マドリードのラ・パス大学病院の研究チームが、臓器と同じドナーの造血幹細胞を組み合わせることで、移植後の拒絶反応を抑えながら免疫抑制剤を最小限に減らせたとする症例報告を、英ネイチャー系の医学誌コミュニケーションズ・メディシンに9月21日付で発表した。対象は2人。先天性の腸の病気で、それまでの移植臓器を拒絶で失ってきた当時15歳の少年は、2020年に胃・腸・膵臓・肝臓・腎臓をまとめて移植され、その後6年間、拒絶を起こしていない。3回の腎移植がいずれも失敗していた当時49歳の女性は、2021年に兄から4つ目の腎臓を受け、5年余り安定している。2人とも、ドナーの免疫細胞が患者の体を攻撃する移植片対宿主病(GVHD)や、重い副作用は起きていない。服用している免疫抑制剤は、それぞれ低用量の1種類だけになった。ただし、薬がゼロになったわけではない。主導した医師自身、2人は安全のために最小限の免疫抑制を続けており、1種類の薬をごく低用量で保つことが到達点だと説明している。症例は2例で、比較対象もない。病院は2025年から10人規模の第1相臨床試験を進めている。臓器提供で30年以上世界をリードしてきたスペインが、次は「移植した臓器を一生もたせる」課題に挑んでいる。日本人医師も米国で切り開いてきた分野であり、生体移植が中心の日本にとっても無縁の話ではない。
2人の患者に何が起きたのか
1人目のヤシンさんは、腸の粘膜が生まれつき栄養を吸収できない病気を抱えていた。2009年に受けた腸の移植は、リンパ増殖性疾患のために免疫抑制剤を減らした後に拒絶された。その後に受けた多臓器の移植片も、2016年から2020年にかけて急性の拒絶を繰り返し、慢性の拒絶に至った。2020年、15歳の時に、胃、小腸、大腸、膵臓、肝臓、腎臓をまとめて移植された。ドナーは亡くなった9歳の男児で、白血球の型(HLA)は一致していなかった。現在21歳で、移植から6年がたつ。
2人目のノラさんは、1988年、1991年、1992年と3回、亡くなった人からの腎臓の移植を受けたが、いずれも失敗していた。移植を重ねると、他人の組織を攻撃する抗体が体内にたまり、次の移植はさらに難しくなる。2021年3月、49歳の時に、HLAが一致した45歳の兄から生体腎の提供を受けた。4つ目の腎臓である。現在55歳で、スペイン紙エル・ディアリオの取材に「健康で、生きていて、幸せ」と語っている。
論文によると、ヤシンさんが服用している免疫抑制剤はシロリムス1種類、ノラさんは低用量のタクロリムス1種類だ。移植を受けた人は通常、複数の免疫抑制剤を一生飲み続ける。薬は拒絶を防ぐ一方、感染症やがん、腎障害のリスクを高める。1種類の低用量で5年以上もっていることが、今回の報告の中心である。
仕組み──「ドナーの免疫を一緒に住まわせる」
拒絶反応は、患者の免疫がドナーの臓器を「よそ者」と見なして攻撃することで起きる。チームが狙ったのは、ドナーの免疫細胞を患者の体内に一時的に同居させ、患者の免疫にドナーを「身内」として覚えさせることだ。主導した小児血液腫瘍科のアントニオ・ペレス・マルティネス医師は「目指しているのは、ドナーと患者の免疫細胞の一時的な共存だ」と説明する。
手順はこうだ。臓器を移植した後、同じドナーから採った造血幹細胞を、ヤシンさんには88日後、ノラさんには15日後に輸注した。細胞は、移植片対宿主病を起こしやすい「ナイーブT細胞」の大部分を取り除き、血液のもとになる幹細胞と、ウイルスなどと戦った経験を持つ「メモリーT細胞」を残して調製した。その後も1年間、メモリーT細胞を毎月追加した。前処置は、骨髄を完全には破壊しない軽いものにとどめた。ヤシンさんの幹細胞は亡くなったドナーの骨髄から、ノラさんの幹細胞は兄の血液から採った。
2人の体内では、ドナー由来の細胞が一時的に混ざり合う状態(混合キメリズム)が生じた。論文の要旨によると、その後の検査では、ドナーの細胞にも第三者の細胞にも免疫の反応が弱まった一方で、サイトメガロウイルスへの反応は保たれていた。手法は、ペレス・マルティネス医師と外科医のフランシスコ・エルナンデス・オリベロス医師が共同で開発した。
着想は牛の双子
