舞台を祭壇に変えた振付家の遺産
スペイン南部、アンダルシアの古都グラナダ。夏の夜、アルハンブラ宮殿のヘネラリフェ庭園に設置された野外劇場に、ラヴェルの執拗な旋律が響き渡る。舞台中央には、真紅の円卓。その上で一人のソリストが踊り始めると、周囲を囲むダンサーたちが呼応し、空間の熱量は次第に高まっていく。これは単なるバレエ公演ではない。20世紀の舞踊史を根底から覆した、モーリス・ベジャール振付『ボレロ』という名の「儀式」の再演である。ベジャール・バレエ・ローザンヌによるこの上演は、ベジャールが舞踊に込めた思想、すなわち身体を通じた人間の根源的なエネルギーの解放というテーマが、今なおいかに強力な磁力を放っているかを雄弁に物語っていた。
1927年にマルセイユで生まれたモーリス・ベジャールは、単なる振付家の枠に収まる人物ではなかった。彼は哲学者であり、思想家であり、舞台という空間を用いて人間存在の神秘を探求した演出家だった。彼が活動を本格化させた20世紀半ば、バレエの世界は依然として女性バレリーナが中心であり、男性ダンサーの役割は、技術的に優れていても、あくまで女性を支え、引き立てる「パートナー」に限定されがちだった。ベジャールはこの構造に異を唱え、男性の身体が持つ力強さ、躍動、そして官能性を舞台の前面に押し出した。彼の作品において、男性ダンサーはもはや「王子様」や「従者」ではなく、神話の神々や英雄、あるいは剥き出しの感情を持つ一個の人間として、自らの肉体で物語を語る存在となったのである。
その革命の象徴ともいえるのが、1961年にブリュッセルで初演された『ボレロ』だ。ラヴェルの有名な楽曲は、同じフレーズが楽器を変えながら延々と繰り返され、クライマックスへと突き進む。ベジャールはこの音楽構造を完璧に視覚化した。円卓の上で踊る一人のソリストを「メロディ」、その周りを椅子に座り、次第に立ち上がって呼応する集団を「リズム」と定義。ソリストは当初、女性(ドゥシュカ・シフニオス)が務めたが、後には男性(最も有名なのはジョルジュ・ドン)も踊るようになり、その両性具有的な魅力は作品にさらなる深みを与えた。この作品は、個と集団、理性と本能、聖と俗といった二項対立が、15分間のうちに螺旋状に高まり、最後には爆発的なカタルシスに至るという、一種のトランス状態を観客と共有する儀式なのである。
グラナダで継承されるベジャールの精神
今回のグラナダ国際音楽舞踊祭でのリハーサル風景は、この作品がいかにして「生きた遺産」として継承されているかを浮き彫りにする。芸術監督のジュリアン・ファヴローは、振付は数学のように厳密に定められていると語る。しかし、彼はダンサーたちに過去の名演者の「コピー」を求めない。振付を完全に自らの身体に刻み込んだ上で、ダンサー自身の内面から滲み出る何かを表現することを求めるのだ。作品が持つ圧倒的なパワーと身体的な要求の高さゆえに、ダンサーは最終的に自分自身の何かを捧げざるを得なくなる。だからこそ、マヤ・プリセツカヤ、シルヴィ・ギエム、ジョルジュ・ドンといった伝説的なダンサーたちがそれぞれに異なる『ボレロ』を創造し得たのであり、現代の若いダンサーたちもまた、新たな解釈を生み出し続けている。
舞台となるヘネラリフェ庭園は、ムーア様式の繊細な建築と豊かな緑に囲まれ、それ自体が神秘的な雰囲気を纏っている。その中で行われるリハーサルは、太陽の光を浴びながら、ダンサーたちが神話の世界に入り込んでいくかのようだ。記事で紹介されている『ディオニュソス』の主役を踊るオスカル・エドゥアルド・チャコンの姿は、まさにベジャールが目指したダンサー像を体現している。重力を感じさせない跳躍、情熱的な動き。それは単なる技術の披露ではない。ギリシャ神話の酒と狂乱の神、ディオニュソスが持つ、人間の理性を超えた生命力そのものを表現しようとする試みである。ベジャール作品の根底には、こうした神話や哲学への深い洞察があり、それが単なる一過性の流行に終わらない普遍性をもたらしている。
男性ダンサーの解放という革命
ベジャールが舞踊界に与えた最も大きな影響の一つは、男性ダンサーの地位向上と表現の解放だろう。ファヴロー監督が「ベジャールを見て、ようやく男性が舞台に上がって自己表現できると思った」と語るように、彼の登場は画期的だった。男性が男性と組んで踊り、力強く、時には荒々しいエネルギーをぶつけ合う。それは、それまでのバレエの美学からは逸脱するものであったかもしれないが、多くの若い男性ダンサーたちを惹きつけた。
