スペインの学校で子どもが暴力やいじめの被害に遭ったとき、対応は「学校内の手続き」「行政の監督」「司法」の三層で動く。2021年の児童保護法(LOPIVI)はすべての学校に公立・私立を問わず「福祉・保護コーディネーター」の配置と対応プロトコルを義務づけ、2026年4月に教育省が示した国家枠組みは、家族への通知を24時間以内、介入計画を10日以内、追跡を最低6か月と定めた。加害者が14歳以上なら少年司法(少年責任法)の対象になり、14歳未満は刑事責任を問われない代わりに保護措置と親の民事責任に移る。学校は生徒が監督下にある間の損害について民法1903条で賠償責任を負い、私立校ではその責任を運営主体(titular)が負う。問題は、判定する側が当事者になった場合だ。私立校で校長の親族が校内で暴力を振るったとき、校内手続きは「裁判官と当事者が同じ」構造に陥る。その場合の出口は校外にある。州の教育監察(Inspección Educativa)は私立校にも自由に立ち入って調査する権限を持ち、身体的な暴力なら警察と少年検察が学校の意向に関係なく動く。本稿は、対応の流れ、加害者の年齢と立場による扱いの違い、そして学校が動かないときに家族が使える校外の手段を、実例と統計とともに整理する。
三層の仕組み ─ 学校、監察、司法
スペインには日本の「いじめ防止対策推進法」のように学校暴力だけを扱う単独の法律はなく、複数の法律が重なって機能している。土台は2021年6月の児童・青少年暴力総合保護法(LOPIVI、組織法8/2021)で、暴力を「身体的・心理的・性的なものから、ネグレクト、いじめ、ネットいじめまで」と広く定義し、未成年に対する暴力を知った者すべてに当局への通報義務を課した。教育の基本法(LOE、組織法2/2006)とその2020年改正(LOMLOE)は各学校に「共生計画(plan de convivencia)」の策定を求め、具体的な懲戒の手続きは17の自治州がそれぞれ令で定めている。
第一層は学校だ。LOPIVIの35条は、未成年が学ぶすべての学校に「福祉・保護コーディネーター(coordinador de bienestar y protección)」を置くことを義務づけた。公立、公費助成を受ける私立(concertado)、完全私立の別はない。コーディネーターは予防、早期発見、通報経路の確保、プロトコルの起動を担うが、法文上は「校長または運営主体の監督の下」で働く。第二層は州の教育監察で、教育基本法151条により公立・私立を問わずすべての学校を監督・評価し、自由に立ち入る権限を持つ。第三層が司法と警察で、少年検察(Fiscalía de Menores)、少年裁判所、国家警察と治安警備隊、そして民事裁判所がそれぞれの役割を持つ。
校内の手続き ─ 24時間、10日、6か月
2026年4月15日、ミラグロス・トロン教育相は「いじめ・ネットいじめ対策の枠組みプロトコル」を国の学校共生観測所に提示した。自治州を拘束するものではなく参照枠だが、各州が長年ばらばらに運用してきた手続きに初めて共通の時間軸を示した点で意味がある。
| 段階 | 内容 | 期限 |
|---|---|---|
| 1. 発見と通報 | 教育コミュニティの誰でも、外部機関でも、学校の管理職に直ちに知らせる | 直ちに |
| 2. プロトコル起動と暫定措置 | 被害者と加害者の分離、監督強化など | 通報を受け次第 |
| 3. 情報と証拠の収集 | 関係者への聞き取り、デジタル証拠の保全 | ― |
| 4. 分析と判断 | いじめ・暴力に該当するかの認定 | ― |
| 5. 家族への通知 | 被害者・加害者双方の家族に | 最大24時間 |
| 6. 介入計画 | 被害者の保護、加害者への措置、学級への働きかけ | 最大10日 |
| 7. 追跡と評価 | 再発の有無、被害者の状態 | 最低6か月 |
| 8. 終結 | 記録と報告 | ― |
懲戒の中身は州令による。たとえばマドリード州の令32/2019は、重大・特に重大な違反について「懲戒手続きの開始と暫定措置」を定め、最長18日で結論を出すことを求める。制裁は数日の登校停止から、転校、そして「他の構成員の権利や尊厳を損なう」場合の退学処分まである。5日を超える登校停止を科した場合、校長は週1回の対面追跡を行う教員を指名しなければならない。いじめと認定した場合、学校は少年検察への通知と同時に州の教育管区への報告を送る。マドリードのこの令は公費で運営される学校を対象としており、完全私立校は自校の内規(reglamento de régimen interior)で運用するが、上位法である教育基本法とLOPIVIに反する内規は無効だ。
加害者の年齢と立場で変わる「その先」
校内手続きと並行して、司法の扱いは加害者が誰かで大きく変わる。
