概要:ピッチ上の暴力とVARの沈黙

2026年9月15日に行われたスペインサッカーリーグ、ラ・リーガのエルチェ対レアル・マドリード戦で起きた一つのプレーが、スペインのサッカー界に大きな波紋を広げている。エルチェのDFイェルソン・オソリオ選手が、レアル・マドリードのDFディーン・フイセン選手に対し、ボールとは無関係の場所で意図的に肘打ちを見舞った。しかし、主審はこのプレーを見逃し、ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)も介入しなかった。この「見過ごされた暴力行為」は、VARシステムの運用方法、そして試合を中継するテレビ局の編集方針が、判定の公平性にいかなる影響を与えるかという、より根深い問題を浮き彫りにした。

VARはなぜ介入しなかったのか

今回の事件で最も大きな疑問符がついたのは、VARの役割だ。VARは「決定的かつ明白な間違い」があった場合にのみ介入が許される。オフ・ザ・ボールでの意図的な肘打ちは、通常であれば一発退場(レッドカード)に相当する悪質なプレーであり、まさにVARが介入すべき典型的な事案と言える。にもかかわらず、VARルームの審判団は介入の必要なしと判断した。これに対し、専門家やファンからは「VARが機能不全に陥っている」「これを見逃すのであれば、何のために高額なシステムを導入したのか」といった厳しい批判が相次いでいる。スペイン審判技術委員会(CTA)は公式な見解を示していないが、VAR審判がプレーを悪質とは判断しなかったか、あるいは確認に使用できる映像が不十分だった可能性などが指摘されている。

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メディアの「見せない権利」と世論への影響

もう一つの重要な論点は、試合を中継したテレビ局の対応だ。大手スポーツ紙マルカが指摘するように、この問題のプレーについて、中継では繰り返しリプレーが放送されることはなかった。通常、このような論争を呼ぶプレーは様々な角度からのスロー映像が何度も流されるが、今回は意図的に放送が抑制されたかのような印象を与えた。スペインでは、ラ・リーガの放映権を持つメディアが、リーグのイメージを損なうような過度な論争を避けるために、意図的に特定のプレーを詳しく報じないことがあると囁かれている。審判の判定は、ピッチ上の事実だけでなく、テレビ映像によって形成される世論にも大きく左右される。メディアが「見せない」という選択をすることで、本来であれば大きな問題となるべき事象が矮小化されてしまう危険性を示唆している。

日本の読者への解説

この一件は、日本のJリーグやスポーツ界にとっても対岸の火事ではない。日本でもVARは導入されているが、その判定基準の曖昧さや介入の一貫性については、たびたび議論の対象となる。しかし、スペインと日本の決定的な違いは、メディアとクラブの関係性にある。スペインでは、マドリードとバルセロナを拠点とする大手スポーツ紙が、それぞれの贔屓クラブの「機関紙」のような役割を担い、審判批判を煽ることで発行部数を伸ばしてきた歴史がある。今回の事件は、そうしたメディアの報道姿勢が、今度は逆に「報道しないこと」で議論をコントロールしようとしている可能性を示している点で興味深い。テクノロジー(VAR)による公平性の追求も、それを運用し、報道する人間の意図やバイアスから完全に自由ではいられない。スポーツにおける「真実」がいかに多層的で、メディアの視点によって容易に揺らぐものであるかを、このスペインでの論争は我々に教えてくれる。

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