バルセロナのサンツ地区(Barri de Sants)で、市内でも最大級の街祭りのひとつ「サンツ祭り2026(Festa Major de Sants 2026)」が2026年8月22日から30日までの9日間開催される。開幕日22日夜8時、サンツ駅すぐ隣のパルク・ダ・ラスパーニャ・インドゥストリアル(Parc de l'Espanya Industrial)で行われる開会挨拶(pregón)を務めるのは、女優で映画監督のレティシア・ドレラ(Leticia Dolera)だ。今年の装飾コンテストには11の通りと広場が参加、9日間で300を超える無料イベントが予定されている。1週間前に閉幕したグラシア祭りと双璧をなす「装飾コンテスト系の街祭り」で、山場は8月24日午前の聖バルトロメウ祭(守護聖人の日)と装飾優勝発表、8月29日土曜のカステリェス(人間の塔)と夜のコレフォック(火の走り込み)、そして8月30日夜の閉幕ピロミュージカル(火薬と音楽のショー)の3つ。装飾通り一帯は8月22日夕方から30日深夜まで車両封鎖され、夜間の歩行者天国となる。バルセロナ市内観光を予定する日本人旅行者にとって、宿泊者の多いサンツ駅界隈が突然「祭りの中枢」に変わる9日間になる。
今年の見どころ──11通りの装飾、テーマは「1936年ベルリン五輪」から「ラタトゥイユのパリ」まで
2026年版で装飾コンテストに参加するのは、アルコレア・ダ・バイシ(Alcolea de Baix)、アルコレア・ダ・ダルト(Alcolea de Dalt)、フィンランディア(Finlàndia)、ガリレウ(Galileu)、グアディアナ(Guadiana)、パピノット(Papinot)、プラサ・ダ・ラ・ファルガ(plaça de la Farga)、サグント(Sagunt)、バリャドリード(Valladolid)、バリェスピル・ダ・バイシ(Vallespir de Baix)、バリェスピル・ダ・ダルト(Vallespir de Dalt)の11本。テーマの幅がグラシアより広く、政治性のあるものと純粋な娯楽が同居する。
もっとも重い題材を選んだのがパピノット通りの「1936年ベルリンオリンピック」だ。同じ1936年に、バルセロナはナチス五輪への対抗としての「人民オリンピック(Olimpíada Popular)」を7月に開催予定だったが、スペイン内戦勃発の前日に中止された歴史がある。90周年を意識した装飾になる可能性が高い。一方、プラサ・ダ・ラ・ファルガは映画「ロラックス」に着想を得た環境メッセージ、バリェスピル・ダ・バイシは公教育擁護を掲げた社会派のテーマだ。
娯楽路線では、ガリレウ通りが「ハリウッドとウォーク・オブ・フェイム」、バリェスピル・ダ・ダルト通りが映画「ラタトゥイユ」のパリの街を再現する。グアディアナ通りは巨大な菓子と魔法の菓子工房、アルコレア・ダ・バイシ通りは「片方だけになった靴下」を主人公にした冒険譚、と生活感の強い題材も並ぶ。アルコレア・ダ・ダルト通りは、かつてモンジュイックの丘で開催されていた自動車レース「モンジュイック・サーキット」を再現する趣向で、F1黎明期の記憶を掘り起こす。フィンランディア通りは「狂気の実験室」がテーマで、装飾参加45周年の節目を迎える最古参のコミッションのひとつだ。バリャドリード通りは「シルクロード」、サグント通りは「サグントと点」と題した幾何学模様で、地味だが職人技を見せる路線に振っている。
開幕はレティシア・ドレラ──『Perfectos desconocidos』の女優が街祭りを開ける意味
8月22日午後8時、パルク・ダ・ラスパーニャ・インドゥストリアルで開会挨拶を務めるのは、女優・脚本家・映画監督のレティシア・ドレラ(Leticia Dolera、1981年生まれ)。ホラー映画「REC 3: Génesis」(2013年)や、自ら共同脚本・監督・主演を務め2019年のカンヌ・シリーズフェスで作品賞と特別演技賞を受賞したドラマ「Vida perfecta(Perfect Life)」、2025年にHBO Maxで配信開始された自作ドラマ「Pubertat」で知られる。彼女は#MeToo運動以降のスペイン映像業界におけるフェミニズムの旗手のひとりでもあり、なによりサンツ地区の住民としても知られる。地区が娯楽と社会性を同居させる祭りの顔として、地元出身の彼女を選んだ意味は小さくない。開幕挨拶に続いて、地区の伝統民俗芸能であるジャガンツ(gegants、巨大人形)とベスティアリ(bestiari、幻獣人形)の行進が始まり、通りの装飾が一斉に灯される。
