スペイン労働省が9月2日に発表した8月の雇用統計は、一見矛盾する2つの顔を持っている。登録失業者数は前月比44,419人増(+1.92%)の235万5,918人で、8月としては2019年以来最大の増加幅。一方で失業者の絶対水準は「2007年以来最も少ない8月」であり、前年同月比では70,593人減(−2.91%)と改善が続く。社会保障加入者(=働いている人)は2,234万5,226人で8月として史上最高、季節調整値では67ヶ月連続のプラスを記録した。つまり「今年の8月は例年より悪かったが、スペインの雇用そのものは統計開始以来の最良圏にある」というのが正確な読み方だ。増加の主因は観光シーズン終盤のサービス業(+28,563人)で、毎年8月に起きる季節現象の範囲内。ただし若年層の増加率5.12%は全体平均の2.7倍で、夏季雇用の調整弁が若者に偏る構造は今年も変わらなかった。本稿では、数字の二面性、外国人労働者34万人の「正規化プログラム」の影響、2022年労働改革がもたらした臨時雇用率の激減まで、発表資料を読み解く。
まず前提 ― 8月は「毎年必ず悪化する月」
スペインの雇用カレンダーには明確な季節リズムがある。春から夏にかけて観光・飲食・宿泊の採用が膨らみ、8月末にかけて夏季契約が順次終了する。バカンス一斉休業で新規採用が止まるのもこの月だ。だから8月の失業者増と社会保障加入者減(今回は162,840人減)自体は、景気後退のシグナルではなく毎年の風物詩に近い。評価すべきは「例年の8月と比べてどうか」であり、そこに今回の統計の面白さがある。
二面性 ― 「2019年以来最悪の増加」と「2007年以来最良の水準」
前月比+44,419人という増加幅は、8月として2019年以来の大きさだ。野党やビジネス系メディアはここを見出しに取った。一方、政府発表は失業者総数235万5,918人が「8月として2007年以来最少」であることを前面に出した。リーマンショック前夜、つまり不動産バブルの絶頂期以来の低水準ということになる。
どちらも事実であり、どちらか一方だけを読むと像が歪む。編集部の見立てを言えば、増加幅の拡大は警戒に値するが、まだ「傾向の転換」と呼ぶ段階ではない。前年同月比がマイナス2.91%を維持し、季節調整後の加入者が+83,844人と67ヶ月連続で伸びている以上、基調はなお改善方向にある。注視すべきは秋以降、サービス業の落ち込みが例年より深く長引くかどうかだ。
誰が失業したのか ― セクター・性別・年齢
増加分の中身を見る。セクター別ではサービス業+28,563人(+1.71%)が圧倒的で、建設+4,669人、工業+3,731人、就業経験なし+8,368人と続く。農業だけが912人減った。性別では男性+21,678人(+2.37%)、女性+22,741人(+1.63%)。女性の失業者総数141万8,757人は「8月として2008年以来最少」で、長期トレンドでは女性雇用の改善が男性を上回る。
気がかりなのは25歳未満だ。前月比+8,168人、増加率5.12%は全体(1.92%)の2.7倍にあたる。総数は17万人を下回る低水準を保っているものの、夏季契約の終了が真っ先に若者を直撃する構造は変わっていない。8月の新規契約は114万4,827件で、うち無期限契約は44万274件(38.46%)。3件に1件強が無期限という比率は、後述の労働改革以前には考えられなかった水準ではあるが、裏を返せば夏の契約の6割は今も有期だ。
働く人の絶対数は史上最高圏 ― 2,234万人
失業の対になる統計、社会保障加入者数はどうか。8月の加入者は2,234万5,226人で、8月として系列史上最高。前年からの増加は679,023人(+3.13%)に達する。季節調整値では2,237万1,964人、前月比+83,844人で、67ヶ月連続の増加という異例の長期拡大が続く。セクター別の年間伸び率は建設+6.47%、不動産+5.84%が牽引しており、住宅需要の強さが雇用面にも表れている。女性は1,048万9,342人で全体の47%を占めた。
34万人の「正規化」 ― 外国人労働者が支える拡大
今回の発表で特に目を引くのが外国人労働者の数字だ。外国籍の加入者は355万1,759人で、前年から482,490人増えた。年間増加分679,023人の7割超を外国人が占めた計算になる。さらにその内訳として、非正規滞在者を対象とした特別正規化プログラム経由の加入が8月末時点で337,917人にのぼることが明らかにされた。国籍別ではコロンビア(97,376人)とベネズエラ(66,733人)が最多グループだ。
地下経済で働いていた人々が社会保障制度の中に入り、保険料を払い始めたという意味で、この正規化は年金財政にも統計にもプラスに働く。他方で、雇用拡大の相当部分が「新たに生まれた仕事」ではなく「既にあった仕事の可視化」だという含意もあり、数字の解釈には注意がいる。移民の労働市場統合はセウタ危機以降のスペイン政治の中心争点であり、この34万人という規模は今後の政治論戦で確実に引用されることになる。
労働改革の遺産 ― 臨時雇用率29.3%→13.4%
もうひとつ、長期の構造変化として見逃せないのが臨時雇用率だ。加入者に占める有期契約労働者の割合は13.4%まで低下した。労働改革前の2021年8月は29.3%だったから、4年で半分以下になったことになる。30歳未満に限れば54.9%から23.7%への激減だ。「若者の2人に1人が使い捨て契約」だったスペイン労働市場の風景は、2022年施行の労働改革(有期契約の原則禁止と固定不連続契約への転換)で様変わりした。8月の失業増を報じる見出しの裏で、この構造改善は静かに進行し続けている。
セーフティネットの現在地
失業給付のカバー率は86.75%(7月時点)で、受給者は185万7,263人、受給者1人あたりの月平均支出は1,159ユーロだった。失業者の8割超が何らかの給付で支えられている状態は、危機時のスペイン(カバー率6割前後まで低下した時期がある)と比べれば格段に厚い。
日本の読者への解説
最後に、日本の報道でしばしば混線する概念を整理したい。今回発表されたのは「登録失業者数(paro registrado)」で、職業安定所に登録した人の実数だ。日本の「完全失業率」に相当する調査ベースの統計は、スペインでは四半期ごとの労働力調査(EPA)が別にあり、そちらの失業率は直近でもおおむね10%前後と、EU内で最も高い水準にある。「日本の失業率2%台 vs スペイン10%台」という比較は間違いではないが、算定方法・求職登録のインセンティブ(給付との紐付け)・パートタイムの扱いが違うため、額面通りの5倍差と受け取るのは雑すぎる。
それでも、スペインの雇用がこの4年で構造的に改善したことは数字がはっきり示している。働く人の絶対数は史上最高、臨時雇用率は半減、女性と外国人が拡大を牽引する。日本との対照で言えば、人口減少下で人手不足に苦しむ日本と、移民の正規化で労働力を積み増すスペインは、同じ「労働力問題」の正反対の解き方をしている。10月には夏の後片付けが終わった9月分の統計が出る。秋の数字が「2019年以来最大の増加」の続きになるのか、例年通りの回復になるのか、続報で追いかける。













