久保建英は、スペインで本当に評価されているのか
日本では「スペインで愛される久保建英」という物語が好まれる。だが、現地レアル・ソシエダの2025-26シーズンを追っていると、その語り口は現実とずれてくる。スペインのファンとメディアが久保に向ける視線は、いま賞賛と失望のあいだで、かつてなく揺れている。日本の温かい応援とは別の、容赦ない現地のリアルを正直に書いておきたい。
技術は、本物だと認められている
まず公平に言えば、久保の才能そのものを疑うスペイン人は少ない。2022年の加入以来、彼は左利きの右ウインガーとして、止める・運ぶ・刺す一連の技術の高さを何度も証明してきた。現地メディアは調子の良い時期の彼を「インスピレーションに溢れれば驚異的な選手」と評し、2025年末から2026年初頭にかけては2試合連続アシスト、国王杯での奮闘など、「復活」とまで書かれた時期もあった。技術の天井の高さは、現地でも共有された前提だ。
だが、今季の評価は明確に下がっている
問題は安定感と決定的な数字だ。今季、スペイン各紙は久保について「別人のよう」「ファンは信じられない思いで見ている」と、加入以来最もデリケートな局面にあると報じた。一部メディアは、補強を求めた本人の発言がクラブとの関係悪化を招いたと伝え、冬の市場での売却・放出の可能性まで取り沙汰された。そして2026年1月、バルセロナ戦で左ハムストリングを負傷し、1〜2ヶ月の離脱。再評価を狙う矢先のアクシデントだった。
現地の辛口は、なぜここまで厳しいのか
あるスペイン人記者は「私がスポーツディレクターなら獲得しない」とまで言い切った。残酷だが、これがスペインの実力主義だ。ビッグクラブが求めるのは、好調時の輝きではなく、毎試合の再現性と二桁に届く数字。久保はその「あと一歩」を、もう数年問われ続けている。彼がレアル・マドリードに将来を注視される存在でありながら、ビッグクラブ移籍が容易に進まないのも、この一点に尽きる。
日本の読者への解説
大切なのは、スペインは久保を「日本人だから」という色眼鏡では見ていないということだ。ブームでもご祝儀でもなく、一人のプロとして、毎週ピッチの上の数字だけで冷徹に採点している。それは厳しいが、同時に最大の敬意でもある。今の失望は、彼が「そこにいて当然の選手」と見なされている裏返しだ。久保の物語は美談では終わらない。だからこそ、この壁を彼がどう超えるのか——あるいは超えられないのか——を、現地の温度のまま見届ける価値がある。





