セウタでの停滞:希望と絶望が交錯する日々
アフリカ大陸の北端、モロッコに隣接するスペインの飛び地セウタ。ここは欧州を目指す多くの人々にとって、希望の地であると同時に、絶望的な待機を強いる場所でもある。現在、この街には2023年4月に勃発した内戦から逃れてきた数百人ものスーダン人が、難民認定を待って滞留している。彼らは命がけでサハラ砂漠を越え、いくつもの国境を抜け、ついにスペイン領土、すなわちEUの域内へと足を踏み入れた。しかし、その先にあるのは、安定した生活ではなく、「待つ」ことだけが支配する不確かな日々だ。
元弁護士のモハメド・ハッサン氏は、難民申請に関する書類の束を手に、行政手続きのために街を奔走する。国際法を学んだ彼でさえ、スペインの官僚主義の壁は厚い。ダルフール出身のモハメド・サード氏は、セウタ到着後19日間も海岸で野宿した後、ようやくNGOが運営する一時滞在施設に入ることができた。そこで彼は、生まれて初めてスペイン語の授業を受け、ノートに覚えたての単語を書き留める。「Mira, mira: hoy es sábado(見て、見て。今日は土曜日だ)」と、彼は拙いスペイン語で取材記者に語る。その表情には、わずかな希望と、故郷に残してきた家族への深い憂いが入り混じる。彼のように、多くのスーダン人がスペイン語を学び、社会に溶け込もうと努力しているが、彼らの法的地位は依然として不安定なままだ。
彼らの日常は「待機」という一言に集約される。難民申請の第一歩である面接の予約を待ち、面接を終えれば次の呼び出しを待ち、そして最終的な決定が下されるのを、またひたすら待つ。その間、彼らは一時滞在施設で寝食を確保できるが、就労は許可されず、社会から隔絶された状態に置かれる。セウタからスペイン本土への移動も厳しく制限されており、彼らは事実上、この小さな飛び地に閉じ込められているのである。
スーダンからセウタへ:死と隣り合わせの旅路
彼らがなぜ、これほどの苦難に耐えてまでセウタを目指したのか。その理由は、故郷スーダンの惨状にある。2023年4月以来、国軍と準軍事組織「即応支援部隊(RSF)」との間で続く戦闘は、首都ハルツームをはじめ国土の広範囲を破壊し、数えきれないほどの市民の命を奪った。ある若者は「La guerra nos está matando(戦争が我々を殺している)」と端的に語る。彼らにとって、国外への脱出は生き残るための唯一の選択肢だったのだ。
その道のりは想像を絶する。ダルフール出身のアブドゥル・ジャバール氏は、スーダン、チャド、ニジェール、アルジェリア、そしてモロッコというルートを辿った。サハラ砂漠を徒歩で横断する際には、水も食料も尽きかけ、多くの仲間が命を落とすのを目撃したという。リビアやアルジェリアでは、武装勢力や悪質な斡旋業者による搾取や暴力に晒されることも日常茶飯事だ。モロッコに辿り着いても、警察の厳しい取り締まりを逃れながら、建設現場や洗車場での日雇い労働で糊口をしのぎ、セウタ越境の機会を窺う。
最終関門であるセウタへの越境は、文字通り命がけだ。高さ数メートルの国境フェンスを乗り越えようとする者、夜陰に紛れて海を泳いで渡ろうとする者。モロッコとの国境沿いの山岳地帯は特に危険で、「あの辺りは死体だらけだ」と証言する者もいる。滑落して重傷を負ったり、命を落としたりする者が後を絶たない。それでも彼らは、安全な場所を求めて、この最後のフロンティアに挑み続けるのである。
境界都市セウタ:EU移民政策の実験場
セウタ(およびメリリャ)が抱える問題は、単なる一都市のキャパシティの問題ではない。それは、スペイン、そしてEU全体の移民・難民政策の矛盾が凝縮された場所である。地理的にアフリカ大陸に位置するEU領土という特殊性から、セウタは長年にわたり、非正規移民・難民流入の最前線となってきた。
スペイン政府の対応は、常に二つの側面を持っている。一つは、国際法と人道主義に基づき、庇護申請の権利を保障するという建前。一度スペイン領土に入れば、誰でも難民申請を行う権利がある。しかし、もう一つの側面として、流入を抑制するための厳しい管理体制がある。その最も象徴的なものが、意図的とも思える行政手続きの遅延だ。申請プロセスを長期化させ、希望者をセウタに滞留させることで、新たな流入者に対する事実上の「抑止力」として機能させている。これは、難民を追い返す「プッシュバック」という違法行為を避けつつ、実質的に同様の効果を狙った「ソフトな壁」と言えるだろう。
さらに、この問題にはモロッコとの複雑な外交関係が絡んでいる。スペインはモロッコに多額の経済支援を行う見返りに、国境管理の協力を得ている。しかし、モロッコは時にこの「移民カード」を外交上の切り札として利用する。スペインとの関係が悪化すると、国境警備を意図的に緩め、数千人規模の移民をセウタに流入させることで、スペインとEUに圧力をかけるのだ。セウタに滞留するスーダン人たちは、こうした大国間のパワーゲームの狭間で、自らの運命を翻弄されている存在でもある。
日本の読者への解説
スペインの飛び地セウタで起きているスーダン難民の問題は、遠いヨーロッパの話だと片付けられるものではない。日本の難民政策や社会のあり方を考える上で、重要な示唆を与えてくれる。
第一に、地理的条件の違いがもたらす課題の質の違いである。日本は四方を海に囲まれた島国であり、難民の多くは空港から正規の査証で入国し、庇護を申請する。一方、スペインはアフリカ大陸と物理的に接しており、日々、陸路や海路で庇護希望者が押し寄せる。このため、スペインでは国境管理と人道支援のバランスをどう取るかという、極めて物理的かつ政治的な緊張関係が常に存在する。日本の難民問題の議論が、主に法制度や認定率に集中するのとは対照的であり、この違いを理解することが、欧州の苦悩を正確に把握する第一歩となる。
第二に、「庇護へのアクセス」という概念の重要性だ。日本は難民認定率の低さが国際的に批判されているが、スペインの事例は、たとえ庇護申請の門戸が開かれていても、その後のプロセスが意図的に滞らせることで、実質的に人々を法的・社会的な limbo(宙吊り状態)に置くことが可能であることを示している。セウタでの「終わらない待機」は、申請者を心身ともに疲弊させ、尊厳を奪う。これは、制度の入り口だけでなく、プロセス全体の迅速性、透明性、そして人道性が確保されなければ、庇護制度そのものが形骸化しかねないという教訓を我々に与える。
最後に、この問題は、紛争や貧困といった根本原因から目を背けては解決しないことを突きつけている。スーダン人が命がけでセウタを目指すのは、彼らの故郷が戦争によって破壊されたからに他ならない。日本を含む先進国は、人道支援や難民受け入れといった対症療法だけでなく、紛争解決や開発支援といった根本原因への取り組みに、より一層の責任を負っている。セウタの海岸でスペイン語を学ぶ一人の青年の姿は、国際社会が共有すべき責任の重さを、静かに、しかし雄弁に物語っているのである。













