はじめに:スーパーヒーロー「フェイホーマン」の救国宣言

スペインの最大野党・国民党(PP)を率いるアルベルト・ヌニェス・フェイホー氏は、来るべき総選挙での勝利を既定路線とみなし、政権獲得後のビジョンを語った。しかしその内容は、単なる政策転換の予告ではなかった。「我々が行うのは、単なる政権交代ではない。国家の徹底的な大掃除だ」。彼はさらに、サンチェス現政権から引き継ぐ国家を「瓦礫の山」と表現し、自らに課せられる任務を、フランコ独裁政権が終焉し民主化へと移行した時代のアドルフォ・スアレス初代首相の仕事になぞらえた。まるで、悪のサンチェス主義に破壊された国家を救うスーパーヒーロー「フェイホーマン」の登場を宣言するかのような、極めて大仰なレトリックである。しかし、この「破綻国家」という彼の認識は、客観的なデータと著しく乖離している。本稿では、この終末論的な言説がなぜスペイン政界で力を持つのか、その背景にある思想的潮流と政治力学を掘り下げ、日本の読者に向けてその意味を解説する。

経済的現実と政治的言説の乖離

フェイホー氏が描く「瓦礫の山」としてのスペイン像は、現実の経済状況とは相容れない。現在のスペイン経済は、欧州の主要国の中で最も高い成長率を維持している。ウクライナ侵攻後のエネルギー価格高騰も、いわゆる「イベリア例外」と呼ばれる独自の価格抑制策によって巧みにコントロールし、インフレを比較的低位に抑え込んできた。雇用面では、社会保障加入者数が史上初めて2200万人を突破するなど、歴史的な好況にある。政府系の社会調査センター(CIS)が実施した世論調査でも、国民の68%が自らの経済状況を「良い」または「とても良い」と回答している。もちろん、住宅価格の高騰など、国民生活を圧迫する深刻な問題は存在する。しかし、国全体が「再建」を必要とするほどの「瓦礫の山」であるという主張は、明らかに誇張と言わざるを得ない。

野党が政権の経済政策を批判するのは当然の政治活動である。しかし、フェイホー氏の言葉は単なる批判の域を超え、国家そのものが崩壊寸前であるかのような印象を与える。この背景には、極右政党Voxとの競合がある。Voxのサンティアゴ・アバスカル党首は、サンチェス政権を「過去80年で最悪の政府」と断じ、フランコ独裁政権よりも劣っていると示唆した。フェイホー氏は、Voxに流れる右派票を取り戻すため、同様の過激な言葉を選ばざるを得なくなっている。しかし、この戦略は極右の言説を主流派のそれに格上げし、政治全体の健全性を損なう危険な賭けでもある。ラテンアメリカの深刻な経済・治安危機に瀕した国々で見られるような、救世主的な指導者を待望するメシアニズム的言説が、欧州の一国で公然と語られているのである。

「常に怒れるスペイン」―右派知識人の思想的背景

こうした破局的な国家観は、政治家だけのものではない。スペインの右派知識人や言論界の一部には、常に自国を悲観的に捉え、その衰退を嘆く思想的潮流が存在する。その象徴的な出来事が、著名なコラムニストであるアルカディ・エスパーダ氏が起こした一件だ。彼は、スペインが優勝したサッカー・ワールドカップの決勝戦後、誤って事前に用意していた「スペイン敗退」を前提としたコラムを掲載してしまった。その内容は、「失望の大きさ」を嘆き、スペイン社会が「卓越性への不信」に満ちていると断じるものだった。さらに、移民二世など多様なルーツを持つ選手で構成された代表チームを「融合なき混血は、単なる並置に過ぎない」と批判し、国家の質の低下を憂いていた。

この一件は、単なる編集ミス以上に、現実がどうであれ「スペインはダメになっているはずだ」という結論ありきの世界観を露呈した。この思想の根底には、サンチェス左派連立政権が進める社会政策(ジェンダー平等、歴史認識の見直しなど)や、カタルーニャ独立派との対話姿勢が、スペインという国家の伝統的な価値観や統一性を破壊しているという強い危機感がある。彼らにとって、サンチェス政権は単なる政治的対立相手ではなく、国家の正統性を揺るがす「敵」なのである。フェイホー氏の「大掃除」という言葉は、このような思想的潮流に共鳴し、政権を獲った暁には、サンチェス政権が導入した政策や人事を根こそぎ覆すという強い意志の表れと解釈できる。

対立を煽る与党と「ゴドウィンの法則」

一方で、過激なレトリックは野党の専売特許ではない。サンチェス首相率いる社会労働党(PSOE)側もまた、対立を先鋭化させる言説を多用している。最近では、ディアナ・モラント科学・イノベーション・大学大臣が、将来のPPとVoxによる連立政権の可能性について、「ヒトラーのような犯罪的政権にますます似てきている」と発言し、大きな波紋を呼んだ。これは、インターネット上の議論で、議論が長引くとヒトラーやナチスとの比較が必ず現れるという経験則「ゴドウィンの法則」を地で行くものだ。このような安易な比喩は、歴史の悲劇を矮小化するだけでなく、相手を「絶対悪」と断定することで、あらゆる対話の可能性を閉ざしてしまう。

2023年の総選挙で、サンチェス政権は「右派・極右政権の誕生を阻止する」というスローガンを掲げ、かろうじて政権を維持することに成功した。恐怖を煽る戦略はある程度の効果を発揮したが、その結果生まれた議会の勢力図は極めて不安定で、政権運営を困難にしている。有権者は、敵の邪悪さを訴えるだけの言説にはいずれ飽き、自らの生活を向上させる具体的な政策を求める。与野党双方が「国が滅びる」といった終末論的な警告を応酬する現状は、スペインの民主主義が成熟した議論よりも、感情的な動員に依存する段階に陥っていることを示している。

日本の読者への解説

スペインで繰り広げられる終末論的な政治言説は、日本の読者にとっていくつかの重要な視点を提供する。第一に、政治的二極化の深刻さである。日本の政界にも与野党の対立はあるが、相手を国家の正統性を破壊する「敵」と見なし、「大掃除」を公言するようなレベルに達することは稀だ。スペインの分断は、フランコ独裁という20世紀の暗い記憶と、今なお燻るカタルーニャなどの地域ナショナリズム問題という、歴史的・構造的な要因に根差している。政治的言説の過激化は、こうした社会の亀裂を反映しているのだ。

第二に、経済的現実と政治的物語の乖離という現象である。マクロ経済指標が好調であるにもかかわらず、「国家は破綻している」という物語が一定の支持を得る。これは、経済成長の恩恵が国民全体に行き渡っていないことの証左でもある。住宅問題や若者の不安定雇用といった個々人の不安が、国家全体への悲観論へと転化されやすい土壌がある。これは、経済指標と生活実感の乖離が指摘される日本社会にとっても他人事ではない。人々が何を「リアル」と感じるかは、客観的データだけでなく、政治が提示する物語によっても大きく左右される。

最後に、極右政党の台頭が主流派政党に与える影響である。Voxの出現により、中道右派であるはずの国民党がその言説を先鋭化させざるを得なくなっている。これは、欧米各国で共通して見られる現象であり、ポピュリズムや排外主義的な言説がいかにして政治のメインストリームに浸透していくかを示すケーススタディとなる。政策論争が消え、相手を悪魔化する言葉だけが飛び交う政治は、最終的に民主主義そのものの基盤を蝕む。スペインの現状は、健全な政治的言論空間をいかに維持するかという、すべての民主主義国家に共通する課題を突きつけている。

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