快挙の裏にある不協和音

2026年ワールドカップ、スペイン代表は多くの下馬評を覆し、決勝の舞台へと駒を進めた。国中が歓喜に沸く一方で、スペイン国内のスポーツメディアからは奇妙な論調が聞こえてくる。それは、チームを歴史的な成功に導いた監督、ルイス・デ・ラ・フエンテに対する、手放しとは言えない賞賛、あるいは懐疑的な視線である。決勝進出という最高の結果を出しながら、なぜ指導者は正当な評価を得られずにいるのか。この現象は、スペインサッカー界が抱える根深い構造的問題と、偉大すぎた過去の栄光との葛藤を浮き彫りにしている。

「凡庸な後継者」というレッテル

デ・ラ・フエンテ監督の評価を理解するには、彼の就任経緯まで遡る必要がある。2022年カタールW杯で、スペインはルイス・エンリケ監督の下、ボールポゼッションを極端に重視するスタイルで臨んだが、決勝トーナメント1回戦でモロッコにPK戦の末敗退。この結果を受け、エンリケは退任し、後任として白羽の矢が立ったのが、長年スペインサッカー連盟(RFEF)でU-19やU-21などの育成年代を率いてきたデ・ラ・フエンテだった。

この人選は、多くのメディアやファンから「内向き」「無難すぎる選択」と見なされた。前任のエンリケが、現役時代の実績もさることながら、歯に衣着せぬ言動と強烈なカリスマ性で常にメディアの注目を集めるスター監督だったのとは対照的に、デ・ラ・フエンテは実直で物静かな職人タイプの指導者だ。その地味なイメージは、彼がU-21欧州選手権優勝や東京五輪銀メダルといった確かな実績を持っているという事実を覆い隠してしまった。メディアは彼を「連盟の言いなりになる人物」「エンリケほどの哲学も魅力もない」と評し、就任当初から懐疑的な目が向けられ続けた。2023年のUEFAネーションズリーグ優勝というタイトルでさえ、その評価を完全に覆すには至らなかったのである。

「ティキタカ」の呪縛からの解放と新世代の躍動

デ・ラ・フエンテ監督の最大の功績は、スペイン代表を「ティキタカの呪縛」から戦術的に解放したことにある。2008年から2012年にかけて欧州と世界を席巻した黄金時代のプレースタイルは、スペインサッカーの代名詞であると同時に、後任の監督たちを苦しめる重荷でもあった。ボールを保持すること自体が目的化し、攻撃が停滞する悪循環は、近年の主要大会でスペインが勝ちきれない大きな要因となっていた。

デ・ラ・フエンテは、ポゼッションを志向しつつも、より縦に速く、ダイレクトな攻撃をチームに植え付けた。その象徴が、ラミン・ヤマル(FCバルセロナ)やニコ・ウィリアムズ(アスレティック・ビルバオ)といった若きウインガーの積極的な起用である。彼らの爆発的なスピードとドリブル突破は、これまでのスペイン代表に欠けていた決定的な「個の力」をもたらした。中盤ではロドリ(マンチェスター・シティ)が攻守の舵を取り、ペドリ(FCバルセロナ)が創造性を加える。特定の戦術思想に固執するのではなく、選手の能力を最大限に引き出す柔軟なアプローチこそが、今大会の快進撃の原動力だ。しかし、この戦術的転換でさえ、一部の評論家からは「スペインの伝統を捨てた」「美しくないサッカー」と批判的に見られることがある。偉大な成功体験は、時に変化を受け入れることを困難にさせるのだ。

クラブ主義が代表チームの評価を歪める構造

スペイン代表監督への評価が複雑化するもう一つの要因は、レアル・マドリードとFCバルセロナという二大クラブを中心とした、国内の極端な「クラブ主義」にある。スペインのスポーツメディアは明確に色分けされており、マドリード寄りの『マルカ』や『アス』、バルセロナ寄りの『スポルト』や『ムンド・デポルティーボ』が存在する。彼らの報道は、常に自らが支持するクラブの選手の視点から代表チームを論じる傾向が強い。

例えば、監督がバルセロナの選手を多く選べばマドリード系メディアが批判し、その逆もまた然りである。デ・ラ・フエンテ監督は、特定のクラブに偏らないバランスの取れた選手選考を心掛けているが、それが逆にどちらの陣営からも熱狂的な支持を得られない状況を生み出している。ジャーナリストのロベルト・ゴメス氏が「世界最高のチームが、それに値する評価を受けていない」と嘆く背景には、こうしたメディアの構造がある。代表チームの成功という一つの事実でさえ、クラブというプリズムを通して見られることで、その価値が歪められてしまうのがスペインサッカーの現実なのである。

日本の読者への解説

スペイン代表の現状は、日本のサッカーファンにとっても多くの示唆に富んでいる。第一に、指導者選任の哲学の違いである。日本代表が森保一監督の後、再び外国人指導者の招聘に舵を切る可能性が議論される中、スペインは育成年代から内部昇格させた指導者でW杯決勝という結果を出した。これは、代表チームの強化において、トップチームだけでなく育成年代から一貫した哲学を共有し、長期的な視点で指導者を育成する「システム」の重要性を示している。スター監督を外から招聘するだけでなく、自国のサッカーを熟知した内部の指導者を信頼し、抜擢する勇気もまた、成功への一つの道筋であることをデ・ラ・フエンテの例は教えてくれる。

第二に、世代交代の難しさである。かつての本田圭佑や香川真司らを中心とした世代からの移行に日本が苦労したように、スペインもまたシャビ、イニエスタらが築いた黄金時代の巨大な影と戦ってきた。デ・ラ・フエンテ監督は、過去の成功体験である「ティキタカ」に固執せず、ラミン・ヤマルのような10代の才能を大胆に抜擢し、チームのスタイルを進化させることで新時代を切り開いた。過去の成功モデルを尊重しつつも、それに囚われることなく、現在の選手たちの特性に合わせて変化していく柔軟性こそ、代表チームが継続的に強さを保つための鍵となるだろう。

最後に、メディアとファンの成熟度が問われる点だ。スペインのような極端なクラブ主義は日本にはないが、代表チームに対する批判が時に感情的になり、監督や特定の選手への過度なプレッシャーとなる点は共通している。結果が出ているにもかかわらず、スタイルや出自を理由に指導者の評価が定まらないスペインの状況は、我々が代表チームの成功をいかに純粋に評価し、サポートしていくべきかを考える良い材料となるだろう。

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