住宅不足と「余剰」の奇妙な共存

スペイン銀行が国内で75万戸の住宅が不足していると警告する一方で、住宅省の統計は全く異なる側面を浮き彫りにした。国内に存在する約2700万戸の住宅のうち、実に28.6%にあたる770万戸が、日常的に居住するための「主要住宅」ではないというのだ。この数字は、理論上は住宅不足を10回以上解消できるほどの規模であり、スペイン社会が抱える深刻な矛盾を象徴している。この「非主要住宅」の内訳は、約380万戸の空き家、約290万戸の別荘(セカンドハウス)、そして約38万戸の観光アパートと推定されている。一見すると、膨大な住宅ストックが活用されていないだけのように思えるが、問題はそれほど単純ではない。

最大の問題は、住宅の「余剰」と「需要」の地理的なミスマッチである。非主要住宅の割合が最も高いのは、カスティーリャ・イ・レオン州(42.6%)のような内陸部の人口減少地域、いわゆる「空っぽのスペイン(España Vaciada)」と呼ばれるエリアだ。これらの地域の空き家や別荘は、都市住民が週末を過ごすため、あるいは相続されたものの買い手がつかずに放置されているケースが多い。一方で、住宅需要が逼迫しているマドリードでは、住宅の87.5%が主要住宅として利用されており、非主要住宅の割合は全国平均を大きく下回る。つまり、家が余っている場所と、家を必要としている場所が全く異なっているのだ。この構造的な乖離が、国全体で膨大な数の住宅が遊休状態にありながら、都市部では若者や低所得者層が住居確保に苦しむという歪な状況を生み出している。

歴史的背景と「レンガは裏切らない」という国民性

スペインにおける特異な住宅事情を理解するには、歴史的背景と国民性に根差した「不動産信仰」を抜きには語れない。フランコ独裁政権下で推進された持ち家政策は、国民に「家を持つこと」が安定と社会的地位の証であるという価値観を深く植え付けた。この流れは民主化後も続き、2000年代初頭の不動産バブルへと繋がっていく。「el ladrillo nunca traiciona(レンガは決して裏切らない)」という言葉が流行したように、不動産は最も安全で確実な投資先と見なされ、多くの国民がセカンドハウスや投資用物件の購入に走った。この時期に、特に地中海沿岸や島嶼部にリゾート物件が乱立し、現在の膨大な非主要住宅ストックの基礎が築かれた。

2008年の金融危機で不動産バブルは崩壊したが、それが非主要住宅の減少に直結したわけではなかった。むしろ、差し押さえによって金融機関が抱える空き家が増加。さらに、2013年に導入された「ゴールデンビザ」制度(一定額以上の不動産投資を行った非EU市民に居住許可を与える)などを背景に、外国人投資家による不動産購入が活発化した。彼らの多くは永住を目的とせず、別荘や賃貸投資として物件を所有するため、これもまた非主要住宅を増やす一因となった。このように、長年にわたる持ち家志向、投機的な不動産開発、そして近年のグローバルな投資マネーの流入といった複数の要因が積み重なり、スペインはヨーロッパでも有数の「非主要住宅大国」となったのである。ユーロスタットの2021年のデータによれば、スペインを上回るのはクロアチア、ブルガリア、ギリシャ、ポルトガルといった国々に限られ、フランス(18%)やドイツ(8%)とは際立った対照を見せている。

観光大国のジレンマと地域格差の固定化

スペインの住宅問題をさらに複雑にしているのが、基幹産業である観光業の存在だ。特にAirbnbに代表される民泊プラットフォームの普及は、都市部の住宅市場に大きな影響を与えた。バルセロナ、マドリード、マラガ、バレアレス諸島といった人気観光地では、本来は地域住民向けの長期賃貸物件だったアパートが、より収益性の高い短期の観光客向け宿泊施設へと次々と転用された。これにより、都心部では賃貸物件が減少し、家賃が高騰。地元住民、特に若者やエッセンシャルワーカーが市街地に住み続けることが困難になる「ジェントリフィケーション(高級住宅地化)」が深刻な社会問題となっている。

約38万戸とされる観光アパートは、数だけ見れば非主要住宅全体の5%に満たない。しかし、その存在が特定の高需要地域に集中しているため、市場へのインパクトは数字以上に大きい。この問題に対し、各自治体は観光アパートのライセンス制導入や新規許可の凍結、課税強化といった対策を講じているが、巨大な観光産業の経済的利益との間で板挟みとなり、抜本的な解決には至っていない。一方で、前述の「空っぽのスペイン」では、人口流出によって空き家が増え続け、インフラの維持さえ困難になっている。このように、観光地では住宅の「商品化」が住民を追い出し、過疎地では「無価値化」した住宅が放置されるという、両極端な問題が同時に進行している。政府は空き家の改修や手頃な家賃での市場投入を促す補助金制度などを設けているが、この根深い地域格差を是正するには、より包括的で地域の実情に即した政策が不可欠である。

日本の読者への解説 ― 「空き家大国」日本の鏡として

スペインが直面するこの住宅パラドックスは、同じく「空き家大国」と呼ばれる日本にとって、決して対岸の火事ではない。日本の空き家は2023年時点で900万戸に迫り、総住宅数に占める割合も過去最高を更新し続けている。両国が抱える問題には、構造的な類似点と、注目すべき相違点が存在する。

類似点としてまず挙げられるのは、人口動態に起因する地理的ミスマッチだ。スペインの「空っぽのスペイン」から都市部への人口集中は、日本の地方から三大都市圏への人口流出と重なる。結果として、地方では相続された実家が管理されずに放置され、都市部では住宅価格や家賃が高騰するという、全く同じ構図が生まれている。使われていない住宅ストックを、需要のある場所へ動かすことができないという根本的な課題は、両国共通の悩みである。

一方で、明確な相違点もある。第一に、観光業と外国人投資が住宅市場に与える影響の度合いだ。スペインでは、GDPに占める観光業の割合が日本より格段に高く、不動産市場も海外からの投資に大きく開かれている。そのため、観光地における住宅の「観光資源化」は、日本の比ではないほど先鋭化し、地域社会との軋轢を生んでいる。第二に、住宅に対する文化的価値観の違いだ。スペインの「レンガは裏切らない」という資産としての不動産信仰に対し、日本では「新築至上主義」と中古住宅の資産価値の急激な下落という特徴がある。これにより、スペインの空き家は「市場の回復を待つ塩漬け資産」という側面が強いのに対し、日本の空き家は「資産価値がなく、解体費用も捻出できない負の遺産」となりやすい傾向がある。

スペインの事例は、空き家問題が単なる数の問題ではなく、経済構造、人口動態、国民性、そしてグローバル化が複雑に絡み合った複合的な課題であることを示している。空き家への固定資産税(IBI)の課徴金といった単発の対策だけでは、根本的な解決が難しいことも彼らの試行錯誤が教えてくれる。日本が今後、より深刻化するであろう空き家問題と都市部の住宅難に同時に向き合っていく上で、スペインの経験は重要な示唆と教訓を与えてくれるだろう。

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