7月3日金曜の午後、ジローナ県ラ・ビスバル・ダンポルダー郊外で発生した山火事が、強い北風に煽られてガバレス山塊を駆け抜け、コスタ・ブラバの観光地帯を直撃した。焼失面積は約2,300ヘクタール(東京ドーム約490個分)。プラッチャ・ダロ、カロンジェ、リャゴステラなど7つの自治体に「自宅退避(コンフィナメント)」が命じられ、影響圏の人口は約4万5,000人に及んだ。建物7棟が被害を受け、うち民家など4棟が焼失。死者は出ていない。出火原因は、火災危険警報で屋外作業が禁止されていた中、道路の路肩でアングルグラインダー(電動研削工具)を使った作業の火花とみられ、作業員1人がその日のうちに逮捕された。火は4日土曜の22時すぎに「安定化」──これ以上広がらない状態──に達したが、鎮圧・鎮火にはまだ遠く、5日日曜は第2次熱波の熱い南風が吹き込む正念場を迎える。以下、時系列と背景を詳しく見ていく。

時系列 ── 炎はどう走ったか

出火は3日金曜の午後、ラ・ビスバル・ダンポルダーのサン・ポル地区、GI-660号線の路肩だった。この日のカタルーニャ内陸は気温32.5℃、湿度34%。そこに北風トラモンタナが吹き、突風は時速40〜50キロに達していた。乾いた森に落ちた火花は、わずか数時間で数百ヘクタール規模に膨れ上がり、コルクガシの森が広がるガバレス山塊を南東へ、つまり海岸の観光地帯の方向へと走った。

州政府は緊急計画「INFOCAT」を発動し、州消防(ボンベルス)は最大指揮レベルを起動。地上には州消防400人以上と軍事緊急部隊(UME)100人が展開し、消火航空機も投入された。それでも初日の夜の時点で火勢は制御できず、焼失面積は2,000ヘクタールを超過。消防トップのダビド・ボレイ氏は、最悪の場合「3万ヘクタールに達する潜在力がある」と、この火災の持つ危険性を隠さなかった。

転機は4日土曜の夜だった。日中の懸命な防御線構築が実を結び、22時すぎに消防は「安定化(エスタビリツァット)」を宣言。ヌリア・パルロン州内務相は「安定化とは、火がもう成長しない、周囲を抑え込んだ状態を意味する」と説明した。ただし消防の用語で「安定化」は3段階の最初にすぎない。この後に「制御(コントロラット)」、そして完全な「鎮火(アパガット)」が続く。周囲を水の防御線で囲んだ現在も、山塊の内側では火がくすぶり続けている。

観光シーズン直撃 ── 4万5,000人圏域の「自宅退避」

この火事を特別なニュースにしたのは、場所とタイミングだ。ガバレス山塊のすぐ東側は、プラッチャ・ダロ、サガロ、カロンジェ・イ・サン・アントニといった、コスタ・ブラバでも指折りのビーチリゾートが連なる海岸線。7月最初の週末といえば、バルセロナからの別荘族と外国人観光客で人口が数倍に膨らむ、まさに夏本番の入り口である。

州政府が命じたのは避難(エバクアシオン)ではなく「自宅退避」だった。対象はカロンジェ・イ・サン・アントニ、カステイ・ダロ/プラッチャ・ダロ/サガロ、クルイリェス・モネイス・イ・サン・サドゥルニ、フォラリャック、ラ・ビスバル・ダンポルダー、リャゴステラ、サンタ・クリスティーナ・ダロの7自治体。さらにパラフルジェイ、パラモスなど周辺5自治体の山際の集落にも拡大された。命令の趣旨は「屋内にとどまり、道路を空けろ」──何万人もが一斉に車で逃げ出せば道路が麻痺し、消防車両が通れなくなるからだ。実際に建物ごと避難させたのは、火が迫ったサンタ・クリスティーナ・ダロの住宅地1カ所などに限られた。ラ・ビスバル近郊のサマーキャンプ施設では子ども150人が一時足止めされたが、金曜から土曜にかけて全員が無事に退出している。

観光への余波も広がった。カレリャ・デ・パラフルジェイで予定されていた夏の風物詩、ハバネラ(船乗り歌)の野外コンサートは中止。ガバレス山塊は少なくとも10日金曜まで全面閉鎖され、ハイキングも自転車も立ち入れない。道路はC-66号線(パラフルジェイ〜フォラリャック間)が再開された一方、出火地点を通るGI-660号線などは閉鎖が続く。州民保護局はバルセロナ都市圏からバッシュ・アンポルダー方面への不要不急の移動を控えるよう呼びかけた。

