序論:スペイン政治を覆う「輸入された」極右の言葉
現在のスペイン政界では、極右政党Voxが地方自治州レベルで中道右派の国民党(PP)と連立政権を樹立する事例が相次いでいる。カスティーリャ・イ・レオン州、エストレマドゥーラ州、アラゴン州などで実現したこの協力関係は、単なる権力分担に留まらない。Voxが掲げる政策やイデオロギーが、国民党の政策綱領、ひいてはスペイン全体の政治的言説に深く浸透し始めているのだ。注目すべきは、Voxが推進するこれらのアジェンダの多くが、スペイン固有の文脈から生まれたものではなく、フランス、米国、ハンガリー、アルゼンチンなど、国際的な極右・ポピュリスト運動の「成功事例」を意図的に模倣したものであるという点だ。本稿では、「国民優先」という移民政策から、「胎児の権利」をめぐる文化戦争、そして「規制緩和省」の設置に至るまで、スペイン政治がどのようにグローバルな極右の潮流に飲み込まれつつあるのかを分析する。
「国民優先」から「再移民」まで:移民排斥の国際的潮流
Voxと国民党の連立合意で中心的な柱となっているのが、「国民優先(prioridad nacional)」の原則である。これは、社会福祉や公営住宅などの公共サービスへのアクセスにおいて、自国民を移民よりも優先するという考え方だ。国民党のフェイホー党首はこれを「地域への定着度に応じて支援へのアクセスを整理するだけ」と穏当に表現しようと試みるが、その起源は明らかにフランスにある。1985年、ジャン=マリー・ル・ペン率いる国民戦線(現・国民連合)が「フランス人第一」を掲げ、「国民的優先(préférence nationale)」という概念を打ち出したのが始まりだ。当初は露骨な人種差別的レトリックと結びついていたが、娘のマリーヌ・ル・ペンが党のイメージ刷新を図る中で、より洗練された経済的・社会的公正の言説へと衣替えした。Voxはこの戦略を忠実に借用し、スペイン国内で移民が社会保障制度を悪用しているかのような印象を拡散させ、「国民優先」を正当化している。
さらにVoxは、この概念を一歩進め、「再移民(remigración)」という過激な主張も展開している。これは、移民、あるいはその子孫までも国外へ大規模に送還し、国家の「文化的・民族的純粋性」を保つべきだとする思想で、欧州のネオナチや白人至上主義グループに由来する。Voxの議員は公の場で、不法移民や犯罪を犯した移民、さらには「社会サービスを利用する」移民まで、数百万人の国外追放を提唱している。こうした過激な言説が、かつては政治の周縁にあったものが、国民党との連立によって公的な議論の場に持ち込まれている。政治学者が指摘するように、移民を「脅威」と位置づける枠組みが常態化すると、より強硬な姿勢を示す政党が信頼性を得やすくなる。この議論は単なる選挙戦略に留まらず、「誰が政治的共同体の一員と見なされるべきか」という国家の根幹を揺るがす問いを突きつけているのだ。
文化戦争と国家解体:米国・ラテンアメリカからの輸入品
Voxが輸入するアジェンダは移民問題に限定されない。社会の分断を煽る「文化戦争」の争点も、米国の共和党右派やラテンアメリカの権威主義的指導者の戦術を色濃く反映している。
胎児の「人格」をめぐる中絶論争
国民党所属のイサベル・ディアス・アジュソが率いるマドリード州政府は、「胎児(concebido no nacido)」を家族の一員と認め、妊娠が確認された時点から税制優遇や公的扶助の対象とする法律を制定した。これは、中絶そのものに正面から反対するのではなく、胎児に法的・社会的な「人格(fetal personhood)」を付与することで、間接的に中絶を困難にしようとする米国のプロライフ(生命尊重派)運動の最新戦略である。テキサス州やジョージア州などで導入された、胎児を税金の扶養控除対象とする法律と瓜二つだ。また、かつてVoxがカスティーリャ・イ・レオン州で導入を試みた、中絶希望者に胎児の心音を聞かせることを義務付ける案は、ハンガリーのオルバーン政権やチリの極右政党が推進する政策の直輸入だった。
「規制緩和省」と「小さな政府」の急進主義
