8月12日、スペインで皆既日食が見られる。スペイン本土で皆既日食が観測されるのは1905年以来121年ぶりである。しかも国立地理院(IGN)によれば、これは3年連続で続く日食の一つ目にすぎない。2027年8月2日には南部で二度目の皆既日食があり、2028年1月26日には全土で金環日食が見られる。121年待たされた国に、いきなり3年連続で来る。皆既帯の幅は約290キロメートルで、半島を北西から南東へ斜めに横断する。ラ・コルーニャ、オビエド、レオン、ブルゴス、ソリア、サラゴサ、カステジョン、バレンシア、そしてパルマまで、多くの州都が帯の中に入る。一方でマドリードとバルセロナは帯からわずかに外れ、部分日食にとどまる。ただしこの日食には大きな落とし穴がある。皆既が起きるのは日没の直前で、太陽の高度はラ・コルーニャで12度、ブルゴスで8度、パルマではわずか2度しかない。西の地平線が開けていない場所では、建物や山に隠れて何も見えない。観測地選びは「晴れるかどうか」より前に「西が抜けているかどうか」で決まる。以下、時刻、場所の選び方、安全な観測方法、そして今から準備すべきことを整理する。

121年ぶり、しかも3年連続

スペイン本土で前回皆既日食が観測されたのは1905年8月30日だった。以来121年、この現象は起きていない。皆既日食は地球上のどこかで1年半に一度ほど起きているが、特定の場所に帯が通る頻度は数百年に一度という計算になる。同じ地点で二度見るのは、寿命の問題として難しい。

ところが今回に限っては事情が違う。IGNによれば、スペインでは3年連続で日食が続く。

2026年8月12日 ― 皆既日食。本稿で扱う北部を横断する帯。

2027年8月2日 ― 皆既日食。今度は南部で、帯はジブラルタル海峡を西から東へ横断する。カディス県のほぼ全域、マラガ県の一部、グラナダとアルメリアの最南部が入る。継続時間はカディスで2分54秒、マラガで1分48秒。そして国内で最も長いのはセウタの4分48秒、メリリャが4分34秒である。今回の1分44秒と比べれば、倍以上の長さになる。しかも午前10時45分前後に起きるため太陽高度が高く、観測条件は2026年より明らかによい。マドリードでも食分0.88、つまり85パーセントが欠ける。

2028年1月26日 ― 金環日食。こちらはスペイン全土で観測できる。

つまり皆既を見逃しても翌年にもう一度、条件のよい形で機会がある。ただし帯は北と南でまったく別なので、住んでいる場所によって「今年行くべきか、来年待つべきか」の答えは変わる。北部に住んでいるなら今年、南部なら来年のほうが近くて長い。

皆既帯はどこを通るのか

帯の幅は約290キロメートル。半島の北西から入り、南東へ抜ける。

帯に含まれるのは、ルーゴ、アストゥリアス、レオン、パレンシア、ソリア、ブルゴスの各地域と、サラゴサ、テルエル、カステジョンの一部である。州都で言えば、ラ・コルーニャ、オビエド、レオン、ブルゴス、ソリア、ビルバオ、サラゴサ、カステジョン、バレンシア、そしてマヨルカ島のパルマが帯の中に入る。

逆に、マドリードとバルセロナは帯のすぐ外側になる。極めて近いが、皆既にはならず部分日食で終わる。この差は決定的で、太陽が完全に隠れてコロナが見える皆既と、太陽の一部が欠ける部分日食とは、体験としてまったく別のものになる。99パーセント欠けても、それは皆既ではない。

マドリードやバルセロナに住んでいて本気で見たいなら、当日の移動が必要になる。

時刻と太陽高度 ― ここが最大の落とし穴

IGNが公表している主要地点のデータは以下のとおりである。

ラ・コルーニャ ― 食の始まり19時31分、最大20時28分、皆既の継続76秒、そのときの太陽高度12度。

ブルゴス ― 食の始まり19時33分、最大20時29分、皆既の継続104秒、太陽高度8度。

パルマ ― 食の始まり19時38分、最大20時32分、太陽高度2度。

継続時間は最長でも1分44秒程度で、中心線付近のオビエドからレオンにかけてが最も長い。数分間続く日食を想像していると、あっけなさに驚くことになる。

そして重要なのが太陽高度である。8度というのは、腕をまっすぐ前に伸ばして握りこぶしを作ったとき、こぶしの幅がおよそ10度に相当するので、地平線からこぶし一つ分より低いということだ。パルマの2度に至っては、ほぼ地平線に接している。

これが意味するのは、西側に山、丘、建物、あるいは高い樹木があるだけで太陽が隠れるということである。海岸の西向きの場所、あるいは西に開けた高台でなければ、皆既の瞬間に太陽が見えない可能性がある。

その1分44秒に何が起きるか

部分日食と皆既日食は、体験としてまったく別のものだと書いた。何が違うのかを具体的に書いておく。

太陽が完全に隠れた瞬間、その周囲に真珠色の淡い光が広がる。コロナと呼ばれる太陽の外層大気で、普段は太陽本体の明るさに埋もれて見えない。皆既の間だけ、肉眼で見える。これが皆既日食の中心的な体験であり、99パーセント欠けただけでは絶対に見えないものだ。

