ガウディが路面電車の事故で世を去ったのは、1926年6月10日のことだった。それからちょうど100年後の2026年6月10日、教皇レオ14世がバルセロナのサグラダ・ファミリアを訪れ、完成した中央塔「イエスの塔」を祝福した。高さ172.5メートル、世界で最も高い教会の頂点である。144年に及ぶ建設の歴史にとっても、ガウディ没後100年という節目にとっても、これ以上ない一日となった。本稿では、刑務所訪問から始まりサグラダ・ファミリアのミサで締めくくられた教皇の一日を振り返る。
「イエスの塔」祝福 ― 144年の建設史がたどり着いた頂点
ハイライトは午後7時30分からのミサだった。聖堂内には約4,000人が参列し、外では大型スクリーンを通じてさらに約4,000人が見守った。計8,000人。参列者にはフェリペ6世国王とレティシア王妃、サンチェス首相夫妻が名を連ね、地中海地域の司教会議がバルセロナで開かれていたことも重なり、200人を超える司教が教皇とともに祭壇を囲んだ。リセウ大劇場のオーケストラが演奏を担い、聖堂内では無数のろうそくが灯された。
ミサに先立ち、教皇は聖堂の地下礼拝堂(クリプタ)にあるガウディの墓前で祈りを捧げた。ファサードには教皇の訪問を記念するプレートも除幕された。そしてミサの締めくくりに、18本の塔の最後を飾る中央塔「イエスの塔」が祝福された。十字架を頂くこの塔の完成により、サグラダ・ファミリアは高さ172.5メートルと、名実ともに世界一高い教会となっている。夜空にはドローンが教皇の姿を描き出す演出も行われ、聖堂のライトアップとともに祝祭の夜を彩った。
説教で語られたこと ―「イエスを信じながら、戦争を促すことはできない」
教皇は説教で、完成した塔の高さを世俗的な記録としてではなく、信仰の文脈に引き戻してみせた。サグラダ・ファミリアは「世界で最も高い教会だが、それは世俗のランキングで目立つためではなく、神の民の歩みを導くためだ」という言葉である。
そのうえで、メッセージの核心は平和に置かれた。「イエスを信じながら、戦争を促し、無辜の人を殺すことはできない」「イエスを信じながら、苦しむ人、泣く人、貧困から逃れようとする人を見捨てることはできない」。戦争と貧困の犠牲者への連帯を求めるこの言葉は、祝祭の場にあえて重い主題を持ち込むものだった。塵の中に伏す人々の顔を上げさせよ、という呼びかけとともに、説教は単なる竣工祝いを超えた射程を持つものになった。
刑務所から始まった一日
この日の教皇の行程は、華やかさとは対照的な場所から始まった。午前中に訪れたのは、バルセロナ近郊のブリアンス1刑務所である。教皇は約80人の受刑者と面会し、「人生において、過去が未来を断罪することはない」と語りかけた。服役中に信仰を取り戻した経験を語る女性受刑者の証言に耳を傾ける場面もあった。
続いて訪れたカタルーニャの聖地モンセラート修道院では、ロザリオの祈りを先導し、スペイン語とカタルーニャ語の両方で挨拶した。宗教系学校24校から集まった800人を超える生徒が出迎え、教皇はベネディクト会の修道士たちと昼食をともにした。午後4時30分にはバルセロナ旧市街ラバル地区のサン・アグスティン教会で、慈善団体の関係者や社会的に弱い立場にある人々と面会。刑務所、巡礼地、貧困地区、そして大聖堂 ― 一日の行程そのものが、ひとつのメッセージとして組み立てられていた。教皇は11日、次の訪問地グラン・カナリア島へ向かう。
厳戒の祝祭日に差した影
一方で、この日のバルセロナは手放しの祝祭一色だったわけではない。教皇訪問のため市内に大規模警備(州警察モサス・ダスクアドラ5,600人体制)が敷かれていたまさにその朝、中心部のバルメス通りで男性が射殺される事件が起きている。警察は教皇訪問との関連を否定しており、報復による標的型の犯行との見立てで捜査が進むが、厳戒下の白昼に起きた銃撃は市民に衝撃を与えた。事件の詳細は別稿で伝えている。
日本の読者への解説
6月10日という日付の意味を補足しておきたい。アントニ・ガウディは1926年6月7日に路面電車にはねられ、3日後の6月10日に73歳で死去した。つまり教皇の訪問とイエスの塔の祝福は、ガウディの命日からちょうど100年にあたる日に行われたことになる。サグラダ・ファミリアの着工は1882年。ガウディ自身が「私の依頼主(神)は急いでいない」と語ったと伝えられる建設は、内戦による設計資料の焼失も乗り越えて144年続いてきた。その到達点に立ち会う日付として、これ以上のものはなかっただろう。
ガウディ本人については、2025年4月に教皇庁が「尊者(venerable)」と認定しており、列福・列聖への道が公式に動いている。「神の建築家」が聖人になる日が来るのか、というのも今後の見どころのひとつだ。この点や塔の建築的な詳細は、事前の解説記事で詳しく扱っている。
旅行や生活への実務的な影響(交通規制は11日まで残る場合がある)については、訪問にあわせて公開した訪問ガイド記事も参照してほしい。なお、完成したイエスの塔が観光客に公開されるかどうか、公開されるとすればいつからかについては、本稿執筆時点で公式発表はない。サグラダ・ファミリアは2026年以降も彫刻や装飾、栄光のファサードなどの工事が続く。「完成した教会」ではなく「完成していく教会」を見られる時間は、まだしばらく残されている。












