フランコ体制後の「自由」と「悲劇」を女性の視点で描く
スペインの権威ある文学賞の一つ、トゥスケッツ賞の2026年度の受賞者が発表され、作家マルタ・ボラス氏の第二作となる小説『Las leopardas』(邦題未定、仮訳『豹たち』)が選ばれた。賞金1万8000ユーロと共に、トゥスケッツ社からの出版が約束される。本作は、フランコ独裁政権が終焉し、社会が爆発的な自由を謳歌した1970年代のスペインを舞台に、友情で結ばれた女性たちのグループが、時代の解放感と同時に、忍び寄るエイズという悲劇に直面する様を描き出す。これまで男性の視点、特にゲイ・コミュニティの物語として語られることの多かったこの時代の「光と影」を、あえて女性の視点から捉え直した点が高く評価された。
忘れられた世代へのオマージュ
作者のボラス氏は、本作執筆の動機を「忘れ去られた世代へのオマージュ」と語る。1970年代後半から80年代にかけてのスペインは「ラ・モビーダ・マドリレーニャ」に代表されるカウンターカルチャーが花開き、音楽、映画、芸術が熱狂的に社会を変えていった時代だった。独裁政権下で抑圧されていた性的自由や自己表現が解き放たれ、「すべてがこれから始まる」という高揚感が社会を覆っていた。しかし、その解放の裏側で、エイズという未知の病が静かに、しかし確実に広がり始めていた。小説は、この時代の希望と絶望の交錯を、友情、恋愛、そして喪失を通して描き、個人の記憶をスペイン社会の集合的記憶へと昇華させる試みである。ボラス氏は、自身の家族の記憶も物語に織り込んだと明かしており、フィクションでありながら、時代の肌触りを生々しく伝えている。
審査員が絶賛した「陽気さと共にある恐怖」
選考委員会の審査員長を務めたアントニオ・オレフド氏は、本作の特質を「一見無邪気な語り手の声が、読者を喜びから悲しみへと『驚くほど知的』に導く点にある」と評した。特に、「恐ろしい出来事を、悲壮感に浸ることなく、ある種の陽気さをもって見つめる視点」がこの小説の発見であると絶賛した。審査委員会は総評として、「記憶、欲望、友情、喪失が感動的な自然さで絡み合う、力強い物語世界を構築した」と述べ、登場する女性たちの人物像が因習に挑む忘れがたい存在であること、そして軽やかさ、ユーモア、深い痛みを自在に行き来する筆致を高く評価した。作者自身が「路上で耳にした会話をバイクを止めて書き留めることもある」と語るように、生き生きとした対話が、この重いテーマの物語に生命感を与えている。
日本の読者への解説
本作が描く1970年代後半のスペインは、日本の歴史にはない「独裁からの急激な民主化」という激動期にあたる。日本が高度経済成長の安定期にあった頃、スペインは社会の価値観が根底から覆るような熱狂と混乱の中にあった。この作品は、そうした特異な歴史的背景を持つ社会で、女性たちが自由をどう獲得し、そして未知の病という新たな脅威にどう向き合ったかを描いている。日本においても80年代から90年代にかけ、エイズの問題は特定のコミュニティの問題として矮小化され、多くの偏見を生んだ歴史がある。本作のように、これまで周縁に置かれがちだった女性の視点から悲劇を語り直すことで、社会の集合的記憶をより複眼的で豊かなものにしていく文学の力は、日本社会にとっても示唆に富む。スペイン現代史の一断面を知るだけでなく、普遍的な人間の生と死、そして友情の物語として、日本の読者も深く共感できるだろう。













