経済協力開発機構(OECD)が9月8日に発表した学習到達度調査「PISA 2025」で、スペインの17自治州のうちカタルーニャ州だけが国際比較の対象から外された。試験免除の生徒が全体の23.2%に達し、OECDが統計的代表性の下限として設けている5%上限を大幅に超えたためだ。8月31日、州政府(Generalitat)のエスター・ニウボ教育相は省の事務方トップであるテレサ・サンボラ事務総長(secretaria general)を解任し、公務員2人と幹部1人の計3件の懲戒手続きを開始した。後任には9月2日にマルタ・クラリが就いた。カタルーニャの結果は国際レポートに記載されず、国内報告書で比較不能の但し書き付きで別掲される見通し。サルバドル・イジャ州首相は9月2日、報道官を通じてニウボ相への「全面的な信頼」を表明したが、独立右派のジュンツ(Junts)、国民党(PP)、極右ボックス(Vox)、独立右派アリアンサ・カタラナ(AC)はニウボ相の辞任を要求し、独立左派のエスケラ(ERC)も「深刻なガバナンス問題」と批判している。州の教育政策への信認を揺るがす、近年最大級の教育行政不祥事だ。
「23.2%」という数字の意味 ─ OECDが定めた統計的代表性の下限
OECDのPISA調査は3年ごとに、15歳(義務教育の最終学年に相当)の生徒を無作為抽出して読解・数学・科学の学力を測る。スペインは各州が独自サンプルを提供し、州別スコアも国際レポートに掲載されるのが恒例だった。カタルーニャは長年、独自の言語・カリキュラム政策と結び付けて「PISAで見える教育州」の地位を保ってきた。
PISA調査で受験者の抽出から一部を外す「免除(exención)」は制度として認められている。身体障害・認知障害・行動障害・情緒障害・スペイン語もしくは州公用語での試験に耐える言語能力が不足している生徒などが対象で、免除された生徒の分だけサンプルが縮む。ただしOECDは「免除率5%以下」を国際比較に耐える基準として厳格に運用してきた。5%を超えると、除外された生徒層のスコアが全体平均を押し下げる可能性を統計的に排除できなくなり、他州や他国との比較が意味を失うからだ。
今回のカタルーニャは、抽出された2,545人のうち591人を免除し、実際に受検したのは1,954人にとどまった。免除率は23.2%。OECD上限の4倍を超えた。仮に免除された591人がスペイン平均並みの水準だったと仮定して補正すると、公表される国内平均は数点分嵩上げされる計算になる。逆に、免除層が平均より低いと仮定するとカタルーニャの実際の水準はさらに下がる。どちらのケースでも「23.2%の免除率」を放置したまま公表すれば、州間比較にも国際比較にも耐えない。それがOECDの下した判断だった。
時系列 ─ 2025年4月の初回警告から2026年9月の罷免まで
この不祥事の異常な点は、警告のタイミングがきわめて早かったことだ。試験の実施は2025年春。2025年3月11日、カタルーニャ側は参加校の校長向けに説明会を開いたが、免除基準の説明は「正確だが不完全」だったと後に州政府自身が認めている。参加51校のうち、OECDが推奨する免除率の範囲に収まったのはわずか5校だった。
2025年4月9日、スペイン側の窓口である国立教育評価研究所(INEE、Instituto Nacional de Evaluación Educativa)が、カタルーニャ州の教育制度評価審議会(Consell Superior d'Avaluació del Sistema Educatiu)に「免除率が上限を超えている」と警告した。INEEの警告は計7回に及んだが、いずれも審議会の実務レベルで止まり、ニウボ教育相には届いていなかったとされる。試験はそのまま完了した。2026年2月末、現在の評価機関トップがこの問題を把握してサンボラ事務総長に報告し、3月には州政府として「結果は比較不能になる」と認識していた。しかし公表はなく、OECDが7月下旬に除外を正式に通告した後、7月25日(金曜、夏休み入りの直前)にようやく公になった。
スペイン中央政府側は、2025年12月の内閣改造でピラール・アレグリア教育相が交代し、ミラグロス・トロン教育相が就任していた。トロン相は7月末、上院でこの経緯を公に説明し、INEEの技術担当がカタルーニャ側に繰り返し接触していたと述べた。
カタルーニャ側では7月27日、ニウボ教育相が州議会(Parlament)に出席し「深刻なインシデント(incidencia grave)」と認めたが、原因究明の期限は示さなかった。ベトナム訪問中だったイジャ州首相は「技術的な問題」と表現して火消しを図り、野党は「Governは何ヶ月も事態を隠していた」と反発した。
8月31日、ニウボ相はサンボラ事務総長の解任と、公務員2人(重大な違反の疑い)と幹部1人(軽微な違反の疑い)に対する懲戒手続き(expediente disciplinario)3件の開始を発表した。ニウボ相は解任を「任期後半に向けた新しい段階を開くため」と説明してPISA問題との直接の因果関係を避けたが、この件が「引き金」になったことは認めた。9月2日、イジャ州首相は報道官シルビア・パネケを通じて「ニウボ相の政治的指導と展開中の政策に全面的な信頼」を表明し、後任の事務総長にマルタ・クラリを任命した。
免除の中身と、カタルーニャで免除率が跳ね上がった構造
