シーズン序盤の試金石、アンフィールドでの挑戦
2026-27シーズンの欧州サッカーシーンの幕開けを告げるUEFAチャンピオンズリーグ。スペインの強豪アトレティコ・マドリードは、グループステージ初戦でイングランドの雄、リバプールとの対戦を迎える。しかも、その舞台は欧州で最も攻略が難しいとされるスタジアムの一つ、アンフィールドだ。この重要なアウェーゲームに向けてチームがリバプールへ出発する中、ディエゴ・シメオネ監督が提出した遠征メンバーリストから、二人の重要な新戦力の名前が外れた。ノルウェー代表FWアレクサンダー・ソトロートと、カタルーニャ出身のDFアルナウ・マルティネスである。ソトロートは練習中の筋肉系のトラブル、アルナウは前所属クラブでの欧州大会で受けた懲戒処分による出場停止が理由だ。シーズン全体の行方を占う初戦で、攻守のキーマンを欠くという事態は、シメオネ監督にとって大きな誤算となった。
アトレティコとリバプールの一戦は、常に戦術的な駆け引きと激しい肉弾戦が繰り広げられる名勝負として知られる。特に記憶に新しいのは、2020年3月、新型コロナウイルスのパンデミックが欧州を覆う直前に行われた決勝トーナメントでの対戦だ。アトレティコはアンフィールドで延長戦の末にリバプールを撃破し、世界に衝撃を与えた。しかし、当時のアトレティコは、自陣に堅固なブロックを築き、カウンターに勝機を見出すという、いわゆる「チョリスモ」の真骨頂とも言える戦い方だった。あれから6年以上が経過し、チームの陣容も戦術も変化している。近年のアトレティコは、よりボールを保持し、主導権を握るスタイルへの移行を模索してきた。この進化した姿が、リバプールの猛烈なプレッシングの前で通用するのか。新戦力を欠く中で、チームの総合力が問われることになる。
攻撃の核ソトロートと守備の要アルナウの不在
今回の遠征メンバーから外れた二人の不在は、単に選手が二人足りないという以上の意味を持つ。特に、今夏の移籍市場で目玉として獲得したアレクサンダー・ソトロートの離脱は痛恨の一言だ。
FW アレクサンダー・ソトロート
身長195cmを誇るノルウェー代表のストライカーは、これまでアトレティコの前線に不足していた「高さ」と「強さ」をもたらす存在として大きな期待を背負って加入した。アントワーヌ・グリーズマンやアンヘル・コレアといった既存の攻撃陣がテクニックと俊敏性を持ち味とするのに対し、ソトロートは最前線で文字通り「的」となり、屈強なプレミアリーグのDF陣と渡り合えるフィジカルを持つ。シメオネ監督は、彼を攻撃の新たな軸として据え、サイドからのクロスボールを多用する戦術オプションを準備していたはずだ。彼の不在により、アトレティコはリバプールのフィルジル・ファン・ダイクを中心とする強力なセンターバック陣に対して、空中戦で優位に立つというプランを放棄せざるを得なくなる。代役としてはアルバロ・モラタが考えられるが、ソトロートほどの圧倒的な存在感を示すのは難しい。あるいは、グリーズマンを偽9番として起用するなどの戦術変更も考えられるが、いずれにせよ攻撃の設計図を大幅に書き換える必要がある。
DF アルナウ・マルティネス
もう一人の欠場者、アルナウ・マルティネスもまた、現代サッカーにおいて極めて価値の高い選手だ。ジローナからの移籍で加入した彼は、右サイドバックを本職としながら、ウイングバックや3バックの一角もこなせる戦術的柔軟性を持つ。シメオネ監督が好む3-5-2システムでは右ウイングバックとして攻守に貢献し、伝統的な4-4-2では安定した守備をもたらす。彼の出場停止により、右サイドの選択肢は限られることになる。既存のナウエル・モリーナが先発する可能性が高いが、マルコス・ジョレンテを一つ後ろのポジションで起用する案も浮上する。しかし、ジョレンテをDFラインに下げれば、チームの推進力である彼の中盤での攻撃参加が失われるというジレンマも生じる。このように、アルナウの不在は単なる守備力の低下だけでなく、チーム全体の戦術的なバランスにも影響を及ぼすのだ。
シメオネ監督の戦術的ジレンマ
攻守の新戦力を欠くという現実は、シメオネ監督に難しい選択を迫る。アンフィールドという特殊な環境を考慮すれば、かつて成功を収めたような、守備を徹底的に固めてカウンターを狙う現実的なアプローチに回帰するのが最も安全な選択肢かもしれない。コケ、ロドリゴ・デ・パウル、サウール・ニゲスといった経験豊富な選手で中盤を固め、失点を最小限に抑える戦いだ。これは、多くのファンがイメージする「アトレティコらしい」戦い方と言えるだろう。
しかし、一方で、クラブは近年、より攻撃的で魅力的なサッカーへの転換を目指してきた。そのためにソトロートやアルナウといった選手を獲得した経緯がある。この重要な初戦で、築き上げてきた新しいスタイルを放棄し、過去の戦術に逆戻りすることは、チームの進化を停滞させることにもなりかねない。リバプール相手に、たとえキープレーヤーを欠いていたとしても、ボールを保持し、試合を支配しようと試みるのか。それとも、勝利という結果を最優先し、プライドを捨ててでも守りに徹するのか。シメオネ監督の決断は、この試合の結果だけでなく、今シーズンのアトレティコがどのようなチームを目指すのかを示す、重要なメッセージとなるだろう。
日本の読者への解説
欧州のトップクラブが繰り広げるシーズン序盤の戦いは、日本のサッカーファンにとっても多くの示唆を与えてくれる。今回のアトレティコの状況は、Jリーグのクラブや日本代表が国際大会に臨む際の課題と通じるものがある。限られた予算の中で獲得した新戦力が、重要な試合の直前に負傷や出場停止で使えなくなるという事態は、どのチームにも起こりうることだ。その時、監督やチームがどのような代替案を持ち、戦術的な柔軟性を示すことができるかが、シーズンの成否を分ける。
特に、アトレティコ・マドリードというクラブの立ち位置は興味深い。レアル・マドリードやFCバルセロナ、あるいはプレミアリーグの資金力豊富なクラブのような絶対的な強者ではない。常に挑戦者として、戦術、規律、そして団結力で巨人に立ち向かってきた歴史がある。その中で、守備的なスタイルからより攻撃的なスタイルへと舵を切ることは、大きなリスクを伴う変革だ。これは、日本のスポーツ界でもしばしば議論される「勝利至上主義」と「内容の追求」のバランスの問題と重なる。シメオネ監督がアンフィールドでどのような采配を振るうのか。それは、単なる一試合の勝敗を超えて、クラブの哲学と未来を賭けた決断と言えるかもしれない。欧州最高峰の舞台で繰り広げられる戦術的な攻防に注目することで、サッカーというスポーツの奥深さを再認識する良い機会となるだろう。