山場は8月29日──カステリェス、コレフォック、そして緑シャツの矜持
祭り最大の見どころは8月29日土曜に集中する。午後6時、地区中心のプラサ・ダ・ボネット・イ・ムイシ(Plaça de Bonet i Muixí)で、地元コリャ「カステリェス・ダ・サンツ(Castellers de Sants)」が人間の塔(castells)の演技を披露する。カタルーニャ各地から招待コリャも集まり、7段前後の塔と柱型(pilar)のパフォーマンスが披露される。演技後には、集団が塔を組んだまま歩く「ピリャル・カミナット(pilar caminat、歩く塔)」が、パルク・ダ・ラスパーニャ・インドゥストリアルまで行進する。
カステリェス・ダ・サンツの目印は灰色のシャツだ。カタルーニャの各コリャはそれぞれ固有色のシャツで区別されるが、サンツが選んだ灰色は19世紀にサンツ・オスタフランクス・ラ・ボルデタ一帯を支えた紡績工場と、いま祭りの中心地となっているパルク・ダ・ラスパーニャ・インドゥストリアルの工場労働者への敬意を表している。同コリャは1993年5月9日にプラサ・ダ・ボネット・イ・ムイシで旗揚げした地区生え抜きの集団で、結成年に早くも6段・7段の塔を組んだ実力派として知られる。
夜になると、火の祭事「コレフォック(Correfoc)」が始まる。子供コレフォックは午後5時から7時30分、カン・マンテガの庭園を出発し、ジョアン・グエル通りを経てラモン・トーレス広場まで練り歩く。大人コレフォックは午後9時30分から11時、プラサ・ダ・オスカ(Plaça d'Osca)を出発してプラサ・ダ・ボネット・イ・ムイシまでのルートで、悪魔(diables)に扮した行列が花火とロケット花火を火の粉のシャワーとして撒きながら群衆の中を進む。参加する(走り込む)場合は綿100%の長袖・長ズボン・つばの帽子・タオル・閉じたスニーカー、そして眼鏡またはゴーグルが最低装備。合成繊維は火の粉で溶けて肌に張り付くため厳禁だ。見学するだけなら沿道の建物側に張り付き、火の粉のシャワーの外側にいれば安全だが、初めての観光客はコレフォックの規模に驚くことが多い。
閉幕は8月30日夜の「ピロミュージカル」──静かに終わらない祭り
8月30日日曜、祭りは午前中のスポーツ大会と地区最終行進を経て、夜10時、パルク・ダ・ラスパーニャ・インドゥストリアルで「ピロミュージカル(piromusical、火薬と音楽の同期ショー)」で幕を閉じる。バルセロナ市の総合祭典ラ・メルセ(9月)の最終夜にも同種のショーが開催されるが、サンツ版はより小規模で観客との距離が近い。パルク・ダ・ラスパーニャ・インドゥストリアルはサンツ駅の真西・徒歩1分という好立地にあり、市内中心部から地下鉄で15分の場所で花火が上がる希少な機会だ。
祭りの他の日にも、8月24日午前の守護聖人サント・バルトロメウ(Sant Bartomeu)への花奉献と装飾優勝の発表(午後7時30分・パルク・ダ・ラスパーニャ・インドゥストリアル)、8月25日夜の地区共同夕食と、パンクバンド「フニ・ダル・99(Juny del 99)」「マラ・ビダ(Mala Vida)」らのコンサート、8月26日と28日の地区の歴史ガイド付きウォーキングツアー、8月27日のダブルチャンピオンシップ(地区スポーツ大会の決勝)と、9日間隙間なく続く。
アクセスと安全──サンツ駅界隈が突然「祭りの中枢」になる
祭りの中心地であるビラ・ダ・サンツ(Vila de Sants)地区は、バルセロナの玄関口サンツ駅(Barcelona Sants、AVE・在来線・地下鉄L3/L5の乗換ハブ)から徒歩5-10分の圏内にすべて収まる。装飾通りへの最寄りは、地下鉄L1「メルカット・ノウ(Mercat Nou)」駅とL5「プラサ・ダ・サンツ(Plaça de Sants)」駅で、パピノット・グアディアナ・バリェスピル各通りは両駅の徒歩3分圏。パルク・ダ・ラスパーニャ・インドゥストリアルはサンツ駅の西口を出て徒歩1分だ。
