第74回サン・セバスティアン国際映画祭が9月18日(金)に開幕し、26日(土)まで9日間にわたってバスク地方の港町を映画の首都に変える。今年のコンペティション部門(セクシオン・オフィシアル)には17作品が並び、そのうち1本が日本映画、作家・原田マハの初監督作『無用の人』(英題:In My Father's Room、109分)である。主演は蒼井優、共演にイッセー尾形、永山瑛太、渡辺えり。美術館の監視員として働く聡美のもとに届いた謎の「鍵」をきっかけに、ひと月前に孤独死した父の部屋と記憶をたどる人間ドラマで、本作はここでワールドプレミアを迎え、日本公開は2027年1月に予定されている。審査員団も日本と縁が深く、審査委員長のアイラ・サックス(米)のもと、作家で映画プロデューサーの川村元気、女優のアリス・ブラガ、パトリシア・ロペス・アルナイス、俳優のビル・スカルスガルド、脚本家のカトリーヌ・パイエ、プロデューサーのマイク・グッドリッジが名を連ねる。開幕作はファティ・アキン監督の『ゴースト・ソング』(独)、閉幕作はミヒャエル・R・ロスカム監督の『ル・フォー・ソワール』(ベルギー・仏)。功労賞にあたるドノスティア賞はヴェルナー・ヘルツォークとナオミ・ワッツに贈られ、ブラッド・ピット、ペネロペ・クルス、マリオン・コティヤール、ジェレミー・アイアンズ、ラミ・マレック、オーランド・ブルーム、レナ・オリン、リカルド・ダリンらが来場を予定する。出品作は全部門で47か国263本。今回は2011年から映画祭を率いてきたホセ・ルイス・レボルディノス総監督の最後の回で、2027年1月にマイアレン・ベロキが後任に就く。

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コンペティション17本の顔ぶれ

コンペティション部門は次の通り(原題/英題、監督、製作国。邦題未定のため原題で表記)。金貝賞(コンチャ・デ・オロ)を争う。

  • Geister / Ghost Song──ファティ・アキン、ドイツ(開幕作)
  • 7h40 ce matin-là / Milo──ニコル・ガルシア、フランス
  • Artakalan / What Remains──イェシム・ウスタオール、トルコほか
  • Bian jing / Border──アー・ビャオ、香港・米・韓国(長編デビュー作)
  • The Debut──ジェシー・アイゼンバーグ、米
  • Garrat du váimmu / Brace Your Heart──アマンダ・シェーネル、スウェーデンほか
  • Glaxo──ベンハミン・ナイシュタット、ブラジル・アルゼンチン
  • Krux──トニー・ヴァール、ドイツ・ポーランド(長編デビュー作)
  • El mal padre──ロベルト・ブエソ、スペイン
  • Markens grøde / Growth of the Soil──ハンス・ペテル・モランド、ノルウェーほか
  • Mis muertos tristes / My Sad Dead──パブロ・ラライン、アルゼンチン・チリ
  • Les Misérables──フレッド・カヴァイエ、フランス
  • 『無用の人』(In My Father's Room)──原田マハ、日本
  • Sants / Saints──ミケル・グレア、スペイン・イタリア
  • Tender Loving Care──マイク・リー、英
  • Vicentina pede desculpas / On Behalf of My Son──ガブリエル・マルティンス、ブラジル
  • El castillo / The Castle──エレナ・マルティン・ヒメノ&サンドラ・ロメロ、スペイン(シリーズ作品)

コンペティション外の公式上映には、ブラッド・ピット出演が見込まれるデヴィッド・エアー監督の「Heart of the Beast」(米)、フェルナンド・トゥルエバ監督の「Bajañí」、ダニエル・モンソン監督の「Ruega por nosotras」(スペイン・仏)、コルド・アルマンドス監督の「Azken agurra」、ダビド・ペレス・サニュード監督の「Sacamantecas」(スペイン・ベルギー)などスペイン勢が並ぶ。他の映画祭の話題作を集めるペルラク(真珠)部門には、クリスティアン・ムンジウの「Fjord」、リュカ・ドンの「Coward」、マーティン・マクドナーの「Wild Horse Nine」と並んで、濱口竜介監督の新作「All of a Sudden」が入り、日本映画は主要2部門で1本ずつ上映されることになる。

