バルセロナ市警(Guàrdia Urbana)が2026年8月中旬までの数週間で、犯罪組織が運営していた高級違法観光アパートの一大ネットワークを崩しにかかっている。標的になったのは、ディアゴナル通り(サグラダ・ファミリアを見下ろす立地)、ロンダ・サン・ペレ通り(パセッチ・ダ・グラシアからすぐ)、そしてエイシャンプラ地区バレンシア通りの100平米超の物件など、いずれもバルセロナ屈指の高級住宅街の物件だ。市警はこの数週間で約30戸のアパートを封印したが、犯罪組織は封印シールを剥がして営業を続けるという異例の応戦を見せている。手口はAIで写真を加工して物件の特定を防ぎ、市の査察が来ると「私はここに住んでいる」と入居者役の人物を用意して追い返すなど高度に組織化。宿泊料は1泊400ユーロ前後、市はこれまで3年間の追跡で合計約130万ユーロの罰金と是正命令を科したが、組織側は不服申し立てで支払いを引き延ばしている。ハイメ・コルボニ市長が掲げる「2028年に観光アパート全廃」(約1万戸を居住用に戻す政策)の直前に、闇市場が最後の収穫期を迎えている構図だ。
ディアゴナル、ロンダ・サン・ペレ、バレンシア通り──犯罪組織の3拠点
今回崩されたネットワークの物件所在地は、いずれも観光客が「バルセロナらしい高級エリア」として憧れる住所ばかりだ。ディアゴナル通りの物件はサグラダ・ファミリアが窓越しに見える眺望を売りにしていた。ロンダ・サン・ペレ通りの物件は、ガウディのカサ・バトリョとカサ・ミラが並ぶパセッチ・ダ・グラシアから徒歩数分。バレンシア通りの物件は100平米を超える邸宅を、勝手に3つのスイートに分割し、各部屋に間に合わせのバスルームを増設していた。壁を許可なく取り壊し、玄関を新設・封鎖するなど、建築規制も完全に無視した違法改装だった。
組織の運営期間も長い。地元紙プレフェレンテによれば、彼らがバルセロナで最初の物件を借りたのは2023年3月で、ロンダ・サン・ペレ通りに2軒を月1,800ユーロで契約した。契約時の口実は「アスリートの合宿所として使う」だった。その後、物件を短期観光レンタルに転用し、1泊400ユーロ前後で貸し出した。単月換算すれば、契約時の月1,800ユーロに対して、20泊で8,000ユーロを稼ぐ計算で、粗利は4倍以上にはねる。
手口はプロ集団──AI画像加工、住居偽装、鍵渡しはノックしない
市警の3年に及ぶ捜査で、組織の手口も次第に明らかになった。もっとも高度化しているのがAIによる物件写真の加工だ。彼らはネット掲載用の写真から物件を特定できるような窓の外の景色や、独特な内装のディテールを人工知能で消していた。市の査察官がAirbnbやBooking.comの写真から物件を特定するのを妨害するためだ。
市の査察官が現地に踏み込んだ場合の対応も準備されていた。組織はあらかじめ「住民役」の人物を物件に配置し、査察官が呼び鈴を鳴らすと「私はここに住んでいる長期入居者だ」と答えさせる。宿泊客には事前に「玄関のドアはノックされても開けるな」「エレベーターや管理人と目を合わせるな」と徹底された。バルセロナの観光アパートは、市の許可番号(HUTB)が玄関に掲示される義務があるが、無許可運営を隠すには「客を目立たせないこと」が最重要だったからだ。
もうひとつ、市が封印した物件のシールを組織が剥がして営業を再開するという異例の対応もあった。エイシャンプラ地区の100平米物件で市警が封印した扉のシールは、翌週には撤去され、宿泊客が入っていた。市の担当者は「シールの撤去は公文書毀損に当たる」と警告している。
3年の追跡と、罰金130万ユーロの壁
市の追跡は執拗だった。2023年3月の最初の契約から3年間、Guàrdia Urbana と市の住宅局は同組織の物件を追跡し続けた。今回のディアゴナル・ロンダ・サン・ペレ物件2軒だけでも、9件の罰則手続きで42万ユーロの罰金、5件の強制執行罰金で2万1千ユーロが科された。うち直近で回収された2物件だけで12万ユーロの罰金と3千ユーロの追加制裁が確定した。
並行して、エイシャンプラ地区で市警が封印した約30戸の物件では、14件の罰則報告書で84万ユーロ、21件の強制執行罰金で8万9千ユーロが科されている。両案件を合計すれば、制裁総額は約130万ユーロ超に達する。
しかし、組織は「すべての通知に対して系統的に不服申し立てを行う」戦略で、実際の支払いを引き延ばしている。バルセロナの行政不服申し立て制度は、決定までに数か月から1年以上かかるのが通例で、その間、物件を稼働させ続けて回収した宿泊料で罰金を先払いする、というビジネスモデルが成立してしまう。市の担当者は「回収率は制裁総額の一部にとどまる」と認めている。