皆既に入る直前と出る直後には、月の縁の谷間から最後の光が漏れ、一点だけが強く輝く瞬間がある。ダイヤモンドリングと呼ばれる現象で、写真で見たことのある人も多いだろう。その前後には、月面の凹凸を通った光が数珠のように連なって見えることもある。

視覚以外の変化もある。気温が下がり、風向きが変わることがある。鳥が鳴き止み、ねぐらに帰る行動を見せることが知られている。空が暗くなるため、明るい星や惑星が姿を現す。

ただし今回は太陽高度が10度前後と低い。通常の皆既日食では地平線が360度ぐるりと夕焼けのような色に染まるが、今回は太陽そのものが地平線近くにあるため、その見え方は通常とは異なるものになる。低い高度は観測の難点であると同時に、地平線すれすれに黒い太陽が浮かぶという、めったに撮れない構図でもある。

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観測地の選び方

優先順位は三つある。

第一に、西の視界。前述のとおり、これが決定的である。地図で候補地を決めたら、衛星写真や地形図で西側に遮るものがないかを確認する。西向きの海岸線、西斜面、平野の中の高台が候補になる。

第二に、天候。8月の内陸部は晴天率が高い。ソリア県は空の暗さで認証を受けており、天文観測の適地として知られる。一方でガリシア沿岸は皆既の時間が早く帯の入口にあたる好条件だが、大西洋側は雲のリスクが相対的に高い。

第三に、移動と滞在。帯の中の主要都市には当日、大量の観測者が集まることが予想される。宿泊はすでに埋まり始めている地域があり、当日の道路混雑も想定しておく必要がある。

継続時間を1秒でも長くしたいなら中心線に近い場所、確実に見たいなら西の視界を最優先、という考え方になる。

安全な観測方法

ここは省略できない。太陽を裸眼で見てはいけない。

部分食の間、つまり太陽が少しでも出ている間は、日食観測用の専用グラス(ISO 12312-2規格)が必須である。サングラスは何枚重ねても役に立たない。黒い下敷き、すすを付けたガラス、CD、感光したフィルムといった昔ながらの方法も、いずれも危険である。赤外線を通してしまうため、痛みを感じないまま網膜を損傷しうる。

望遠鏡や双眼鏡、カメラのレンズを通して太陽を見るのは、専用の減光フィルターを装着していない限り、裸眼よりはるかに危険だ。集光された光が一瞬で網膜を焼く。

皆既の間、つまり太陽が完全に隠れているあいだだけは裸眼で見てよい。むしろグラス越しでは何も見えない。ただし皆既が終わる瞬間に太陽の縁が現れるので、そこで即座にグラスを戻す必要がある。今回は継続時間が1分半前後と短いため、この切り替えのタイミングを事前に理解しておくことが重要になる。IGNは観測時の注意をまとめた資料を公開している。

今から準備すること

10日前の時点でやっておくべきことを挙げる。

観測用グラスの入手を最優先にしたい。直前になると品薄になる可能性が高い。ISO 12312-2の表記があるものを選ぶ。

観測地の下見ができるなら、同じ時刻に現地に立って西の空を確認しておくのが最も確実である。8月12日の20時30分ごろに太陽がどの方角のどの高さにあるかは、数日前の同時刻とほとんど変わらない。

宿泊を伴う移動を考えているなら、確保は早いほうがよい。帯の中の宿は埋まりつつある。

なお現在スペインは山火事の警戒が続いており、内陸部では入山規制がかかっている地域がある。観測地として山間部を検討する場合は、当日の規制状況を必ず確認してほしい。

日本の読者への解説

日本から見に行く価値があるかという問いには、条件付きで「ある」と答えられる。

日本で次に皆既日食が見られるのは2035年9月2日である。国立天文台によれば、帯は能登半島から関東北部にかけて延び、富山、長野、前橋、宇都宮、水戸などが入る。本州で皆既日食が見られるのは1887年8月19日以来148年ぶりになる。つまり今回のスペインを逃しても、9年後に国内で見る機会はある。

ただし今回のスペインには、皆既帯が主要都市を多数含んでいるという利点がある。空港からのアクセスがよく、都市機能がある場所で見られるという条件は、皆既日食としては恵まれている。日食遠征では船をチャーターしたり僻地へ向かったりすることも珍しくない。

一方で難点もはっきりしている。太陽高度が最大でも12度しかないため、西の視界という条件が厳しい。継続時間も1分半前後と短い。天候に恵まれなければ何も見えずに終わる可能性があり、これは日食遠征に常につきまとうリスクである。

渡航を検討する場合、現在スペインをめぐっては別の要素もある。セウタでの大量越境を受けて、イタリアがスペインとのシェンゲン域内移動を一時的に制限すると発表しており、欧州域内を周遊する行程を組む場合は各国の措置を確認しておく必要がある。

本稿の時刻と数値はIGNの公表値に基づく。観測地ごとの正確な時刻は、IGNが提供する地点別のデータで確認してほしい。

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