権力によるメディア選別の危険な兆候
ドナルド・トランプ米大統領は、自身の報道姿勢に批判的なCNN、MSNBC(MSNOWと改称)、ポリティコといった主要メディアに対し、ホワイトハウスからの追放を宣言した。自身のソーシャルメディア「Truth Social」を通じて、「虚偽と嘘に基づいた報道」を続けるメディアは、国民の家であるホワイトハウスに入る資格がないと一方的に断じている。この動きは、単に一国の大統領とメディアの対立に留まらない。権力者が自らにとって都合の良いメディアだけを選別し、批判的な報道を力で封じ込めようとする、ポピュリズムに共通する危険な兆候であり、スペインを含む西側民主主義国が直面する深刻な課題を映し出している。
トランプ氏の「フェイクニュース」戦争とその手法
トランプ氏の主張は具体的かつ扇動的だ。CNNを「フェイクニュース」、MSNBCを「低視聴率で信頼性がない」、ポリティコを「バイデン政権から800万ドルの違法な資金援助を受けて延命している腐敗した組織」と、それぞれにレッテルを貼って非難した。具体的な誤報の内容を挙げるのではなく、メディアの存在そのものを攻撃することで、支持層のメディア不信を煽るのが彼の常套手段である。これは今回に始まったことではない。過去にもニューヨーク・タイムズ紙やウォール・ストリート・ジャーナル紙を提소し、AP通信の取材を拒否するなど、メディアへの攻撃を繰り返してきた。彼の戦略は、報道機関を「国民の敵」と位置づけ、自らの言説だけが「真実」であるかのように見せることで、権力に対する健全な監視機能を麻痺させることを目的としている。
スペインにおける類似の動き ― ポピュリズムとメディア敵視
トランプ氏のこうした手法は、大西洋を越えたスペインの政治風景とも奇妙なほど共鳴する。特に極右政党Voxは、党の集会や記者会見から、エル・パイス紙やカデナ・セール、elDiario.esといったリベラル・左派系のメディアを組織的に排除してきたことで知られる。Voxの指導者サンティアゴ・アバスカル氏は、これらのメディアを「スペインの敵」や「進歩主義者のプロパガンダ機関」と公然と非難し、トランプ氏の「フェイクニュース」という言葉と全く同じ論理で支持者に結束を訴える。また、左派ポピュリズム政党ポデモスの指導者たちも、過去に特定のメディアグループを「下水道」「権力の犬」と激しく批判し、メディアの所有構造が報道の公正さを歪めていると主張してきた。左右両極のポピュリズムが、自らの正当性を主張するためにメディアを攻撃するという構図は、現代スペイン政治の緊張の一側面であり、米国で起きている現象が決して対岸の火事ではないことを示している。
憲法が保障する「知る権利」への挑戦
大統領が特定のメディアをホワイトハウスから排除する行為は、単なる感情的な反発ではなく、民主主義の根幹を揺るがす深刻な問題である。米国の憲法修正第1条が報道の自由を強力に保障しているのと同様に、スペイン憲法第20条も表現の自由と「真実の情報を自由に伝え、受け取る」権利を国民の基本的人権として定めている。ホワイトハウスは大統領の私邸ではなく、国民が税金で維持する公的な空間であり、そこで行われる意思決定は国民の知る権利の対象となる。特定の報道機関を恣意的に排除することは、そのメディアの読者や視聴者から、権力を監視し、判断材料を得る機会を奪うことに他ならない。これは、権力分立と相互監視という民主主義の基本原則に対する明白な挑戦である。
日本の読者への解説
日本の政治状況に目を向けると、トランプ氏のようなあからさまなメディア排除宣言は稀である。しかし、権力側がメディアをコントロールしようとする動きは形を変えて存在する。日本では、記者クラブ制度がフリーランスや外国メディアのアクセスを事実上制限する壁として機能したり、官邸が特定の記者やメディアの質問を意図的に無視したりする事例が長年指摘されてきた。トランプ氏の攻撃が「劇場型」で公然と行われるのに対し、日本ではより水面下で、同調圧力を利用した間接的な形での圧力が多いと言えるかもしれない。しかし、その根底にある「政権に批判的な報道は封じたい」という動機は共通している。米国で見られる報道の自由への露骨な挑戦は、日本社会が自国の政府とメディアの関係、そして国民の「知る権利」が本当に保障されているのかを、改めて検証するための重要な視座を提供している。