発想の原点は、80年前の発見にある。1945年、米国の研究者レイ・オーウェンは、二卵性の牛の双子が胎盤の血管でつながっているため、生涯にわたって互いの血液細胞を持ち続けることを報告した。1951年には英国のピーター・メダワーらが、そうした双子の牛が互いの皮膚の移植を拒絶しないことを示した。メダワーはこの「免疫寛容」の研究で1960年にノーベル賞を受けている。ペレス・マルティネス医師は、自然界で起きていることをまね、患者とドナーの防御を一時的、あるいは恒久的に共存させる仕組みだと説明している。
臓器と同じドナーの幹細胞で免疫寛容を得るという考え方自体は、新しくない。米ハーバード大学のマサチューセッツ総合病院(MGH)では、日本人の河合達郎医師らが2002年から腎臓と骨髄の同時移植の臨床研究を進め、2008年に米医学誌NEJMで、5人中4人が免疫抑制剤を完全にやめられたと報告した。スタンフォード大学やノースウェスタン大学も、腎移植で同様の成果を出している。北海道大学の藤堂省らは、生体肝移植の患者に制御性T細胞を多く含む細胞を投与し、10人中7人が免疫抑制剤から完全に離脱したと2016年に報告した。
ラ・パスの報告が注目されるのは、腎臓だけでなく腸を含む多臓器の移植に、HLAの一致しない亡くなったドナーの骨髄を使って応用した点だ。ペレス・マルティネス医師は、亡くなったドナーから骨髄を採って使うこと自体に前例がないとしている。一方で、「世界初の拒絶のない移植」ではないし、薬なしの移植が実現したわけでもない。
限界と、これから
スペインの医療専門紙レダクシオン・メディカは、この方法の限界として、2人がなお免疫抑制を必要としていること、2人しか調べておらず、広い患者層で再現できるかはまだ分からないことを挙げている。臓器もドナーの条件も異なる2例で、比較する対照群もない。国立移植機構(ONT)のベアトリス・ドミンゲス=ヒル長官は「この手法が検証されれば、移植を受けた人の暮らしを根本から変えうる」と、条件付きで評価した。
病院は2025年6月から、第1相臨床試験「DUALGRAFT」を進めている。米国の臨床試験登録によると、対象は子どもの腸・肺移植と、子ども・大人の腎移植で、10人の登録を予定し、2年間の安全性を主な評価項目とする。完了予定は2028年6月だ。
臓器提供の国、スペイン
この研究の土台には、スペインの移植医療の厚みがある。国立移植機構の発表では、2025年の移植は6,335件(人口100万人あたり129.0件)、亡くなった人からの提供者は2,547人(同51.9人)だった。政府は、スペインが30年以上にわたって臓器提供で世界をリードしてきたとしている。移植の数が多いほど、「移植した臓器をいかに長くもたせるか」が次の課題になる。
日本の読者への解説
日本の臓器提供は、スペインとは桁が違う。日本臓器移植ネットワークによると、2024年に亡くなった人からの提供は138件(脳死下130件、心停止後8件)で、移植を希望して登録している人は、腎臓だけで1万5,194人、臓器別に合計すると延べ1万7,391人にのぼる(2026年8月末)。国際的な集計(2022年)では、人口100万人あたりの提供者はスペインの46.03人に対し、日本は0.88人だった。脳死下の提供は近年増えているものの、待っている人の数には遠く及ばない。
そのため日本では、家族から臓器を受ける生体移植が中心になってきた。今回の2例目、ノラさんのケースは、兄から腎臓と幹細胞の両方を受けたもので、生体移植の多い日本の状況に近い。同じドナーから臓器と血液の幹細胞を採るという考え方は、日本の医療にもなじみやすい。
臓器が少ない国ほど、一度移植した臓器を長くもたせる意味は大きい。免疫抑制剤を減らせれば、感染症やがん、腎障害のリスクが下がり、移植片が長持ちすれば、再移植のために待機リストに戻る人も減る。この分野では、MGHの河合医師や北海道大学のように、日本人研究者が早くから成果を出してきた。スペインの2例は、その流れの中にある一歩であり、「薬のいらない移植」が実現したわけではない。10人規模の臨床試験で安全性と再現性が確かめられるかが、次の焦点になる。