14歳から17歳の生徒は少年責任法(組織法5/2000)の対象で、少年検察が捜査し、少年裁判所が措置を決める。措置は保護観察、社会奉仕、開放・半開放・閉鎖施設への収容まで幅がある。2023年9月にヘレス・デ・ラ・フロンテーラの公立中等学校で14歳の生徒が刃物で教員3人と生徒2人を負傷させた事件では、少年検察が閉鎖施設への収容という予防措置を直ちに取った。学校の懲戒とは別に、こうした司法手続きは学校の意向に関係なく進む。
14歳未満の生徒は刑事責任を問われない。警察は事実を記録し、少年検察と社会福祉が保護措置を検討するが、加害者本人に「刑罰」が科されることはない。責任は民事に移る。民法1903条により、親は未成年の子が与えた損害について責任を負い、学校の運営主体は「生徒が教員の監督下にある時間帯」に生徒が起こした損害について責任を負う。私立校ではこの責任を運営会社や修道会など運営主体が負い、多くは賠償責任保険で対応する。
加害者が大人(教職員や学校関係者)の場合は、通常の刑法が適用される。LOPIVIの通報義務は学校にも及び、未成年への暴力を知った教職員が通報しなかったこと自体が問題になる。逆に教員が被害者になる場合、マドリード州の教員権威法(法2/2010)のように教員を「公的権威」と位置づける州法があり、検事総長の見解では公立校の教員への暴行は公務員に対する暴行罪として扱われる。
私立校で校長の親族が加害者だったら ─ 「判定者が当事者」の構造
ここからが本稿の核心だ。私立校で、校長や運営者の子ども、あるいは親族の教職員が校内で暴力を振るったとき、校内手続きは機能しにくい。プロトコルを起動するのは管理職で、証拠を集めるのも、認定するのも、懲戒を決めるのも学校側だ。福祉・保護コーディネーターも法文上は校長または運営主体の監督下にある。完全私立校には、公費助成校に義務づけられている保護者代表を含む学校評議会(consejo escolar)の設置義務もない。つまり校内には、校長の判断を覆せる独立した機関が存在しない。
この構造的な問題は、私立校に限らず知られている。2021年5月にバルセロナの私立宗教校の生徒キラ・ロペスさん(15)が自殺した事件では、両親が「学校は娘の苦しみを意識的に隠した」として15万ユーロの損害賠償を求めて学校を提訴し、民事裁判は2027年1月12日と14日に予定されている。両親は2026年4月、現在の副校長を継続的な侮辱的扱いと強要の疑いで刑事告訴もした。学校側が両親を名誉毀損で告訴した件は同月、裁判所が却下した。学校の関係者が両親にSNSで100件を超える中傷を送った件では、加害者に削除と4,000ユーロの賠償が命じられている。「学校が裁判官と当事者を兼ね、事実を矮小化する」と被害者家族や支援団体が指摘する場面は、実際に起きている。
では家族はどうすればいいか。原則は「校内で解決しようとしない。記録を残し、最初から校外の機関を動かす」だ。
第一に、すべてを書面にする。学校への申し立ては口頭ではなく、日付入りの書面を学校の受付で受領印付きで提出するか、内容証明にあたるブロファックス(burofax)で送る。宛先は校長だけでなく、運営主体(学校法人、修道会、運営会社)にも並行して送り、「プロトコルの即時起動」「校長とコーディネーターの利害関係を理由とした除斥」「暫定措置としての分離」を明記して求める。校長が親族の当事者である以上、校長自身が手続きを主宰することの不適切さを文書で指摘しておく。これは後の民事・行政手続きで最も重要な証拠になる。
第二に、州の教育監察に直接申し立てる。教育監察は私立校にも立ち入りと資料要求の権限があり、多くの州の手続きでは正式な申し立てから10営業日以内に着手する。学校の手続きが利害関係で機能しないことを説明し、監察官が調査を主導するよう求める。監察は学校に対してプロトコルの起動や是正を命じることができ、私立校が是正に応じない場合の行政処分の手続きも法律上用意されている。
第三に、身体的な暴力なら医療機関と警察を使う。まず医師の診断書(parte de lesiones)を取る。診断書は医療機関から裁判所に自動的に送られる仕組みになっており、これだけで司法手続きの入口が開く。国家警察(091)または治安警備隊(062)に被害届を出せば、加害者が14歳以上なら少年検察に、14歳未満なら保護の観点から少年検察と社会福祉に回る。加害者が大人なら通常の刑事手続きだ。学校が「校内で処理する」と言っても、被害届を出すかどうかは家族が決める。
第四に、少年検察に直接書面で通報する。検察は2005年の検事総長指示10/2005以来、学校いじめを独自に扱う手続きを持ち、学校からの通知を待たずに家族からの申し立てを受け付ける。
