モロッコの国家情報機関の内部データを、モロッコの外側にいるハッカー集団が公開した――しかも「スペインへの贈り物」として。ハッカー集団Jabarootは2026年8月24日、Telegram上でモロッコの2大情報機関、対内治安情報局(DGST)と国家保安総局(DGSN、警察)の職員70,000人分の氏名・身分証番号・所属部署のデータベースを流出させた。集団は同時に、7月末から8月にかけてセウタを直撃した8万人規模の集団越境を「モロッコ王室モハメド6世の側近から発せられた作戦命令」と告発し、翌8月25日には次段階として「2020〜2021年にペドロ・サンチェス首相の携帯電話をペガサスで盗聴した際の元データ」を公開すると予告した。過去1年半にわたるJabarootの流出はすべて事実と裏付けが取れたケースばかりで、今回もモロッコ政府は事実上反論できず沈黙している。スペイン政府は公式コメントを避けているが、内務省高官は「スペイン側の情報網が独立に把握していた事実の一部を、Jabarootは公にした」とEl Independiente紙に語った。セウタ危機はいま、単なる移民問題を超えて、西地中海の国家間サイバー戦争の主戦場に転じつつある。

8月24日、70,000人のリスト

Jabarootが公開したデータは、以下の2機関の職員データベースだ。

  • DGST(Direction Générale de la Surveillance du Territoire、対内治安情報局)――モロッコ国内の反体制派・イスラム主義勢力・外国スパイの監視を担う秘密情報機関。米国のFBI国内治安部門とCIAの国内部門を混ぜたような機能を持つ。
  • DGSN(Direction Générale de la Sûreté Nationale、国家保安総局)――国家警察本体。都市部の治安、犯罪捜査、国境管理を主管。

流出したのは職員の氏名、国民ID番号(CIN)、所属局、階級、勤務地。両機関を合わせて70,000人超という規模は、モロッコ国家安全機構の中核部分をそのままカタログ化したに等しい。集団はEl Independiente紙などに対して「今回の公開は序章であり、より重大なデータの公開を今後段階的に行う」と予告した。

興味深いのは、DGSTとDGSNの両方を単独で率いる人物、アブデラティフ・アムーシ(Abdellatif Hammouchi)を、Jabarootが「セウタ危機の主要責任者の一人」と名指しした点だ。アムーシは1966年生まれ、モロッコ国家安全機構のトップとして20年以上権力を維持してきた実務家で、EU諸国のカウンターパートとの実務窓口でもある。スペインのCNI(国家情報センター)は過去、テロ対策の共同作戦でアムーシと協力してきた経緯があり、今回の名指しはスペイン=モロッコ情報協力の枠組みそのものへの直撃となる。

Jabarootの過去実績――なぜ真剣に受け止められるのか

ハッカー集団の「爆弾発言」は通常、真偽が曖昧で終わることが多い。しかしJabarootは異例の存在だ。集団は2025年春頃から活動を始め、これまでに公開したデータは以下の通りで、いずれもモロッコ政府が事実上真正を認めるか、独立に裏付けが取れたものばかりだ。

  • 王宮従業員3,400人の給与台帳(2024年)――従業員数と給与構造がモロッコ王室の予算議論のなかで公式資料と一致した。
  • モロッコ社会保障庁の加入者データ200万人分(2024〜2025年)――CIN・住所・雇用主情報が、独立ジャーナリストの現地取材で裏取り可能なものと一致。
  • ナセル・ブーリタ外相の資産関連文書――現職外相の国内不動産所有と申告漏れ疑惑を示す内部文書。
  • ヤシン・マンスーリ元情報総局長の資産文書――同前。

これらの流出はいずれも、モロッコ政府の否定にもかかわらず、その後の裏付け取材で真正性が確認された。Jabarootの信頼性は、単発のドラマチックな主張ではなく、地道な「後の検証で外れなかった」という実績で築かれている。今回の70,000人超の名簿については、集団が事前に公表した約20人分のサンプルデータを、複数の独立ジャーナリストが真正性の一次確認を試みているところで、Euronewsは8月21日時点の脅迫段階の報道で「集団の予告は過去の流出パターンと整合的」との評価を伝えている。

「モロッコ王室が命じた計画」――Jabarootの告発

今回の流出でJabarootが提示した最大の政治的告発は、2026年7月30日〜31日のセウタへの集団越境(推計8万人)が、モロッコ側の「公式作戦」だったというものだ。集団は「モロッコ人のヨーロッパ、まずスペインへの強制移送作戦は、モロッコの公式計画である」と明言し、命令はモハメド6世の側近から発せられたと主張する。

Jabarootは主張の根拠として、モロッコ側フニデク(Fnideq)とセウタ国境地帯の治安要員の配置、王室側近の通信パターン、DGST内部での警戒レベル運用に、越境の前後で「異例」があったと主張している。ただし集団が公にデータとして提示している主たる材料は、8月24日時点では上記の70,000人超の名簿と、7月31日前後のDGSN指揮系統の連絡ログの一部にとどまり、内部指令書の生データ本体などの体系的な公開はまだ行われていない。「決定的物証」の公開は今後のリークで小出しにしていく可能性が高い、というのがモロッコ政府対応を追う独立記者たちの共通見解だ。