原田マハと『無用の人』──ゲルニカ取材で見たバスクへ

原田マハは1962年生まれ、キュレーターとして森美術館などに勤めた後に作家に転じ、『楽園のカンヴァス』『暗幕のゲルニカ』などアートを題材にした小説で知られる。『無用の人』は自身の同名短編を原作に、脚本と監督を自ら手がけた初の映画作品で、配給はビターズ・エンド。映画祭の選出にあたり原田は「『暗幕のゲルニカ』の取材でバスク地方を訪れた際、豊かな文化が息づく風土で芸術と平和を愛する人々に出会い、深い感銘を受けた」と述べ、サン・セバスティアンでのワールドプレミアを「念願の地」と表現している。ゲルニカはサン・セバスティアンから車で1時間半ほどのビスカヤ県の町で、1937年の空爆をピカソが描いた作品を扱った小説を書いた作家が、その土地の映画祭で監督デビューを飾る形になる。

物語の舞台は美術館で、監視員という「作品を見続けるが作品には触れない」立場の主人公が、父が残した部屋を通じて父の孤独な生涯と、芸術への献身を知っていく。キュレーター出身の原田らしい、鑑賞する側の人間に焦点を当てた設定である。コンペティション部門の最高賞である金貝賞を日本映画が受けた例はなく、実現すれば映画祭史上初となる。

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審査員に川村元気、ドノスティア賞はヘルツォークとワッツ

審査委員長のアイラ・サックスは『パッセージ』『フランキー』などで知られるニューヨークの独立系監督。審査員の川村元気は『君の名は。』『告白』などのプロデューサーであり、小説『世界から猫が消えたなら』の作者、そして『百花』で監督としてもサン・セバスティアンの最優秀監督賞(銀貝賞)を2022年に受賞している。日本の作品が出品される回に日本人審査員が入る形だが、映画祭では審査員の利益相反は個別に処理され、審議からの離席などで対応するのが慣例だ。

ドノスティア賞は今年、ヴェルナー・ヘルツォークとナオミ・ワッツに授与される。ヘルツォークは84歳で、近年もドキュメンタリーと劇映画を交互に発表しており、授賞式後の上映と対話企画が予定される。ワッツは『21グラム』のほか、スペインのJ・A・バヨナ監督の『インポッシブル』にも主演している。

レボルディノス体制の最終回──15年で何が変わったか

ホセ・ルイス・レボルディノスは2011年に総監督に就任し、ラテンアメリカ映画のプラットフォーム機能の強化、産業部門(インダストリー)の拡充、ネットフリックスなど配信作品の受け入れを進めて、サン・セバスティアンをカンヌ・ベネチア・ベルリンに次ぐ「Aランク映画祭」の中で独自の位置に押し上げた。後任のマイアレン・ベロキは長く副ディレクターを務めた内部昇格で、路線の継続が見込まれる。今年のコンペティション17本のうち女性監督作は5本で、前年より減ったことは開幕前から指摘されている。

スペイン国内では、9月のサン・セバスティアン、10月のシッチェス(ファンタスティック映画)、11月のセビージャ(ヨーロッパ映画)が秋の三大映画祭とされ、サン・セバスティアンは規模・格ともに筆頭である。会期中は市内のホテルがほぼ満室になり、旧市街のバルはレッドカーペットを終えた俳優たちの姿で埋まる。

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日本の読者への解説

サン・セバスティアンは、日本映画にとって縁の深い映画祭である。過去にも日本映画が繰り返しコンペティションに選ばれ、2022年には川村元気が『百花』で監督賞(銀貝賞)を受けた。日本の映画祭報道はカンヌとベネチアに集中しがちだが、サン・セバスティアンはスペイン語圏の配給網への入り口であり、ここで評価された作品はラテンアメリカ20か国以上の市場に届く。『無用の人』が日本公開(2027年1月)に先立ってここで世界初上映されるのは、そうした販路を見据えた判断でもある。

もう一つ、日本の読者が知っておくとよいのは、この映画祭が「美食の街」としてのサン・セバスティアン観光と一体化している点だ。人口18万人の街にミシュランの星付き店が集中し、旧市街のピンチョス文化は日本でもよく知られている。映画祭期間は宿が取りにくく料金も上がるが、上映チケットは一般販売されており、旅行者でもレッドカーペットや上映を見ることができる。9月下旬のサン・セバスティアンは気候も穏やかで、映画と食を組み合わせた旅先として、日本からの訪問者には最も勧めやすい時期にあたる。

そして最後に、コンペティションに日本映画が入り、審査員に日本人が座り、ペルラク部門にも濱口竜介の新作が並ぶ今年は、日本とサン・セバスティアンの関係が近年で最も濃い回である。授賞結果は26日夜に発表され、本サイトで続報する。

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