スペイン大手紙が投げかけた「防災格差」という視点

スペインの主要日刊紙エル・パイスが、「日本は犠牲者なく揺れ、ベネズエラは崩壊する。その違いは予防と資金力だ」と題した分析記事を掲載した。この記事は、自然災害への備えという世界共通の課題に対し、国家の経済力、ガバナンス、そして社会文化がいかに決定的な影響を及ぼすかを浮き彫りにしている。記事は、世界で最も地震活動が活発な国の一つである日本が、いかにして巨大地震の脅威と共存しているかを詳述。緊急地震速報システム、世界で最も厳しい耐震基準、そして幼少期から徹底される避難訓練といった「予防文化」が社会の隅々にまで浸透している点を高く評価した。一方で、深刻な経済危機と政治的混乱が続くベネズエラでは、基本的なインフラさえ維持できず、比較的小規模な自然現象でさえ大惨事につながりかねない脆弱性を指摘した。この両極端な事例の比較を通じて、同紙が読者に伝えたかったのは、災害による被害の大きさは天災そのものの規模だけでなく、それに備える人間社会の「準備の質」によって決まるという、厳然たる事実である。これは単なる日本称賛の記事ではなく、他の国々、とりわけスペイン自身が自国の防災体制を省みるための材料を提供するものであった。

スペイン自身の地震リスクと備えの実情

エル・パイス紙が日本の事例を引く背景には、スペイン自身が決して地震と無縁ではないという現実がある。スペインはアフリカプレートとユーラシアプレートの境界近くに位置しており、特に南部と南東部のアンダルシア州、ムルシア州、バレンシア州アリカンテ県は、国内で最も地震リスクが高い地域として知られている。歴史的にも、1755年のリスボン地震はスペイン南西部に甚大な津波被害をもたらし、近代においても記憶に新しいのが2011年のロルカ地震である。

マグニチュード5.1と、日本の基準では中規模ながら、この地震はムルシア州ロルカ市に死者9名、負傷者300名以上、そして建物の80%以上に損壊という深刻な被害をもたらした。専門家の分析によれば、被害が拡大した主な原因は、震源が浅く市街地の直下であったことに加え、多くの建物、特に古い集合住宅の耐震性が著しく低かったためであった。この悲劇は、スペインの建築基準「Norma de Construcción Sismorresistente(耐震建築基準)」の存在にもかかわらず、その基準が適用されていない旧市街の脆弱性を露呈させた。ロルカの教訓以降、耐震基準の見直しや既存建物の補強に関する議論は活発化したが、膨大な数の旧建築物をすべて改修するには莫大なコストと時間がかかり、対策は道半ばである。日本の事例が「理想」として語られるとき、スペインの専門家や行政官の脳裏には、このロルカの現実が重くのしかかっているのである。

「予防文化」の醸成における課題

エル・パイス紙が日本の強みとして挙げた「準備の文化」は、スペイン社会が直面するもう一つの大きな課題を映し出している。日本では、9月1日の「防災の日」を中心に、学校や地域、職場で定期的に避難訓練が行われ、災害への備えが日常生活の一部となっている。一方、スペインにおいて、地震を想定した全国規模の統一された避難訓練や国民的な啓発キャンペーンは、日本ほど定着しているとは言い難い。

もちろん、スペインにも「Protección Civil(市民保護局)」という災害対策を担う組織が存在し、地方自治体レベルでのハザードマップ作成や緊急時対応計画の策定は進められている。しかし、国民一人ひとりの防災意識という点では、大きな隔たりがあるのが実情だ。地震が頻繁に発生しないため、多くの市民にとって「遠いリスク」と捉えられがちなのである。むしろ、スペインで近年社会的な関心が高い自然災害は、夏に頻発する大規模な森林火災や、地中海沿岸部を襲う集中豪雨「ゴタ・フリア」、あるいは2021年にラ・パルマ島で発生した火山噴火などである。これらの災害に対しては、軍の緊急対応部隊(UME)が出動するなど、国を挙げた対応体制が機能している。しかし、突発的で予測が困難な地震に対して、社会全体で常に備えるという文化をいかに根付かせるかは、今後の重要な政策課題と言えるだろう。

日本の読者への解説

スペインの主要メディアが日本の防災体制を理想的なモデルとして取り上げるという事実は、日本の読者にとって誇らしく感じられるかもしれない。しかし、この記事は我々に自己満足ではなく、自己を客観視する機会を与えてくれる。外国からの称賛は、時として国内の課題や綻びを見えにくくするからだ。2024年の能登半島地震が示したように、日本の「世界最高水準」の備えですら、過疎化・高齢化が進む地域での対応の難しさや、インフラの老朽化といった新たな課題の前では万能ではなかった。

スペインと日本の防災体制を比較すると、興味深い構造的差異が見えてくる。スペインでは、ロルカ地震や火山噴火の際に軍の緊急対応部隊(UME)が迅速に展開し、中央集権的な指揮系統の下で救助・復旧活動の中核を担う。これは、災害対応における軍の役割が限定的な日本とは対照的である。一方で、地域コミュニティの役割や住民の自助・共助の意識は、長年の経験の蓄積がある日本の方が遥かに強いと言えるだろう。エル・パイス紙が指摘した「資金力」も、単なる国の豊かさだけを指すのではない。むしろ、防災という「すぐには利益を生まない分野」に、長期的かつ継続的に社会全体で投資し続けるという政治的・社会的合意が形成されているかどうかが問われている。政治的対立が激しく、短期的な課題に追われがちなスペインの政治風土では、こうした長期的投資の優先順位が低くなりがちだ。この記事は、日本の防災が達成してきた成果を再認識させると同時に、それを支える社会の仕組みや価値観、そして我々が直面し続ける新たな課題について、改めて考えるきっかけを与えてくれるのである。

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