スペイン側は公式には慎重姿勢を保つが、内務省高官はEl Independiente紙に対し、「今回の公開データにあるパターンは、スペインCNI・国家警察の情報網が独立に把握していた事実の一部と一致する」と語った。つまりスペイン情報当局は、独自の情報網で「セウタ危機がモロッコ側の作為である可能性」を以前から把握していた、ということになる。しかし公式には、スペインは今回の流出内容の真偽について公式コメントを避けている。

次の一手――ペガサスとサンチェス首相

Jabarootは8月25日、「次に公開するデータ」を予告した。それは2020〜2021年にモロッコが実施した、ペドロ・サンチェス首相の携帯電話へのペガサス(Pegasus)による盗聴の元データだ。ペガサスはイスラエルNSOグループが開発した高度な監視ソフトで、標的の携帯電話を実質的に完全掌握する能力を持つ。

スペイン政府が同首相の携帯電話がペガサス感染していたと公式発表したのは2022年5月。当時、感染源は「外国国家」とだけ発表されたが、複数の独立調査(Citizen Lab、アムネスティ・インターナショナルSecurity Lab)はモロッコを感染源として名指ししていた。モロッコ側は公式に否定してきた経緯がある。もしJabarootが公開する元データが、ペガサスの管理コンソール画面のスクリーンショット、あるいは実際に抽出されたサンチェス首相の通信記録の内部ログを含むなら、モロッコによるスペイン首相への電子スパイ活動が動かぬ証拠として確定することになる。

スペイン首相府(Moncloa)は8月26日午前時点でこの点について公式コメントを出していない。過去のペガサス問題(2022年5月の公式発表後の議会審議)でも、政府は感染源についてほぼ黙秘を続けてきた経緯があり、今回もモロッコとの外交関係を勘案した抑制的対応が想定される。ただし野党側からは、Jabaroot予告データが実際に公表された段階で、議会情報委員会への政府説明要求が改めて上がるのが自然な流れだ。

モロッコ側の反応――沈黙と法的措置

モロッコ政府は8月26日午前時点でも、Jabarootの流出について公式声明を出していない。過去のJabaroot流出時と同じく、モロッコ内務省は「調査中」との一言でメディア問い合わせを打ち切っている。国営通信社MAPは、流出について事実上報道していない。

ただし水面下では動きがある。El Independiente紙によれば、モロッコ検察庁は8月25日、Telegramを含む複数のプラットフォームに対して、Jabarootのチャンネルの削除と、投稿者情報の開示を求める国際司法共助要請を出した。これは過去のJabaroot対応と同じパターンで、実効性は限られる。Jabarootは自らのTelegramチャンネルを複数用意し、削除されるたびに新チャンネルに移行するというサイクルを繰り返してきた。

日本の読者への解説

日本にとって、この事案は3つの構造的な意味を持つ。

第一に、非国家アクターによる情報戦の可視化である。Jabarootは国家組織ではないが、国家並みの情報収集・分析能力を持ち、モロッコという国家組織の内部データを継続的に流出させ続けている。集団がどこから資金を得ているか、誰が中核メンバーかは公式には特定されていない。過去のロシア「Anonymous」、あるいはウクライナのIT義勇兵網に近い性格を持つが、いずれとも異なる独立性がある。国家vs国家という古典的枠組みでは説明しきれないアクターが、地政学の実戦場に立っている。

第二に、西地中海の地政学的緊張の変質だ。スペインとモロッコの関係は、西サハラ問題、セウタ・メリリャの領土問題、漁業権、移民管理――複数の懸案を「相互依存」で管理してきた40年間だった。しかしペガサス問題(2020-2021)に加え、今回のセウタ越境の作為性告発が事実と確定すれば、この「相互依存」モデル自体が破綻する。EUがスペインを支援する枠組みを強化せざるを得なくなり、モロッコは中国・ロシア寄りへの外交ピボットを検討する構図が現実化する可能性がある。

第三に、日本自身のペガサス問題との構造的な類似だ。日本は公式には「日本の政府要人がペガサスに感染した事例は確認されていない」との立場だが、Citizen Labの2022年報告は日本国内でペガサスの感染兆候を示すデバイスを複数確認したと報じている。スペインで首相の携帯電話がペガサスに感染していた事実が2022年に確認されたことは、日本の情報安全保障政策への警鐘でもあった。今回のJabaroot流出は、そのペガサス問題の「実行側」の内部データが世界の目に触れる、初めての本格ケースだ。日本の情報セキュリティ関係者にとっても、注視すべき事案である。

本紙は今後、Jabarootの追加流出、モロッコ政府の公式反応、スペイン議会の情報委員会ヒアリング、EUの反応など、続報を随時追加していく予定だ。

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