「TOURISTS GO HOME」の落書きと、水鉄砲の夏

夏が近づくと、日本のニュースにバルセロナの不穏な映像が流れる。壁に殴り書きされた「TOURISTS GO HOME」の文字。レストランのテラスでパエリアを食べる観光客に、住民が水鉄砲を浴びせる。横断幕には「観光客は帰れ」。それを見た日本の人は、たいてい同じ反応をする。「スペインって、こんなに観光客が嫌われてるの? 行って大丈夫なの?」

在住者として、はっきり言っておきたい。あの映像は本物だ。やらせではない。バルセロナでは2024年の夏に観光客へ水鉄砲を向けるデモが起き、それ以来、初夏の風物詩のように繰り返されている。2025年には、スペイン・イタリア・ポルトガルで史上最大規模とされる協調デモが行われた。怒りは年々強まっている。

だが、その映像には決定的に欠けている文脈がある。それを補わないまま「スペインは観光客が嫌い」と受け取ると、現地で起きている本当のことを、まるごと読み違える。日本のテレビが水鉄砲の3秒は流しても、その怒りの根っこは映さないからだ。

住民が怒っているのは、観光客にではない。「家賃」にだ

核心はここに尽きる。バルセロナやマドリードの住民が叫んでいるのは、目の前のあなた個人への憎しみではない。自分たちが、自分の街に住めなくなっていることへの悲鳴だ。

数字が容赦ない。バルセロナやマドリードでは、家賃がこの1年で前年比およそ18%も上がった。給料はそんなに増えない。生まれ育った地区のアパートが、ある日「観光客向け短期賃貸」に切り替わり、家主は地元住民の3倍の値段を旅行者から取る。更新を断られ、住み慣れた街を追い出される——そういう話が、もはや珍しくない。

つまり住民にとって観光は、遠い経済統計の「GDPの12%」ではなく、来月の家賃が払えるかどうかという生活そのものの問題なのだ。水鉄砲は、品のいい抗議ではない。だがその裏には、合法的な手段では止められなかった生活の崩壊への、追い詰められた怒りがある。標的が「観光客」という記号になってしまっているだけで、本当の敵は家賃であり、それを吊り上げる仕組みのほうだ。

なぜ「観光アパート」が目の敵にされるのか

怒りが最も集中しているのが、Airbnbに代表される観光客向け短期アパートだ。これは観光客を憎んでいるというより、住宅市場のメカニズムの問題である。

一軒のアパートを地元住民に月貸しするより、旅行者に1泊単位で貸すほうが、家主ははるかに儲かる。すると街じゅうの大家が住居を観光用に転換し、住民向けの賃貸物件が市場から消える。残った少ない部屋を奪い合うから、家賃が跳ね上がる。さらに、住民が消えた街区はパン屋や金物屋が消え、土産物屋とフランチャイズのカフェだけが並ぶ「観光客専用ゾーン」と化していく。住民は、家も、近所も、街の手触りも失う。

だからバルセロナ市は強硬手段に出た。市内に約1万戸ある観光客向けアパートの営業ライセンスを、2028年までに全廃すると発表したのだ。観光アパートをゼロにして、その住宅を市民の手に戻す——賛否はあるが、市がそこまで踏み込まざるを得ないほど、事態は切迫している。

国も動いた——「外国人は家を買うな」という劇薬

この問題は、もはや一都市の話ではない。サンチェス首相は、スペインに住んでいない域外(非EU)の外国人による住宅購入に、最大で購入額に匹敵するほどの重い税を課すという、極端とも言える案を打ち出した。投機目的で家を買い漁る非居住外国人を締め出し、住宅を「住むための場所」に戻す狙いだ。

これは劇薬で、実現性も含めて議論百出だが、ひとつだけはっきりすることがある。住宅と観光をめぐる住民の怒りは、もはや一国の首相が国政の最優先課題として動かざるを得ないレベルに達している、ということだ。水鉄砲は、その氷山の一角でしかない。

水鉄砲だけではない——抗議はどこまで広がっているか

バルセロナの水鉄砲は最も目を引くが、これは孤立した出来事ではなく、スペイン全土に広がる大きなうねりの一部だ。実際の広がりを知ると、この問題の根の深さが見えてくる。

象徴的だったのが2024年。バルセロナで観光客に水鉄砲を向けるデモが世界に報じられる一方、カナリア諸島では「カナリアには限界がある(Canarias tiene un límite)」を掲げた数万人規模のデモが起きた。観光収入に大きく依存する島々ですら、住民が「もう限界だ」と声を上げたのだ。翌2025年の夏には、抗議はスペイン一国にとどまらず、イタリア・ポルトガルと連動した史上最大規模の協調デモへと発展した。バルセロナ、マドリードに加え、パルマ・デ・マヨルカ、イビサ、マラガ、サン・セバスティアン、グラナダ——有名な観光地の名前が、そのまま抗議の地図になっている。