エストレマドゥーラ州やアラゴン州などの国民党・Vox連立政権では、「規制緩和・家族担当省」といった奇妙な組み合わせの官庁が新設されている。これは、あらゆる政府規制を経済成長の足かせと見なし、国家機能の解体を目指すリバタリアン(自由至上主義)思想の表れだ。このモデルは、ドナルド・トランプ前米大統領がイーロン・マスクをトップに据えて設置した「政府効率化部門」や、アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領が創設した「規制緩和・国家変革省」にその原型を見ることができる。福祉国家を支える公共サービスや労働者の権利保護、環境規制などを「官僚主義の無駄」として一掃しようとするこの動きは、伝統的な保守主義の「小さな政府」論をはるかに超える急進性を帯びている。
選挙不正の陰謀論
サンチェス政権に対する不信任案や解散総選挙の可能性が取り沙汰されると、国民党とVoxは「選挙不正」の陰謀論を予防的に展開し始めた。特に、フランコ独裁政権下で国外亡命を余儀なくされた人々の末裔に国籍を付与する「民主的記憶法」を悪用し、社会労働党が「250万人の有権者を捏造」しようとしている、という根拠のない非難を繰り返した。これもまた、2020年の米大統領選で敗北を認めず、大規模な不正があったと主張し続けたトランプ氏の戦術そのものである。民主主義の根幹である選挙プロセスの正当性に疑いの目を向けさせることで、たとえ敗北しても自らの支持基盤を固め、政治システムそのものへの不信感を植え付けようとする破壊的な戦略だ。
日本の読者への解説
スペインで起きていることは、対岸の火事ではない。これは、グローバル化された情報空間の中で、政治的アジェンダや戦術が国境を越えていかに迅速に伝播し、一国の政治生態系を根本から変えうるかを示す重要なケーススタディである。日本の読者にとって、いくつかの比較考察が可能だろう。
第一に、穏健保守と極右の関係性である。スペインでは、国民党が政権獲得のためにVoxとの協力を選択した結果、極右の掲げる過激なアジェンダを事実上「主流化」させてしまった。日本では、自民党内に右派的な主張を持つ議員は存在するものの、Voxのような強力な別個の極右政党が連立パートナーとして存在感を増す状況には至っていない。しかし、もし将来的に自民党の勢力が衰え、より右派的な新党との連立を模索せざるを得なくなった場合、スペイン国民党と同様のジレンマに直面する可能性はゼロではない。極右のエネルギーを取り込みつつ、その過激な要求をいかにコントロールするか、あるいは飲み込まれてしまうのか。スペインの現状は、その危うさを教えてくれる。
第二に、政治的争点の「輸入」という現象である。Voxが用いる「文化戦争」のテーマ、例えばジェンダー、移民、中絶などは、米国のQアノンやオルタナ右翼が展開した議論と強く共鳴している。日本でも、インターネットを通じて米国の政治的言説が流入し、国内の特定の政治課題(例えば、夫婦別姓やLGBTQ+の権利など)に対するバックラッシュ(反動)として表れる現象が見られる。スペインの事例は、こうした輸入された争点が、単なるネット上の言説に留まらず、地方自治体の条例や省庁の設置といった具体的な政策レベルにまで到達するプロセスを示している。政治的分断を煽ることを目的とした外部からのイデオロギー流入に対し、社会がどれほどの耐性を持つべきかという課題を突きつける。
最後に、民主主義制度そのものへの攻撃である。選挙の正当性を疑う言説は、政治的対立を「敵か味方か」のゼロサムゲームに変えてしまう。スペインの国民党が、かつての穏健保守政党の姿を捨て、選挙不正の陰謀論に加担し始めたことは、ポピュリズムの圧力がいかに既存政党の行動規範を歪めるかを示している。日本は比較的安定した選挙制度への信頼が保たれているが、政治不信が高まる中で、同様のポピュリスト的戦術が登場しないという保証はない。スペインの政治が直面する挑戦は、民主主義の価値と制度をいかに守るかという、普遍的な問いを我々に投げかけているのである。













