やされ、スペイン代表ではなく「バスク代表」を支持するパネルが掲げられた。
さらに優勝が決まった後の祝賀の時間帯にも各地で衝突が起き、エルツァインツァは新たに4人を逮捕、7人を捜査対象とした。バスク州政府は一連の暴力について「共存と尊重の価値観とは相容れない」とする声明を出して非難している。
なぜ「自国の優勝」を祝えないのか
ここまでの事実だけを読むと、「スペインの一部にはスペインが嫌いな人がいる」という単純な話に見えるかもしれない。だが実態はもう少し複雑だ。
バスク地方は、独自の言語(バスク語)と文化を持ち、スペインからの独立あるいは高度な自治を求める政治潮流が歴史的に強い地域だ。フランコ独裁時代(1939-1975年)にはバスク語の公的使用が抑圧され、この記憶は今も地域のアイデンティティの核にある。過激派組織ETAによる武装闘争は2011年に終結し、組織自体も2018年に解散したが、急進的な独立支持層の一部、特に若年層には「カレ・ボロカ(kale borroka)」と呼ばれる街頭破壊活動の伝統が残る。今回の覆面集団による行動は、この系譜に連なるものと見る報道が多い。
スペイン代表というチームは、彼らにとって単なるサッカーチームではなく「スペインという国家の象徴」だ。だからこそ、代表の勝利を祝う行為そのものが、彼らの目には政治的な敵対行為に映る。バスク地方には、FIFA非加盟ながら親善試合を行う「バスク選抜(Euskal Selekzioa)」が存在し、「自分たちの代表はこちらだ」という意識を支えている。地元の名門アスレティック・クルブ(アスレティック・ビルバオ)が今も「バスク系選手のみ」という編成方針を貫いていることも、この地域のサッカーとアイデンティティの結びつきの深さを物語る。
ただし、強調しておくべきことがある。バスク州に住む大多数の人々は、この夜、暴力に訴えたりはしていない。スペイン代表を静かに応援した人も、無関心にやり過ごした人も、居心地の悪さを感じながらバルのテレビを眺めた人もいる。今回逮捕・特定されたのは合わせて数十人であり、220万人が暮らす州のごく一部だ。それでも「代表ユニフォームを着て歩くことにリスクが生じる地域が国内にある」という事実は、スペインという国家の統合が今なお完成していないことを示している。
優勝の熱狂と、その裏側の構図
興味深いのは、この事件が「群衆の熱狂」の裏返しでもあることだ。当サイトでは前日、人がなぜスポーツに熱狂しフーリガン化するのかを集団心理学から解説した。そこで紹介した現代の主流学説(ESIM=精緻化社会アイデンティティモデル)は、群衆の暴力を「理性の喪失」ではなく「集団間の相互作用の産物」として説明する。バスクで起きたことは、まさにその教科書的な事例だ。襲った側は無差別に暴れたのではない。標的は「スペイン代表のユニフォーム」という記号を身につけた人々であり、PPが設置したスクリーンであり、スペイン国旗だった。暴力は熱狂の暴走ではなく、集団のアイデンティティに沿って標的を選んでいる。
そしてスペイン社会の側も、この構図を知っている。マドリードでの優勝パレードが大観衆を集めた同じ週に、バスクでの事件は全国ニュースとして報じられたが、政治家の反応は総じて抑制的だった。過剰に騒げば対立の構図を強化するだけだという学習が、この国には数十年分ある。
日本の読者への解説
日本で「代表の優勝を祝った人が同じ国の人に襲われる」という状況は想像しにくい。日本代表の試合で、特定の県の人々が「日本の勝利は祝わない」と表明する光景は存在しないからだ。この違いを理解する鍵は、スペインが「単一の国民国家」ではなく「複数の民族意識が同居する複合国家」だという点にある。カタルーニャ独立問題は日本でも報道されるが、バスクはそれより古く、より深い対立の歴史を持つ。
一方で、誤解してほしくないのは、バスク地方が旅行者にとって危険な場所では全くないということだ。サン・セバスティアンは世界有数の美食の街として日本人観光客にも人気が高く、ビルバオのグッゲンハイム美術館は北スペイン観光の定番だ。今回の事件は「スペイン代表の勝利を祝う」という極めて特殊な文脈で起きたものであり、観光客が巻き込まれる類のものではない。むしろ、こうした複雑さを知った上で歩くバスクの街は、一層興味深いはずだ。バルで地元の人にサッカーの話を振るなら、スペイン代表よりもアスレティック・ビルバオやレアル・ソシエダの話題を選ぶ――その程度の機微が分かれば、この地方の旅はぐっと豊かになる。













