スペインのサンチェス左派連立政権は、バルセロナをマドリードと並ぶ「文化首都」と位置づける政策の一環として、今年も市内の49の文化事業に対し総額2000万ユーロ(約34億円)の直接補助金を拠出することを決定した。エルネスト・ウルタスン文化大臣が発表したもので、この支援は6年連続となる。2021年に本格的に再開されて以来の累計支援額は1億2000万ユーロ(約204億円)に上る。政府はバルセロナの文化的な求心力を国家として後押しする「義務がある」と正当性を主張するが、支援先が公募ではなく政府の裁量で選ばれることから、野党や保守系メディアは、カタルーニャ独立派政党の協力に依存する現政権の政治的配慮が働いていると批判している。
背景にある「文化首都」という名の政策
「バルセロナ文化首都」構想は、今回が初めてではない。その源流は2000年代、社会労働党(PSOE)のサパテロ政権時代に遡る。当時、マドリードに国の主要文化機関が集中している状況を是正し、スペイン第2の都市であるバルセロナの文化的な地位を国家レベルで正式に認めることを目的に、中央政府とバルセロナ市の間で協定が結ばれた。しかし、その後の政権交代や経済危機でこの構想は事実上棚上げとなっていた。これを2021年に復活させたのが、現首相のペドロ・サンチェスと、当時のバルセロナ市長アダ・コラウ(左派系)である。以来、毎年2000万ユーロ規模の予算が、文化省からカタルーニャ州の様々な文化団体へ直接交付されている。この政策は、前任のミケル・イセタ文化大臣から現任のウルタスン大臣(急進左派連合スマール所属)へと、連立政権内で党派を超えて引き継がれており、現政権の重要政策の一つと見なされている。
「ア・デド(指名)」方式への批判
この支援策が論争を呼ぶ最大の理由は、その配分方法にある。「subvenciones directas(直接補助金)」、俗に「a dedo(指名、お好みで)」と呼ばれるこの方式は、一般的な公募や競争的な審査プロセスを経ない。文化省が支援するにふさわしいと判断した施設やプロジェクトを直接選び、資金を交付する仕組みだ。リセウ大劇場、カタルーニャ音楽堂、カタルーニャ国立美術館(MNAC)といった、すでに名声と実績のある大規模施設が主な支援対象となっている。政府は「バルセロナは偉大な文化の灯台であり、その輝きを保つために後押しするのは当然だ」と説明する。しかし、この裁量的な手法に対しては、透明性の欠如や、政治的な意図による恣意的な配分が行われる温床になりかねないとの批判が絶えない。特に、中央政府からの独立を目指す動きが根強いカタルーニャに対し、文化支援という形で「アメ」を与え、懐柔しようとしているのではないか、という見方が保守派を中心に強く存在する。
マドリードとの文化的覇権争い
この政策の根底には、スペインの二大都市、マドリードとバルセロナの長年にわたるライバル関係がある。政治・経済の中心がマドリードである一方、バルセロナは独自の言語(カタルーニャ語)と文化を持ち、特に前衛芸術や建築、デザインの分野で世界的な評価を確立してきた。しかし、国の文化予算という観点で見ると、プラド美術館、ソフィア王妃芸術センター、ティッセン=ボルネミッサ美術館といったナショナル・ギャラリー群を擁するマドリードに資金が集中する構造が続いてきた。今回の「文化首都」構想は、この不均衡を是正し、バルセロナを名実ともにマドリードと対等な文化の中心地として国家が「公認」する試みと言える。これは単なる文化振興策ではなく、スペインという国家のあり方をめぐる、より大きな政治的・思想的な文脈の中に位置づけられる。中央集権的な国家観と、複数の中心を持つ複合的な国家観との間のせめぎ合いが、文化予算の配分という形で現れているのである。
カタルーニャ独立問題という政治的文脈
サンチェス首相率いる少数与党政権は、国会での法案可決や予算成立において、カタルーニャの独立派政党の閣外協力に大きく依存している。このため、政権のあらゆる決定には「独立派への配慮があるのではないか」という憶測が常につきまとう。今回の文化支援も例外ではない。バルセロナ市自体は必ずしも独立派の牙城ではないが、カタルーニャ州全体への利益誘導と見なされやすい。批評家たちは、この2000万ユーロは、サンチェス政権が政治的安定を維持するために支払う「代償」の一部だと指摘する。一方で政府側は、これをカタルーニャとの対話と協調を促進し、国家の結束を強めるための正当な投資だと反論する。文化政策が、カタルーニャの独立問題をめぐる高度な政治的駆け引きの道具として利用されている側面は否定できず、純粋な文化論争にとどまらない複雑な様相を呈している。
日本の読者への解説
このスペインの事例は、日本の文化政策を考える上で示唆に富む。日本でも文化資源の東京一極集中は長年の課題であり、その対策として文化庁が京都へ移転したことは記憶に新しい。スペインの「文化首都」構想は、いわば「バルセロナ文化庁」を新設するのではなく、既存の有力な文化施設に集中的に資金を投下することで、都市全体の文化的な地位を底上げしようとするアプローチだ。日本の文化庁移転が「国の機関を地方へ」というハード面の施策であるのに対し、スペインのそれは「カネを地方へ」というソフト面の施策と言える。また、日本では文化予算が政争の主要な焦点となることは比較的少ないが、スペインでは中央政府と地方、特に独自のナショナリズムを持つ地域との間の緊張関係を反映し、文化政策そのものが極めて政治的な意味合いを帯びる。地方創生や文化振興を考える際、単に予算を配分するだけでなく、その配分方法の透明性や、背景にある政治的な力学がいかに重要であるか。バルセロナの事例は、その現実を我々に突きつけている。