ベジャール・バレエ・ローザンヌが、バレエ団としては珍しく男性ダンサーの比率が高いという事実は、この歴史的背景を物語っている。彼らはもはやバレリーナを持ち上げるための存在ではなく、一人一人が独立した表現者として舞台に立つ。ベジャールは男性ダンサーに、クラシック・バレエのレパートリーには見られない、独自の力強いステップと語るべき身体言語を与えた。これは、ジェンダーロールが固定化されがちだった舞台芸術の世界において、静かだが決定的な革命だったと言える。この革命があったからこそ、今日のバレエ界では、ルドルフ・ヌレエフやミハイル・バリシニコフといったスターの登場を経て、男性ダンサーが女性と対等、あるいはそれ以上の存在感を示すことが当たり前になったのである。
なぜベジャールの『ボレロ』は不滅なのか
ラヴェルの『ボレロ』を題材にした舞踊作品は数多く存在する。しかし、60年以上を経た今も、ベジャール版を超えるほどのインパクトを持つ作品は現れていない。その理由はどこにあるのだろうか。一つは、前述の通り、音楽の構造を完璧に捉えきったコンセプトの力強さだ。ミニマルな反復が生み出す陶酔と興奮を、これほどまでに視覚的に、そして身体的に表現しきった振付は他にない。
しかし、それだけではない。この作品が不滅である理由は、それが単なる「振付」ではなく、人間の集合的無意識に訴えかける「儀式」の構造を持っているからだろう。舞台中央の円卓は祭壇であり、ソリストは神に捧げられる生贄のようでもあり、また神そのもののようでもある。周囲のダンサーたちは、儀式に参加する信者であり、共同体の象徴だ。音楽が高まるにつれて、個人のエネルギーは集団のエネルギーに吸収・増幅され、劇場全体が一体となるような感覚を生み出す。この原始的ともいえる体験は、時代や文化を超えて人々の心を捉える。伝説のバレリーナ、シルヴィ・ギエムが自らの引退公演の演目にこの作品を選んだことは、その絶対的な地位を象徴している。
ベジャール・バレエ団は、創設者の作品のみを上演しながらも、「博物館」になることを拒否している。ベジャール自身が常に若いダンサーとの仕事を求めたように、カンパニーは新しい世代の身体と感性を通して、作品に新たな生命を吹き込み続けている。振付がダンサーを輝かせ、ダンサーが振付をさらに高める。この相互作用こそが、ベジャールの遺産を未来へと繋ぐ原動力なのである。
日本の読者への解説
モーリス・ベジャールの作品が、日本の観客にとって特別な意味を持つのは、彼が日本文化から深い影響を受けていたという事実と無関係ではない。ベジャールは三島由紀夫と親交を結び、能や歌舞伎といった日本の伝統芸能の様式美や精神性に強く惹かれていた。その成果は、東京バレエ団のために振り付けた『ザ・カブキ』(1986年)に結実している。彼の作品に見られる、ミニマルな舞台装置、様式化された動き、そして静寂と緊張感が織りなす「間」の感覚は、日本の伝統的な美意識と通底するものがある。ベジャールの『ボレロ』が持つ儀式性や、中心に向かってエネルギーが収斂していく構造は、どこか日本の祭祀や武道の型にも似た求心的な力を感じさせる。
また、ベジャールが西洋バレエにもたらした革命は、日本の戦後の舞台芸術、特に土方巽や大野一雄らが創始した「舞踏(Butoh)」の動向と比較すると興味深い。舞踏が、西洋的な美の規範から逸脱し、日本人の身体性や土着的な感性を探求することで独自の表現を切り開いたように、ベジャールもまた、クラシック・バレエの硬直化した形式を打破し、より根源的で普遍的な人間の姿を舞台に描き出そうとした。両者は異なる文脈から出発しながらも、既存の権威に挑戦し、身体表現の新たな地平を切り開いたという点で、時代精神を共有していたと言えるだろう。
一人の天才振付家のレパートリーを継承していくバレエ団のあり方は、日本における家元制度や流派の継承とも比較できる。いかにして創始者の精神を損なうことなく、現代の観客に響く形で作品を上演し続けるか。それは、伝統と革新の間で常に揺れ動く、舞台芸術の永遠の課題である。ベジャールの『ボレロ』が今なおグラナダの夜を熱狂させるという事実は、真に偉大な芸術が、特定の時代や様式を超えて、人間の魂に直接語りかける力を持っていることの何よりの証明なのである。