組織の活動範囲はバルセロナだけではない。マドリード、マルベーリャ、サン・セバスチャン、イビサ、パリにも拠点があることが確認されている。スペイン国内の観光高級都市と、それに続く欧州の主要観光地を横断するネットワークだ。
2028年の全廃期限と、闇市場の「最後の収穫」
この事件を理解する背景は、バルセロナ市の観光住宅政策そのものだ。ハイメ・コルボニ市長は2024年6月、市内の観光アパート約1万戸を2028年末で全廃し、居住用市場に戻すと発表した。既存のライセンス(HUTB番号)は更新されず、期限到来とともに順次消滅する。この政策は前市長のアダ・コラウ時代から続く反観光アパート路線の集大成で、市の住宅危機(家賃過去10年で68%上昇、平均月1,178ユーロで最低賃金を超過)への直接的な政策対応だ。
市はこの政策を支える取り締まりも強化している。市の公式データによれば、2016年以来、違法観光アパートに対して18,604件の営業停止命令と16,202件の制裁手続きを発動。AirbnbなどOTAプラットフォームからは1万5千件以上の広告が削除された。街頭パトロールとオンライン監視(内部で「スパイダーウェブ」と呼ばれるスクレイピングシステム)を組み合わせ、これまでに約11,500件の違法物件を特定した。
問題は、合法ライセンスの物件が消える2028年に向けて、需要はむしろ増していることだ。バルセロナは年間観光客数が3千万人を超え、そのうち短期滞在型の宿泊需要が拡大する一方、供給側の合法ホテル・観光アパートは頭打ち。この需給ギャップに、今回摘発されたような犯罪組織が入り込み、月1,800ユーロで借りた住居を1泊400ユーロで転貸する、というアービトラージビジネスを回している。市の担当者は本件を「氷山の一角」と表現している。
日本人旅行者は何を見極めればいいか
実務的な話をしよう。バルセロナで観光アパートを予約する日本人旅行者は、2026年時点で次の3点を必ず確認してほしい。
第一に、HUTB番号の確認だ。合法な観光アパートは、Airbnb・Booking.com等の掲載ページに「HUTB-XXXXXX」形式の許可番号を明示している。番号がない、または「申請中」と書かれている物件は違法運営の可能性が高い。番号があっても偽装のケースがあるため、バルセロナ市の公式データベース(meet.barcelona.cat/habitatgesturistics)で該当番号を検索し、住所と照合できる。
第二に、料金の異常な安さと、ホストの説明の不自然さだ。エイシャンプラ地区・グラシア地区で1泊200ユーロを切る「高級アパート」は疑って良い。合法の高級観光アパートは1泊300-500ユーロ帯が相場だ。また、ホストから「玄関のドアはノックされても開けるな」「エレベーターや管理人と話すな」といった指示が事前に来る物件はほぼ確実に違法だ。
第三に、市の査察タイミングと重なるリスク。違法物件を利用した場合、宿泊中に市警の封印を受けて途中退去を迫られるケースが実際に起きている。滞在中に扉に赤いシールが貼られ、その日のうちにホテルへ移動する羽目になれば、旅行の予定は総崩れになる。返金交渉も、違法物件の運営者が相手では現実的に難しい。予約前の10分間のチェックで避けられるリスクだ。
日本の読者への解説──京都の「民泊バブル」を10年遅れで追う都市
日本の読者にこの事件を伝える難しさは、「同じ現象が10年前に日本でも起きた」ことを踏まえて考える必要がある点にある。2015-2018年頃、京都・大阪・沖縄で違法民泊が急増し、住宅街での騒音・ゴミ・鍵の受け渡しトラブルが社会問題化した。日本は2018年6月の民泊新法(住宅宿泊事業法)で年間180日の営業日数上限を導入し、違法物件を大幅に減らした。バルセロナは今、その10年遅れの段階を、「180日規制」ではなく「2028年全廃」という完全禁止で乗り切ろうとしている。
もうひとつの違いは、バルセロナの住民の怒りの強さだ。京都の民泊問題は「近隣騒音」レベルにとどまったのに対し、バルセロナでは家賃過去10年で68%上昇、平均月1,178ユーロで最低賃金を超過という数字が住民を追い詰めている。2025-2026年には、水鉄砲で観光客を狙う抗議行動("Tourist go home")が国際ニュースになった。今回のディアゴナルとロンダ・サン・ペレの事件を、市が大々的に発表するのは、「市はちゃんと闇市場を潰しに行っている」という住民向けのメッセージでもある。
2028年の全廃期限まで、あと2年半。それまでの間、バルセロナの観光アパート市場は合法物件の枯渇と、闇市場のアービトラージという二重の圧力を受け続ける。日本人旅行者にとっては、合法物件を予約するか、いっそホテルに切り替えるかの判断が、旅行の質を左右する時代になった。