そして2026年。バレアレス諸島の活動家団体は、この夏訪れる旅行者に対し「敵対的な空気(hostile atmosphere)」を覚悟するよう、早くも予告している。ただ誤解しないでほしいのは、これらの抗議の大半は平和的だということだ。水鉄砲も、暴力ではなくメッセージを届けるためのパフォーマンスである。だが、年を追うごとに規模が拡大し、国境を越えて連帯し、ついに政治を動かすまでになった——その事実こそが、住民の追い詰められ方の深さを物語っている。

では、日本人観光客は「嫌われている」のか

結論から言う。あなた個人が嫌われているわけではない。 デモの矛先は特定の国籍ではなく、街を住めなくする「マスツーリズムという構造」に向いている。実際、住民の多くは観光が街に必要なことも、目の前の旅行者に罪がないことも分かっている。水鉄砲はパフォーマンスであり、観光客を物理的に襲う事件が頻発しているわけではない。過度に怖がる必要はない。

ただし、無関係を決め込めるかというと、そうでもない。旅行者一人ひとりの振る舞いが、この緊張を和らげもすれば、逆撫でもするからだ。在住者として、現地で「歓迎される側」でいるためのコツを正直に書いておく。第一に、住宅街で夜中まで騒がない。とくにバルセロナの旧市街やバルセロネータは、観光地に見えて人々の生活の場だ。第二に、できれば観光アパートより、まっとうに営業するホテルを選ぶ。これは住民が最も嫌う構造に加担しないという、静かな意思表示になる。第三に、チェーン店ではなく地元の店で食べ、買う。あなたの落とすお金が、土産物屋ではなく住民の暮らしに回る道を選ぶ。

むしろこの「現地の本音」を知っている旅行者は、何も知らずに来る人より、ずっと深くスペインを楽しめる。水鉄砲の向こうにある住民の生活が見えれば、観光地の風景はまったく違って見えてくるからだ。

これは対岸の火事ではない——京都が映す近未来

ここまで読んで、どこか聞き覚えのある話だと感じた人もいるはずだ。そう、これは決してスペインだけの、遠い国の騒動ではない。

京都を思い出してほしい。祇園では観光客の私道への立ち入りや舞妓の無断撮影が問題化し、2024年には一部の私道が立ち入り禁止になった。市バスは旅行者の大きなスーツケースで埋まり、通勤通学の市民が乗れない日もある。富士山では登山規制や通行料が導入され、混雑する撮影スポットの前には人をさえぎる目隠し幕まで張られた。宿泊費は高騰し、住民は静かに街の外へ押し出されていく。バルセロナで起きていることのほぼすべての要素が、すでに日本でも進行している。

違うのは、表現の激しさだけだ。日本人は水鉄砲を手に取らない。だが、その怒りや疲れが存在しないわけではなく、より静かな形で溜まっているだけかもしれない。バルセロナの水鉄砲は、観光立国を目指すすべての街への、少し早く届いた手紙のようなものだ。だからこの問題を「スペインは大変だね」で終わらせず、自分の街の風景に重ねてみると、急に切実な話として立ち上がってくる。

日本の読者への解説

「観光客は帰れ」という強い言葉と水鉄砲の映像は、切り取られて日本に届くと、どうしても「スペインは観光客に冷たい危険な国」という印象を生む。だが現地の実像は、その逆に近い。要点を三つに整理しておきたい。

一つ、怒りの正体は反観光ではなく「住宅危機」だ。 家賃が前年比18%も上がり、住民が自分の街から追い出されている。観光客は、その構造のいちばん目立つ象徴として標的にされているにすぎない。本当の敵は家賃であり、住居を投機商品に変えた仕組みのほうだ。映像を見るときは、水鉄砲の手元ではなく、その人がなぜ家を失いかけているのかに目を向けてほしい。

二つ、日本人個人が憎まれているわけではない。 過度に怖がる必要はないし、旅行を諦める理由にもならない。ただし「自分は無関係」ではなく、どこに泊まり、どこで金を使うかという一つひとつの選択が、現地の緊張に静かに効いている、という当事者意識は持っておきたい。

三つ、これはスペインだけの話ではない。 同じ住宅×観光の軋みは、すでにイタリアやポルトガルへ広がり、京都をはじめ日本の観光地も無縁ではない。バルセロナの水鉄砲は、観光立国を目指すすべての街が、いずれ向き合う問いの予告編だ。次にスペイン旅行を計画するなら、ぜひ「歓迎される側」の歩き方で、この美しい国を訪れてほしい。

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