疑惑の核心:上院でのゴンサレス長官の証言

スペインの治安警察(グアルディア・シビル)のトップであるメルセデス・ゴンサレス長官が、上院内務委員会で証言台に立った。焦点となったのは、サンチェス政権に不都合な捜査を進める裁判官や検察、そして治安警察の精鋭部隊である中央作戦部隊(UCO)に対して妨害工作を仕掛けたとされるレイレ・ディエス容疑者との関係だ。ゴンサレス長官は「決して、絶対にない」という言葉を繰り返し、自身がUCOや他のいかなる部隊に対する陰謀にも一切関与していないと、強い口調で疑惑を全面否定した。

長官の説明によれば、ディエス容疑者との接触は限定的だったという。マドリードの政府代表だった時代に、郵便局の労働問題を巡ってメッセージを数回交換したのが始まりだった。長官就任後に初めて直接会った際には、ディエス容疑者が自身の就職を斡旋してほしいという趣旨の話をしてきたが、実現はしなかった。その後、別の機会に会った際、ディエス容疑者が捜査対象となり停職処分を受けていた別の隊員の話題を持ち出したため、ゴンサレス長官はその場で会合を打ち切り、以降一切の接触を断ったと主張した。UCOの捜査報告書が指摘する「3回の接触」については、長官は「3回目は記憶にない」と述べ、認識の齟齬も露呈した。この一連の答弁は、自身の潔白を強調するものであったが、野党の追及をかわすには至らなかった。

野党の猛追及と「国家の下水道」問題

案の定、最大野党・国民党(PP)はこの説明に納得せず、ゴンサレス長官を厳しく追及した。国民党の広報官は長官を「下水道の司令官」と侮蔑的な言葉で呼び、ディエス容疑者との会合の回数について嘘をついていると非難。「嘘、嘘、そしてさらなる嘘だ」と断じ、政府に不利な捜査を妨害するために治安警察内部で「粛清」が行われているのではないかという疑惑を投げかけた。

しかし、この国民党の姿勢には、スペイン政治特有の根深い皮肉が潜んでいる。国民党自身が政権を担っていた時代、自党の汚職事件「ギュルテル事件」を捜査していた警察官僚を左遷しようとしたり、内務省の資金を使って自党に不利な証拠を消すための違法工作(通称「キッチン作戦」)を行ったりした過去があるからだ。スペインでは「las cloacas del Estado(国家の下水道)」という言葉が頻繁に使われる。これは、政権の意を汲んだ情報機関や警察の一部が、法を逸脱して政敵の失脚や不都合な情報の隠蔽工作を行う、暗部を指す言葉だ。与野党が交代するたびに、相手側こそがこの「下水道」を使って国家を私物化していると非難し合うのが、近年のスペイン政治の常態となっている。今回のゴンサレス長官への追及も、単なる一長官の疑惑というよりは、警察組織の中立性を巡る与野党の激しい政治闘争の最新の一幕と見るべきだろう。

捜査の最前線「UCO」とそのキーマンへの異例の支持

この政治的応酬の中で、ゴンサレス長官の答弁には極めて重要な点があった。それは、疑惑の渦中にあるUCO、特にその経済犯罪ユニットを率いるアントニオ・バラス中佐への明確かつ強力な支持を表明したことだ。バラス中佐は、サンチェス首相の弟が関与する事件など、現政権にとって極めてデリケートな案件の捜査を指揮する中心人物である。ディエス容疑者が録音された会話の中で、バラス中佐について「死んでほしい」と発言していたことも明らかになっており、捜査現場への圧力が懸念されていた。

ゴンサレス長官は、この音声が公になった直後にUCOの幹部らと会合を持ち、自身がディエス容疑者と面識があったことを認めた上で、組織への全面的な支持を伝えたと明かした。さらに上院の場で、「私が長官に就任した時、バラス中佐はどこにいたか。そして今、彼はどこにいるか。同じ場所だ。彼の仕事を、実直に遂行している」と断言した。これは、政治的圧力によってバラス中佐が更迭されることはないという、組織のトップからの強力なメッセージだ。野党が「粛清」と批判する中で、捜査の独立性を守る姿勢を内外に示した形であり、バラス中佐の立場を事実上「保護」する効果を持つ異例の発言だった。

日本の読者への解説

今回の騒動は、スペインにおける警察組織と政治の緊張関係を象徴している。日本の警察制度と比較すると、その構造的な違いが理解しやすい。日本では、警察庁が都道府県警察を指揮監督する一元的なシステムが基本であり、キャリア官僚による人事を通じて一定の政治的中立性が(少なくとも建前上は)保たれている。一方、スペインには国家警察と治安警察(グアルディア・シビル)という二つの全国的な警察組織が存在し、歴史的経緯もあってそれぞれに独自の文化を持つ。そして、両組織のトップである長官は、政府が直接任命する政治任用職だ。これにより、政権の意向が警察人事に直接的に反映されやすく、常に政治介入のリスクがつきまとう構造になっている。

「国家の下水道」という言葉が一般に流通するほど、政治目的での警察・情報機関の利用が疑われる事件が後を絶たないのは、こうした背景がある。日本でも森友・加計学園問題などで公文書改ざんや「忖度」が問題となったが、スペインのように政権に不都合な捜査官を「粛清」するため、外部の協力者を使って警察組織そのものを標的にするような陰謀が公然と語られることは稀だろう。今回の事件は、政治の分極化が進むと、法の執行を担うべき中立的な国家機関がいかに容易に政争の具とされ、その独立性が脅かされるかを示す好例と言える。民主主義国家における司法・警察の独立性という普遍的な課題について、スペインの事例は日本にとっても重要な示唆を与えている。

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