第五に、それでも動かないときの外部機関がある。国の護民官(Defensor del Pueblo)と、カタルーニャのシンディック・ダ・グレウジェス、バスクのアラルテコ、アンダルシアの児童護民官のような州の護民官は、行政(この場合は教育監察)の不作為を調査できる。私立校は保護者と契約関係にある事業者でもあるため、消費者としての苦情申立(hoja de reclamaciones)も使える。最終的には民法1903条に基づく損害賠償請求を運営主体に対して起こす道が残る。
現実的な注意点も書いておく。私立校は在籍が年度ごとの契約であり、翌年度の更新を断られるリスクはある。これは違法とは限らないため、転校の選択肢を早い段階で並行して検討しておくのが実務的だ。また、子どもが加害者から離れていられる暫定措置を最優先に要求し、学校が拒めばその拒否自体を書面で記録する。
| 相談・通報先 | 連絡先 | 何ができるか |
|---|---|---|
| いじめ相談電話(教育省、ANAR財団運営) | 900 018 018(24時間・無料・匿名) | 心理士・弁護士が対応。監察、警察、検察への取り次ぎ |
| ANAR財団 子ども・家族電話 | 900 20 20 10 | 未成年と保護者向けの総合相談 |
| 州の教育監察(Inspección Educativa) | 各州教育局の窓口・電子申請 | 私立校を含む学校への立ち入り調査、是正命令 |
| 国家警察 / 治安警備隊 | 091 / 062(緊急は112) | 被害届、少年検察への送致 |
| 少年検察(Fiscalía de Menores) | 各県の検察庁 | 家族からの直接通報の受理、保護・少年司法手続き |
| 護民官(国・州) | Defensor del Pueblo、各州の護民官 | 行政の不作為の調査 |
どれくらい起きているのか
ANAR財団とムトゥア財団が2025年に公表した第7回いじめ報告書では、2024-25年度に5つの自治州163校の生徒8,781人に尋ねたところ、12.3%が「自分か同級生がいじめ(対面、ネット、またはその両方)を受けている」と答えた。前年度の9.4%から大きく増えた。ネットいじめの14.2%で人工知能が使われており、その半分以上が同級生の写真や音声を加工した偽動画の作成だった。教員側の被害も増えている。公務員組合CSIFが2026年3月に公表した調査では、公立校の教員の56.3%が過去1年に生徒から暴行や侮辱を受けたと答え、教員組合STEsの調査では83.15%の教員が生徒からの言葉の暴力、一部は身体的な暴力の増加を感じている。
プロトコルが動かなかった例も記録に残る。2023年2月にカタルーニャ州サリェンで12歳の双子が自宅のベランダから飛び降り、1人が死亡した事件では、通っていた公立中等学校がいじめの可能性に対して何のプロトコルも起動していなかったことが明らかになり、州教育局が調査に入った。州教育局の調査は最終的に「いじめは確認されなかった」と結論づけ、刑事事件としても2024年12月にバルセロナ県裁判所が犯罪の十分な兆候がないとして捜査終結を確定させた。それでも「兆候があった時点で手続きが動いていなかった」という事実は残り、プロトコルの起動を義務ではなく裁量に委ねる運用の弱さを示す例として語り継がれている。
日本の読者への解説
日本では2013年の「いじめ防止対策推進法」が、生命や心身に重大な被害が生じた「重大事態」について学校か教育委員会が調査組織を設け、第三者委員会を置く仕組みを定めている。スペインにはこれに相当する、学校から独立した第三者委員会の制度はない。外部の目にあたるのは州の教育監察であり、それが動かなければ護民官と司法しかない。この違いを理解しておくことが、スペインで問題に直面したときの最初の一歩になる。
日本人家庭にとって現実的な壁は言葉と記録の作法だ。スペインの手続きは書面主義で、口頭のやり取りは後で何の証拠にもならない。学校とのやり取りは必ずメールか書面にし、面談のあとは内容を書面で送って確認を求める。私立校を選ぶ際は、入学前に共生計画と内規、福祉・保護コーディネーターが誰かを確認しておくと、いざというときに誰に何を求めればいいかが分かる。相談電話900 018 018はスペイン語が基本で、他言語での対応の可否は電話で直接確認する必要がある。スペイン語に自信がなければ、書面を作る段階で翻訳者か弁護士の助けを借りるのが結局は近道だ。
最後に、学校内の暴力は日本でもスペインでも「学校が動くかどうか」で結果が分かれる。スペインの制度は、学校が動かないときに家族が校外の機関を直接動かせるように設計されている。その設計を知っているかどうかが、子どもを守れるかどうかを左右する。PISA 2025の結果が示したように、スペインの学校は教員不足という構造的な問題を抱えている。共生の仕組みも同じ人手の不足の中で回っていることを、家族の側が前提として知っておく必要がある。













