13年という歳月をへて、ジョゼ・モウリーニョがサンティアゴ・ベルナベウに帰ってくる。2026年6月7日、レアル・マドリードの会長選挙で現職フロレンティーノ・ペレスが約3分の2の票を得て再選を決めた瞬間、長らく宙づりになっていたひとつの人事が、事実上確定した。崩壊と呼ぶほかなかった無冠のシーズンを経て、白い巨人は「特別な男(ザ・スペシャル・ワン)」に再建を託す。
会長選が握っていた監督人事
奇妙な構図だった。スペインの一流クラブの監督人事が、ピッチ上の事情ではなく、クラブ会長の選挙結果に縛られていたのだ。
ペレスは5月27日に再選キャンペーンを正式に開始すると、自身の公式アカウントに一本の動画を投稿した。スローガンは「まだ作るべき歴史がある(More history to make)」。画面には、レアル・マドリードのユニフォームを着たモウリーニョが現れ、ただ一言、「Yes(やる)」と答える。会長選の目玉公約として、モウリーニョ復帰がぶち上げられた格好だった。
対立候補は、実業家エンリケ・リケルメ。5月21日に出馬を表明し、2006年以来となる久々の本格的な選挙戦に持ち込んだ。レアル・マドリードの会長選が複数候補で争われるのは21世紀でわずか3度目という、それ自体が異例の出来事である。仮にリケルメが勝てば、ペレスとモウリーニョの口頭合意は白紙に戻る可能性があった。モウリーニョ本人がすでに契約条件にサインを済ませながら、正式発表だけが選挙を待っていたのは、このためだ。
結果は、ペレスの圧勝。得票率はおよそ65%に達し、2030年までの新たな任期を手にした。これでモウリーニョ就任を阻む最後の障害は消え、レアル・マドリードは近く正式に新監督を発表する見込みである。契約は2年で、さらに1年の延長オプションが付帯すると報じられている。現在所属するベンフィカとの契約には数百万ユーロ規模の解除条項が含まれていたが、それも復帰を止めるには至らなかった。モウリーニョはベンフィカからコーチ陣を引き連れてマドリードに乗り込む準備を進めている。
なぜ「再建」なのか ― 無冠に終わった一年
そもそも、なぜこれほど大掛かりな監督交代が必要になったのか。答えは、2025-26シーズンのレアル・マドリードが、近年では考えにくいほどの不振に沈んだからである。
シーズン開幕前、ベルナベウの指揮官に就いたのはシャビ・アロンソだった。クラブのレジェンドであり、レバークーゼンを無敗優勝に導いた新進気鋭の指揮官。期待を背負っての就任だったが、結果は出なかった。年明け1月、スペイン・スーパーカップ決勝でバルセロナに敗れると、その翌日、クラブはアロンソの解任を発表する。就任からわずか233日。クラブの象徴的存在に対する決断としては、異例の早さだった。
後を引き継いだのは、これもまた元選手のアルバロ・アルベロア。暫定的な体制で立て直しを図ったが、シーズンの流れは変わらなかった。
結果だけを並べれば、その深刻さがわかる。チャンピオンズリーグは準々決勝でバイエルン・ミュンヘンに敗退。アリアンツ・アレーナでの一戦はキリアン・ムバッペとアルダ・ギュレルが奮闘したものの3-4で落とし、2試合合計4-6で姿を消した。国内カップのコパ・デル・レイにいたっては、2部リーグのアルバセテに2-3で敗れるという衝撃の早期敗退。そしてリーグ戦では、5月10日、敵地カンプ・ノウでのクラシコに0-2で完敗し、宿敵バルセロナの目の前でリーグ優勝を許した。タイトルはひとつも残らなかった。
勝つことが義務付けられたクラブにとって、無冠は単なる不調ではなく、構造そのものへの問いになる。ペレスがモウリーニョという劇薬を選んだのは、その問いに対する答えだった。
13年前の因縁と、変わったモウリーニョ
モウリーニョがレアル・マドリードを率いるのは、2010年から2013年以来となる。当時はジョゼップ・グアルディオラ率いる史上屈指のバルセロナと真っ向からぶつかり、激しい火花を散らした時代だった。2011-12シーズンには当時の最多勝ち点記録でリーグを制した一方、選手やメディア、審判との衝突も絶えず、最後は確執を残して去った。マドリードでの3年間は、栄光と軋轢が分かちがたく同居した日々だった。
あれから13年。チェルシー、マンチェスター・ユナイテッド、トッテナム、ローマ、そしてベンフィカと渡り歩いた63歳のモウリーニョは、かつての「挑発者」のイメージだけでは語れない指揮官になっている。守備の組織化と試合運びの巧みさは健在で、勝負どころでの勝負強さには定評がある。崩れたチームを短期間で立て直す手腕こそ、いま再建を急ぐレアルが最も欲しているものだ。
補強構想もすでに動き出していると報じられる。モウリーニョは中盤の軸として、マンチェスター・シティとスペイン代表で活躍するロドリの獲得を要望し、守備の補強候補としてアレッサンドロ・バストーニの名前も挙げているという。連覇を達成し、若さと勢いに満ちたバルセロナを追いかける立場になったレアルにとって、夏の移籍市場は再建の成否を占う最初の関門になる。
日本の読者への解説
日本のサッカーファンにとって、この一件は二重の意味で見逃せない。
ひとつは、純粋にスペインサッカーの勢力図が大きく動こうとしているという点だ。長くヨーロッパの頂点に君臨してきたレアル・マドリードが、無冠に沈み、宿敵バルセロナに連覇を許し、そのうえで「最後の切り札」としてモウリーニョを呼び戻す。これは単なる監督交代ではなく、クラブが自らの危機をどう認識しているかを示す出来事である。来季のクラシコは、若き王者バルセロナと、百戦錬磨の名将が立て直すレアルという、まったく新しい対立軸で語られることになる。
もうひとつは、日本人選手への波及だ。レアル・マドリードには、かつて下部組織で評価を高めた久保建英の古巣という縁がある。久保は現在レアル・ソシエダードに所属し、夏の去就が注目される立場にある(関連記事)。スペインの強豪が監督交代とともに大型補強に動けば、移籍市場全体の相場が動き、中堅クラブの選手にも玉突きの影響が及ぶ。モウリーニョの就任は、レアル一クラブの話にとどまらず、リーガ全体の夏を動かす号砲なのだ。
そしてモウリーニョという人物自体が、ピッチ内外で常に話題を生む磁力を持っている。称賛と批判、勝利と衝突を同時に呼び込むこの指揮官が、13年の時を経てスペインの大舞台に戻る。来季のラ・リーガが、これまで以上に見る者を引きつけるものになることは間違いない。バルセロナの黄金期に、どんな物語が対置されるのか。その第一章が、いま静かに始まろうとしている。