OECDが認める免除は、身体障害、認知的障害、行動・情緒的な障害、そして「試験言語での基本的な読解に耐える能力を欠く生徒」に限られる。カタルーニャの内訳は、州政府の説明によれば認知・行動・情緒面の特別な教育ニーズを理由とする免除が約490人、言語能力不足が約90人。つまり主因は言語ではなく、「特別な教育ニーズ」の判定が異常に広く適用されたことにある。
専門家の間で有力な仮説は、スペインの教育制度にある二つの近い概念の混同だ。障害などに基づく「特別な教育ニーズ(NEE)」と、学習の遅れや社会経済的な不利など幅広い支援対象を含む「特定の教育支援ニーズ(NEAE)」は別物で、OECDの免除対象は前者に近い。しかし説明会の情報が「不完全」だった結果、多くの学校がNEAEに該当する生徒までまとめて免除した可能性が指摘されている。判断が個々の学校に事実上委ねられ、州の統一的な点検が働かなかったことは、51校中46校が基準を外れたという数字が物語る。
ただし州政府は、この仮説を裏付ける文書をまだ公開していない。ニウボ相は「懲戒手続きが終わるまで関連文書は公開しない」との立場で、その期限も示していない。ERCは「深刻なガバナンス問題」と位置付け、Juntsは州政府を「燃え尽き、手一杯で、無能」と断じた。個々の学校や教員の判断ミスとして片付けるのか、監督体制の構造的欠陥として扱うのかが、今後の争点になる。
政治対立 ─ Illa/PSC対 野党5会派 ─ 「首はもう1つあるべきだ」
この事件はカタルーニャ議会(Parlament)に「PISA危機」を持ち込んだ。イジャ政権は社会党(PSC)の単独少数政権で、議会での多数は案件ごとにERCやコムンス(Comuns)の協力に頼る。その構図の中で、野党は一斉に対応を批判している。
Junts(旧CiUの継承勢力・独立右派)は「国際的な恥」と断じ、ニウボ相の辞任要求に加えてイジャ州首相自身の議会出席を求めた。ERC(独立左派)は「深刻なガバナンス問題」と位置付け、現場の教員や学校に責任を押し付ける結末を警戒する。PPは「教育の実態を隠すための戦略ではないか」と踏み込み、Voxはニウボ相の即時辞任を要求。アリアンサ・カタラナ(AC、極右独立会派)もこれに合流した。
イジャ政権の対応は「サンボラ解任+懲戒3件+ニウボ相続投」だ。政治的に読めば、州教育相の首を守るために事務方トップの首で幕を引く古典的手法である。ただし、7回の警告が1年以上も政治レベルに届かなかった組織が事務方だけの問題だったとは言い切れず、政治的責任の線引きは今後も争点として残る。
「PISA除外」がカタルーニャに残す傷
実務面での影響は、8日に同時公開されたスペイン国内向けPISA報告書(INEE版)に凝縮されている。OECDの国際報告書は「カタルーニャの結果は生徒の免除率が高いため個別に報告しない」と明記し、免除率が4.1%から12.7%に上がったムルシア州についても「上方バイアスの可能性があるため慎重に読むべき」と注記した。国内版はカタルーニャの受検者だけの平均として科学502点を参考掲載したが、「受検した生徒しか代表しておらず、他州や過去の調査との比較に使ってはならない」と但し書きを付けている。502点という数字はスペインのどの州よりも高く、免除が平均を押し上げた可能性を示す材料として野党が引用することは避けられない。教育政策の効果検証というPISA最大の意義が、州単位では一サイクル分ほぼ機能停止する。
政治面では、カタルーニャの教育モデル ─ カタルーニャ語主軸のバイリンガル教育、独立志向の州政府による自律的カリキュラム運営 ─ そのものの信認問題に発展している。過去のPISAでカタルーニャは読解・数学ともに徐々に順位を下げてきた。2022年サイクルではスペイン全国平均を下回った科目もあった。今回、その低下トレンドが確認されないまま「除外」で終わったことで、政策評価そのものが宙に浮く。カタルーニャに批判的な野党にとっては「都合の悪い数字を消したのではないか」というフレームを与える結果になった。
OECD側はスペイン中央政府に対しても「州別サンプル監督の統一運用」を求める見通しだ。今回のような自治権の広い州で運営会社と直接やり取りする構造そのものに、統計品質保証の観点から穴があったとの指摘は続く。次回のPISA 2029サイクルに向けて、INEEと各州評価組織の役割分担を再定義する議論が始まる公算が高い。
日本の読者への解説
日本のPISAは文部科学省と国立教育政策研究所(NIER)が窓口となり、全国から一括で学校と生徒を抽出する。都道府県ごとに独自サンプルを積み増す仕組みはなく、免除の判定も国が一元的に管理するため、地域単位で免除率が暴走する構造にはなっていない。今回のカタルーニャ事案と同型の事故は起きにくい。
ただし比較統計そのものの品質保証という論点は、日本でも「全国学力・学習状況調査」の一部自治体不参加や、免除・欠席率のばらつきの扱いで断続的に議論になってきた。統計の代表性を確保するために「除外率5%」のような明示的下限を運用し、超えたら結果自体を公表しない、というOECD式の厳格運用は、政治的にはコストが高いが統計の信頼性を保つには不可欠であることを、今回の一件は改めて示した。
PISA 2025本体の結果 ─ スペイン全体と日本を含む91カ国・地域のスコア ─ は本日9月8日にOECDが公表した(スペインの結果は速報記事、日本・韓国・中国圏との比較は比較記事を参照)。「カタルーニャ除外」はその発表を影で歪める文脈として、以降数週間にわたって欧州の教育論議の中心に居座り続けることになる。













