概要:証明なき「計画」への有罪判決
スペインのペドロ・サンチェス首相の親族を巡る疑惑が、また一つ司法判断の節目を迎えた。首相の弟で音楽家であるダビド・サンチェス・ペレス=カステホン氏に対し、西部エストレマドゥーラ州のバダホス県裁判所は、行政職権乱用の罪で有罪判決を下し、9年間の公職追放を命じた。この事件は、同氏が2017年にバダホス県の公務員(音楽院の調整官)として採用された過程に不正があったとして、野党・国民党(PP)などが告発していたものだ。しかし、判決は極めて異例な構造を持っている。採用が同氏を利するための「オーダーメイド」であったとして職権乱用を認定する一方で、疑惑の核心であり、禁錮刑にもつながりうる「影響力行使」の罪については、「誰が、どのように圧力をかけたか証明できない」として無罪としたのだ。裁判所が、証拠がないにもかかわらず「被告を利するという邪な意図があったと確信している」と判決文に記すなど、憶測と断罪が入り混じった内容は、スペインで深刻化する「ローフェア(司法の武器化)」の新たな事例として、法曹界や政界に大きな波紋を広げている。
判決の奇妙な論理構造
今回の判決の特異性を理解するには、問われた二つの罪状、「職権乱用(prevaricación)」と「影響力行使(tráfico de influencias)」の違いを把握する必要がある。職権乱用は、公務員が自身の決定が不当であることを知りながら、恣意的に判断を下す行為を指す。一方、影響力行使は、政治家やその親族などが、自身の地位や関係性を利用して公務員の判断に影響を与え、利益を得ようとする、より悪質な犯罪だ。
バダホス県裁判所は、ダビド・サンチェス氏の採用プロセス全体が、同氏を合格させるためだけに仕組まれた「traje a medida(オーダーメイドのスーツ)」であったと結論づけた。採用基準の策定から面接に至るまで、関係した県職員らが共謀し、恣意的な決定を下したとして、サンチェス氏本人を含む関係者全員に職権乱用での有罪を言い渡した。しかし、その「共謀」が誰の指示や圧力によって行われたのか、という最も重要な点については、判決は踏み込まなかった。「特定の人物が、職務上の権限や個人的・階層的な関係を利用して被告人らに圧力や影響力を行使したことは証明されなかった」と明確に述べ、影響力行使については無罪としたのである。
スペインのメディアがこの判決を「アガサ・クリスティーの『オリエント急行殺人事件』のようだ」と評したのはこのためだ。事件の登場人物全員が犯行に関与していたという結論に至りながら、誰が主犯で、どのような動機があったのかを特定できない。裁判所は判決文の中で、「この職権乱用が、邪な理由でダビド氏を利するという意図に従ったものであると、当法廷は確信している」とまで言い切っている。しかし、その「確信」を裏付ける証拠がないことも自ら認めているのだ。これは、厳格な証拠に基づいて事実認定を行うべき司法判断としては、極めて異例の論理展開と言える。
警察の推論への依存と政治的憶測
なぜ裁判所は、証拠がないにもかかわらず、このような「心証」に基づいた有罪判決を下したのか。その背景には、捜査を担当した治安警察中央作戦部隊(UCO)の報告書への過度な依存が見え隠れする。判決文は、UCOの捜査官、特にアントニオ・バラス警視正の法廷での証言を「極めて啓発的だった」と称賛し、「このポストが特定の人物、すなわちダビド・サンチェス氏のために創設されたと、彼らは明白に推論している」として、その見解をほぼ全面的に採用した。
一方で、裁判所は検察側の主張に不利な証言を意図的に無視した節がある。公判では、ダビド・サンチェス氏が実際に勤務していた音楽院の院長らが証人として出廷し、「調整官の助けは非常に有益だった」「彼はその地位にふさわしい能力と経験を持っていた」と、同氏の仕事ぶりや適性を肯定的に証言した。しかし、判決はこれらの証言をほとんど評価せず、「不必要で中身のないポストだった」というUCOの主張を優先した。これは、有罪という結論ありきで証拠を取捨選択したとの批判を免れない。
さらに問題なのは、判決文が法律論を超えて、政治的な憶測にまで踏み込んでいる点だ。判決は、なぜ県の幹部たちがサンチェス氏を利するような行動を取ったのか、その動機について「我々には分からない」としながらも、大胆な「仮説」を提示する。それは、当時社会労働党(PSOE)の党首選で対立候補を支持していたエストレマドゥーラの党幹部らが、後に党首に返り咲くことになるペドロ・サンチェス氏に「恩を売る(congraciarse)」ために、弟の採用を画策したのではないか、というものだ。しかし、このポストの公募が始まった2016年11月時点では、ペドロ・サンチェス氏は党書記長を辞任しており、党首選への再出馬も表明していなかった。裁判所が、後の歴史を知っているからこそ可能な「後知恵」で動機を憶測することは、司法の中立性を著しく損なうものだ。
日本の読者への解説:公務員採用のあり方と「司法の武器化」
この判決は、日本の読者にとってもいくつかの重要な論点を含んでいる。第一に、公務員採用プロセスの透明性と客観性の重要性である。日本では、政治家の親族が関連団体に就職する「天下り」や縁故採用が問題視されることはあるが、公務員採用試験そのものが特定の個人のために歪められたとして、関係者全員が刑事罰を受けるケースは稀だ。今回のスペインの事件は、採用のプロセスに少しでも恣意性が介在する余地があれば、それが政争の具となり、刑事事件にまで発展しうるという厳しい現実を示している。採用基準の明確化や選考過程の記録保持など、手続きの厳格化は、組織を防衛する上でも不可欠である。
第二に、スペインで顕著になっている「ローフェア(lawfare)」、すなわち司法の政治利用・武器化の問題だ。日本では、政治家の汚職事件は主に検察庁の特捜部が主導して捜査が進む。一方、スペインには「acusación popular(民衆訴追)」という制度があり、検察官だけでなく、市民団体や政党も刑事告発の当事者(訴追側)として裁判に参加できる。この制度が、近年、政治的対立相手を司法の場に引きずり込むための手段として多用されている。今回の事件も、野党・国民党が民衆訴追の形で告発を主導した。司法が、証拠よりも政治的文脈や警察の「推論」に傾倒し、憶測を交えた判決文を書くようになれば、もはや司法は中立な紛争解決機関ではなく、政治闘争の新たな舞台と化してしまう。サンチェス首相の妻も、極右団体「マノス・リンピアス(清廉な手)」による告発で捜査対象となっており、司法を舞台にした政権攻撃は常態化している。
職権乱用で有罪、影響力行使で無罪という今回の「ソロモン的話し合い」のような判決は、結果的に誰の納得も得られていない。野党は「影響力行使が無罪なのはおかしい」と批判し、与党は「証拠なき有罪判決は司法の暴走だ」と反発する。司法への信頼が揺らぐ時、社会の安定そのものが脅かされる。これは、政治的分断が進む多くの国にとって、スペインの現状が示す重要な教訓である。













