英国史に名高いヘンリー8世の6人の妻たちが、現代的なポップスターとしてステージに登場し、誰が王との結婚生活で最も悲惨な経験をしたかを歌とダンスで競い合う――。そんな斬新な設定のミュージカル『SIX』が、マドリードのグラン・ビア通りで大きな人気を集めている。元は2017年にケンブリッジ大学の学生2人がエディンバラの演劇祭のために書き下ろした小規模な作品だったが、口コミで評判が広がり、今やブロードウェイやウエストエンドでの長期公演やトニー賞受賞など、世界的な現象となっている。歴史上の人物を現代の視点で再解釈し、男性の歴史の陰に隠れがちだった女性たちの声をエンターテインメントとして昇華させた本作は、単なる歴史劇ではない、現代社会への批評的なメッセージを内包している。
ケンブリッジの学生寮から世界へ
『SIX』の誕生は、商業演劇の中心地であるロンドンのウエストエンドやニューヨークのブロードウェイとは無縁の場所、ケンブリッジ大学の学生寮の一室だった。当時最終学年だったトビー・マーロウは、エディンバラの演劇祭に出品するオリジナル作品を探していた。条件は、ポップな音楽で、女性やノンバイナリーの俳優に活躍の場を与えられること。そして何より、無数の作品がひしめく中で観客の目を引く「誰もが知っている」テーマであることだった。ある詩の授業中に、彼は「ヘンリー8世の妻たちでガールズバンドを組ませる」というアイデアを思いつき、友人のルーシー・モスに声をかけた。二人は歴史の専門家ではなかったが、「自分たちの物語を語る権力を女性たちが取り戻す」というコンセプトに惹かれ、わずか10日間ほどで脚本と楽曲の大部分を書き上げた。当初は「友人たちが空っぽの客席で演じなくて済むように」と願う程度のささやかな目標だったが、エディンバラで蓋を開けてみるとチケットは完売。学生の遊び心から生まれた実験的な作品は、プロのプロデューサーの目に留まり、世界的なヒット作へと成長していくことになる。
歴史劇ではない、「ポップ・コンサート」という形式
このミュージカルが画期的なのは、歴史的な出来事を時系列で追う伝統的な物語形式を捨て、「ポップ・コンサート」という体裁を徹底している点だ。ステージに現れた6人の王妃は、観客を前に「離婚」「斬首」「病死」「離婚」「斬首」「生き残り」という自らの運命をラップで紹介し、誰が最もひどい目に遭ったかを決めるコンテストの開幕を宣言する。それぞれのソロ曲は、現代のポップアイコンを彷彿とさせるスタイルで書かれている。例えば、最初の妻キャサリン・オブ・アラゴンはビヨンセやシャキーラ風の力強いナンバーを、斬首されたアン・ブーリンはアヴリル・ラヴィーンのようなパンクポップを歌い上げる。彼女たちは歴史上の悲劇のヒロインとしてではなく、自らの言葉で主張するパワフルなアーティストとして描かれる。この形式により、観客は歴史の授業を受けるのではなく、ライブ会場の熱狂を体験することになる。歴史的背景を知らなくても楽しめる一方、知っていればより深く楽しめるという二重構造が、幅広い客層を惹きつけている。
ユーモアとフェミニズムの絶妙な融合
『SIX』の核心には、家父長制的な歴史観への批評という真面目なテーマがある。6人の女性たちは、歴史上「ヘンリー8世の妻」という記号でしか語られてこなかった。しかし劇中で彼女たちは、誰が一番不幸だったかを競うこと自体が、結局は男性(ヘンリー8世)を物語の中心に据える行為だと気づく。そして最終的には競争をやめ、連帯して自分たち自身の物語を歌い上げることを選ぶ。この「語りの奪還」というフェミニズムの思想が、作品の根幹をなしている。しかし、そのメッセージは決して説教臭くはならない。制作者のマーロウとモスが意識したのは、あくまでも「楽しくて、バカバカしくて、ちょっとキャンプ(大げさ)なショー」であること。悲劇的な史実を扱いながらも、全編に散りばめられたウィットに富んだジョークや自己言及的なユーモアが、観客を飽きさせない。この深刻なテーマを軽快なエンターテインメントに包み込む手腕こそが、『SIX』が批評的にも商業的にも成功を収めた最大の要因だろう。
スペイン演劇市場における『SIX』の位置づけ
マドリードのグラン・ビア通りは、スペインのブロードウェイとも呼ばれる一大ミュージカル集積地だ。『ライオンキング』や『アラジン』といったディズニー作品のスペイン語版が長期公演を続ける一方で、『SIX』のような英語圏発の先鋭的な作品が受け入れられる土壌も育っている。特に若い観客層は、SNS映えするビジュアルや、TikTokで切り取られやすいキャッチーな楽曲、そして現代的な価値観を反映した作品を求めている。『SIX』はこれらの要素をすべて満たしており、スペインの若者文化と見事に合致した。また、約80分間ノンストップという上演時間の短さも、集中力が持続しにくいとされる現代の観客のライフスタイルにフィットしている。スペインにおける本作の成功は、伝統的なグランドミュージカルだけでなく、よりコンパクトでテーマ性の強い作品にも大きな市場があることを示している。
日本の読者への解説
『SIX』の「歴史上の人物を現代風にアレンジする」という手法は、日本のエンターテインメント、特にゲームやアニメの世界では既にお馴染みのものだ。歴史上の刀剣を擬人化した『刀剣乱舞』や、戦国武将が派手なアクションを繰り広げる『戦国BASARA』シリーズなど、歴史の再解釈は日本のポップカルチャーの得意分野と言える。その意味で、『SIX』が提示するコンセプトは、日本の観客にとっても親しみやすいだろう。本作は2025年に既に来日公演と日本人キャスト版が上演されている。日本の歴史においても、北条政子や日野富子、あるいは紫式部や清少納言など、男性中心の物語の中で語られてきたパワフルな女性は数多く存在する。彼女たちの物語を『SIX』のような形式で再構築する試みは、新たなエンターテインメントを生み出すだけでなく、日本の歴史観に新しい光を当てる可能性を秘めている。学生の遊び心から生まれたこの作品は、歴史とは固定されたものではなく、現代を生きる我々がどう解釈し、語り直すかによってその姿を変える、という普遍的な真実を教えてくれる。