バルセロナ市は本祭りに向けて特別警備計画(dispositivo especial)を敷いており、グアルディア・ウルバナ(市警)と国家警察の合同パトロールが装飾通り一帯と地下鉄駅出口を巡回する。特にコレフォック当日の夜は、火薬の管理と群衆の押し合い対策で警備が最大になる。本紙の別稿でも報じたとおり、バルセロナのスリは2026年前半に前年比21%減少したが、路上強盗と車上荒らしは増加傾向にある。サンツ祭りは繁華街と違い地元色が濃く、ツアーバス集団は少ないため、スリの標的にはなりにくいが、深夜の帰路で人気のない裏道を通らないなどの基本的な注意は必要だ。
宿泊者の多いサンツ駅界隈のホテル利用者にとっては、「特に何もしなくても祭りの真ん中に泊まっている」状態になる。夜間の騒音は覚悟が必要で、装飾通り沿いの部屋を予約している場合は耳栓を持参するか、静かな部屋への変更を早めにフロントに相談したほうがいい。
グラシア祭りとの違い──「兄」と「弟」ではなく、「町」と「町」
1週間前に閉幕したグラシア祭り(8月15-21日)と、サンツ祭り(8月22-30日)は、しばしば「バルセロナの装飾コンテスト系街祭り」として並べて紹介される。両者の起源は共通で、19世紀に独立した町(村)だった時代の守護聖人祭にさかのぼる。グラシアが1897年、サンツが同じく1897年にバルセロナ市に併合されたが、地区としてのアイデンティティは今も色濃く残る。
違いは規模と観光化の度合いだ。グラシアは装飾参加が23通り、来場者100万人超と、バルセロナ最大の街祭りで、国際的な観光客も大勢押し寄せる。サンツは装飾11通り、来場規模もその半分程度で、より地元感が濃く、外国人観光客の密度が明らかに低い。装飾のテーマも、グラシアが「指輪物語」「サン・ジョルディ伝説」など大衆娯楽寄りなのに対し、サンツは「1936年ベルリン五輪」「公教育擁護」など地区の政治的自負を混ぜてくるのが特徴だ。
もうひとつ、地理的な違いも重要だ。グラシア祭りの中心地「ビラ・ダ・グラシア」は、市中心部のパセッチ・ダ・グラシア(ガウディの建築が並ぶ目抜き通り)から徒歩10-15分の北側にある観光客に馴染みのあるエリアだ。一方、サンツはサンツ駅(AVE到着駅)の西側に広がる住宅地で、通常観光客が積極的に立ち寄る場所ではない。だからこそ、祭り期間中は「駅前の住宅街が突然お祭りの中枢になる」異常事態が生まれる。
日本の読者への解説──京都祇園祭とは違う「町の再確認」
日本の読者にサンツ祭りを説明するとき、京都の祇園祭(1か月にわたる山鉾巡行と宗教祭事)や青森ねぶた祭(8月2-7日の大型灯籠山車行進)を思い浮かべる人が多い。しかし、カタルーニャの装飾コンテスト系街祭りは、これらとは構造がかなり違う。
祇園祭やねぶた祭は、専門の職人や町内会が長い伝統に従って山車・灯籠を制作し、決まった巡行ルートを進む。観衆は沿道でそれを見学する。一方、サンツ祭りやグラシア祭りの主役は住民自身が数か月かけて手作りする街路装飾だ。狭街路の両側3-4階建てバルコニーからバルコニーへロープを渡し、ペットボトル・古布・段ボール・発泡スチロールで作った巨大オブジェを吊るす。街路そのものが立体的なテーマパークになり、住民がそこに住みながら1週間の祭りを迎える。造形の派手さと素材の質素さの対比が、この祭りの美学の中心にある。
もうひとつ、日本の読者に伝わりにくいのが、この祭りの政治的含意だ。1897年にバルセロナ市に併合されたサンツもグラシアも、いまも自分たちを「町(vila)」と呼ぶ。祭りは、「私たちはバルセロナに併合されたが、いまも独立した町である」という毎年の再確認の儀式でもある。カタルーニャ独立運動のような政治的スローガンとは別次元の、より日常的で反骨的な自治意識が街路を覆う。2026年のパピノット通りが「1936年ベルリン五輪」を選んだ背景にも、この地区固有の反ファシズム記憶がある。
2026年8月下旬にバルセロナに滞在予定の日本人旅行者は、AVE(スペイン新幹線)でマドリッドから到着するとほぼ全員が通過するサンツ駅が、この9日間だけ「祭りの真ん中」に変わることを頭に入れておきたい。昼はガウディのサグラダ・ファミリアやカサ・バトリョ、夜はサンツ祭りという組み合わせが、この9日間の最も効率のよい過ごし方だ。祭りは9月24日のバルセロナ市総合祭典「ラ・メルセ(La Mercè)」へと引き継がれ、バルセロナの夏の締めくくりから秋の開幕までが、途切れずに祝祭で埋まる。













