スペインへの批判とメローニ政権の立場
イタリアのジョルジャ・メローニ首相率いる右派連立政権が、スペインで進められている移民の正規化(非正規滞在者の合法化)政策に対し、厳しい批判の声を上げています。特に、スペイン領セウタでの移民流入危機を背景に、メローニ首相はこうした正規化が欧州連合(EU)全体に「呼びかけ効果(efecto llamada)」をもたらし、さらなる非正規移民の流入を招くと警告。反移民を掲げる政権の旗幟を鮮明にしています。この動きは、EU域内における移民政策の主導権を巡る政治的な駆け引きの一環であり、自らの支持基盤である保守層に向けた強いメッセージでもあります。
メローニ政権は、「非合法」な移民の流入には断固として反対する一方で、「合法的」な移民、つまり国の労働市場が必要とする人材を秩序だった形で受け入れるべきだと主張してきました。この方針は、一見すると理路整然としており、管理された移民政策の理想像を提示しているように見えます。しかし、その主張の裏側で、イタリア自身が直面する深刻な現実と、自らが推進する政策の深刻な欠陥が、大きな矛盾を生み出しています。
イタリアが抱える「不都合な真実」:労働力不足と『フロー令』
メローニ政権がスペインを批判する一方で、イタリアはEUの中でも特に深刻な人口減少と高齢化に直面しています。低い出生率と労働人口の減少は、農業、建設、観光、介護といった多くの基幹産業で慢性的な人手不足を引き起こしており、外国人労働者なしには経済が立ち行かないのが実情です。この「不都合な真実」を前に、反移民を掲げるメローニ政権も、実は大規模な外国人労働者の受け入れ拡大にかじを切らざるを得ませんでした。
そのための制度が、1998年から存在する「デクレート・フルッシ(Decreto Flussi)」、通称『フロー令』です。これは、イタリア国内の企業が必要とする労働力を、EU域外の国から雇用契約に基づいて呼び寄せるための割り当て(クオータ)制度です。驚くべきことに、メローニ政権は発足後、この『フロー令』の枠を大幅に拡大。2023年から2025年にかけて45万人、さらに2026年から2028年にかけて約50万人の受け入れ枠を設定し、6年間で合計95万人に迫る、極めて大規模な労働移民計画を打ち出しているのです。これは、彼らが声高に批判するスペインの一時的な正規化措置とは比較にならない規模の恒久的な人口流入を意図するものであり、政権の表向きの言説との間に著しい乖離が見られます。
理想と現実の乖離:『フロー令』の機能不全と搾取の構造
問題は、メローニ政権が「合法的ルート」として推進するこの『フロー令』が、現実にはほとんど機能しておらず、むしろ多くの移民を非正規滞在へと追い込む温床となっている点です。人権団体や専門家からの批判が絶えません。
第一に、制度の運用が極めて非効率的で官僚的であるため、申請から許可までのプロセスが非常に遅々として進みません。ある報告によれば、2025年に設定された18万件以上の受け入れ枠に対し、実際に手続きを完了し、滞在許可証が発行されたのはわずか1万4千件余り、全体の8%に過ぎませんでした。これでは、人手を緊急に必要とする企業のニーズに応えることは到底不可能です。
第二に、この制度の欠陥を悪用した詐欺が横行しています。イタリアでの就労を夢見る移民希望者は、母国で悪質な仲介業者に1万ユーロ(約170万円)もの大金を支払い、偽の雇用契約書を手に入れます。しかし、多額の借金をしてイタリアに到着してみると、約束された雇用主は存在せず、仕事も住居もないまま路頭に迷うケースが後を絶ちません。バングラデש出身のアシリ・ラマン氏(26)も、そうした被害者の一人です。彼は幸運にも親族の助けと法的な支援を得て正規の滞在資格を勝ち取りましたが、同様の境遇に置かれた数千人の移民が、非正規滞在者として社会の底辺に追いやられています。
こうして「合法的」なルートから弾き出された人々は、マフィアなどが関与する農業分野での搾取システム「カポララート(caporalato)」の餌食となり、現代の奴隷ともいえる過酷な労働環境に置かれることも少なくありません。つまり、メローニ政権が推進する「合法的移民制度」は、皮肉にも、彼女たちが最も撲滅を掲げる「非正規移民」と搾取の構造を再生産する一因となっているのです。
日本の読者への解説
イタリアのメローニ政権が直面するこのジレンマは、対岸の火事ではありません。深刻な少子高齢化と労働力不足に悩む日本にとっても、極めて重要な教訓を含んでいます。日本政府も「移民政策はとらない」という建前を維持しつつ、実際には技能実習制度や特定技能制度といった形で、外国人労働者の受け入れを拡大してきました。
イタリアの『フロー令』と日本の特定技能制度は、「国内で不足する労働力を、必要な分野に限って、管理された形で受け入れる」という点で思想的に共通しています。しかし、イタリアの事例が示すのは、こうした制度が一度機能不全に陥ると、意図せざる結果を招くという厳しい現実です。煩雑な手続き、悪質な仲介業者の介在、そして現地でのサポート体制の不備は、日本でもかねてから指摘されている問題点と重なります。労働者として受け入れた人々が、制度の不備によって権利を侵害され、非正規滞在へと追いやられるリスクは、日本にも内在しています。
メローニ政権の「反移民」という政治的レトリックと、経済的必要性から労働者受け入れを拡大せざるを得ない現実との間の矛盾は、今後の日本政治がたどる可能性のある道筋を映し出しています。労働力として外国人材を「利用」するだけで、社会の一員として統合していく視点を欠いた政策は、長期的には社会の歪みを生み、新たな問題を引き起こしかねません。スペインの「正規化」という現実主義的なアプローチと、イタリアの「理想を掲げつつも破綻した」管理主義的アプローチ。欧州で繰り広げられるこの対照的な移民政策の議論は、日本がどのような未来を選択するのかを考える上で、貴重な示唆を与えてくれるでしょう。













