アフリカ大陸の北岸に位置するスペインの自治都市セウタで、移民問題を巡る緊張が暴力事件に発展した。港に集結した数百人の住民が、人権活動家のラファエル・ボレゴ氏と地元議員フリア・フェレラス氏が乗った車を取り囲み、投石などで破壊した。群衆は、パンプローナから人道支援のためにセウタを訪れる予定だった別のNGO団体を「ETA(バスク祖国と自由)の支持者」だとする右派系メディアの報道に煽られており、ボレゴ氏をそのメンバーだと誤認したことが襲撃の引き金となった。警察が介入し、空砲を発砲して群衆を解散させたが、この事件はセウタが抱える移民問題の根深さと、社会の分断を象徴している。
背景:アフリカ大陸の「ヨーロッパ」セウタ
事件の舞台となったセウタは、モロッコに隣接するスペインの「飛び地(enclave)」であり、EUの国境でもある。この地理的条件から、サハラ以南のアフリカ諸国からヨーロッパを目指す移民・難民にとって主要な玄関口の一つとなってきた。高さ数メートルの国境フェンスが張り巡らされているものの、集団でのフェンス乗り越えや海上からの密航が後を絶たない。近年、モロッコとの外交関係の悪化に伴い、モロッコ側が国境警備を緩め、数千人規模の移民が一度に越境してくる事態も発生している。こうした状況は、人口約8万5千人の小さな都市であるセウタのインフラや社会サービスに大きな負担をかけており、一部住民の間では移民に対する不満や排斥感情が高まっていた。今回の事件は、こうした積年の不満が、特定のきっかけで爆発した形と言える。
誤情報と「ETA支持者」という烙印
今回の襲撃の直接的な引き金は、パンプローナを拠点とする左派系NGO「Negu Gorriak/Derecho a techo」のセウタ訪問計画だった。彼らは、セウタにいる移民への人道支援と、軍による移民への虐待疑惑を調査する目的で訪問を予定していた。これに対し、ある右派系のデジタルメディアが、この団体を「proetarra(ETA支持者)」と断じる記事を掲載した。ETAはすでに解散したバスク地方の分離独立を求めた武装テロ組織であり、スペイン社会において「ETA支持者」というレッテルは、相手の社会的信用を完全に失墜させる極めて深刻な非難を意味する。この情報がSNSで拡散され、住民らは「テロリストは来るな」と港で待ち構えるに至った。そこに偶然居合わせたのが、ガザへの支援船団にも参加したことのある人権派弁護士のボレゴ氏であり、彼は全くの別件でセウタにいたにもかかわらず、標的とされてしまった。
分断される地元社会と警察への不信
襲撃の様子を撮影した映像には、群衆が「我々はカバージャ(セウタ住民の愛称)だ、ETAではない」「モロッコは悪党、ここは我々の土地だ」などと叫びながら、車に卵や石を投げつけ、窓ガラスを破壊する様子が記録されている。車に乗っていたフェレラス議員は地元政党「Ceuta Ya!」の所属で、襲撃とは何の関係もなかった。彼女は「いかなる暴力も正当化されない」と声明を発表している。一方で、群衆を制止しようとする警察に対し、一部の住民が「移民がいるキャンプに行け」と野次を飛ばす場面も見られた。これは、住民の怒りが、外部から来たと見なされる活動家だけでなく、自分たちを守ってくれないと感じる国家権力(警察)にも向けられていることを示唆している。移民、NGO、そして国家機関の全てが、不満を抱える住民にとっての「敵」と見なされている構図が浮かび上がる。
極右思想の浸透と「内なる敵」の創出
この事件は、単なる住民の暴発として片付けることはできない。背景には、スペインの極右政党VOXの台頭と無関係ではない。VOXはセウタで高い支持率を誇り、「不法移民の即時送還」や「NGOは移民ビジネスの手先」といった言説をかねてから展開してきた。彼らの主張は、経済的な不安や治安への懸念を抱える住民の心に浸透し、「自分たちの生活を脅かすのは移民と、彼らを助ける『内なる敵』(NGOや左派政治家)である」という単純な敵対構造を作り出した。今回、「ETA支持者」という、移民問題とは本来無関係なレッテルが極めて効果的に機能したことは、こうした極右的なプロパガンダが、人々が最も反応しやすい「古傷」を利用して憎悪を煽る手口の典型例と言えるだろう。誤情報が、既存の不安と結びつくことで、人々を暴力にまで駆り立てる危険性を明確に示した事件である。
日本の読者への解説
セウタの事件は、遠いアフリカの出来事として看過できない教訓を日本の私たちにも突きつけている。第一に、誤情報やフェイクニュースが、いかに容易に特定の集団への憎悪を煽り、物理的な暴力にまで発展しうるかという点だ。日本でも、在日コリアンなど特定のマイノリティに対するヘイトスピーチや、ネット上のデマが社会問題化している。セウタで「ETA支持者」という烙印が使われたように、歴史的な対立や社会的な偏見を悪用した言説は、人々の理性を麻痺させる力を持つ。第二に、移民や外国人労働者を巡る社会の分断である。日本でも外国人労働者の受け入れは拡大しているが、地域社会との摩擦や、彼らを社会保障の「ただ乗り」と見なすような排外的な意見も散見される。セウタの住民が抱く「自分たちの生活が脅かされている」という感覚は、将来の日本社会でも起こりうる。外部からの脅威と「内なる敵」を結びつけて攻撃する極右的な手法は、万国共通であり、日本もその例外ではないことを、この事件は示している。