原因は「禁止されていた作業」の火花 ── 作業員を逮捕

モッソス・ダスクアドラ(カタルーニャ州警察)と森林監視員の捜査によると、出火原因の最有力仮説は、GI-660号線の路肩で道路関連の作業を請け負っていた事業体の作業員が使ったアングルグラインダーの火花だ。問題は、この日ジローナ内陸部には森林火災危険警報「アルファ計画」のレベル3が発令されており、この種の屋外火気・火花作業はそもそも禁止されていたことにある。作業員は同日中に逮捕され、司法手続きに付される。なお現時点では捜査段階であり、刑事責任の有無は今後の司法判断に委ねられる。

スペインの山火事の大半は、落雷ではなく人間の活動に起因する。放火だけでなく、農作業の野焼き、バーベキュー、そして今回のような工具の火花──「悪意なき一瞬」が、条件さえ揃えば数千ヘクタールを焼く。だからこそ州政府は危険日には作業自体を止める制度を敷いており、今回はその網をすり抜けた一件が最悪の場所で現実になった形だ。

熱波との悪循環 ── 「今夜ではなく、あすが心配だ」

消防が神経を尖らせるのは、このタイミングで今夏2度目の熱波が到来することだ。AEMET(スペイン気象庁)の特別警報によれば、5日日曜の午後から7日火曜にかけてスペインは広範囲で40℃超に焼かれ、カタルーニャにも熱い南風が吹き込む。ボレイ消防隊長は土曜夜、安定化を宣言しながらこう付け加えた。「今夜のことは心配していない。心配なのは、あすだ」。せっかく囲い込んだ火が、熱と風で防御線を破る可能性がゼロではない、という意味である。

構図としては、6月末の第1次熱波が推計327人の超過死亡を残し、その週にウエルバで5,000ヘクタール級の山火事が起きたのと同じ悪循環だ。熱波が森を乾かし、乾いた森が一瞬の火花で燃え、火災の煙と熱がさらに環境を悪化させる。ガバレス山塊はコルクガシと松の保護自然地域(エスパイ・ナトゥラル)であり、2,300ヘクタールの喪失は生態系にとっても数十年単位の傷になる。

コスタ・ブラバへ旅行予定の人へ ── 実用情報

まず前提として、コスタ・ブラバ全体が燃えているわけではない。被害はガバレス山塊の内陸側に集中しており、ビーチや旧市街そのものは焼けていない。ただし今後数日は以下に留意したい。

①自宅退避が出たら従う。ホテル滞在中に「コンフィナメント」が発令されたら、屋内にとどまり窓を閉めるのが正解だ。車で移動を始めるのが最も危険で、消防の邪魔にもなる。スペインの緊急速報は携帯に「ES-Alert」として強制着信する。②道路情報を確認する。ジローナ空港やバルセロナからの移動前に、カタルーニャ州のトランジット(交通局)の公式情報で閉鎖区間を確認。③山に入らない。ガバレス山塊は少なくとも7月10日まで閉鎖中。ハイキング計画は沿岸の遊歩道(カミノ・デ・ロンダ)などに切り替える。④緊急時は112。ヨーロッパ共通の緊急番号で、英語も通じる。熱波下の行動術は44℃の街の歩き方でも詳しく書いた。

日本の読者への解説

コスタ・ブラバは「サルバドール・ダリの故郷」として知られるスペイン屈指のリゾート海岸で、日本からの個人旅行者にも人気が高い。その観光地の裏山が3日間燃え続け、1万人規模が屋内退避を命じられた──これが今回のニュースの核だが、日本の感覚と違う点が二つある。

一つは「逃げる」ではなく「とどまる」防災である。日本の避難指示は基本的に「危険地域から出る」ことを求めるが、スペインの山火事対応では、延焼速度が速く道路容量が小さい地中海沿岸の地形を前提に、「屋内にとどまって道路を消防に明け渡す」自宅退避が第一選択になることが多い。旅行中にこの指示に出会ったら、日本の常識で車に飛び乗らないことが命を守る。

もう一つは、山火事が「異常事態」ではなく「毎夏の定番リスク」だという点だ。スペインでは気候変動によって火災シーズンが長期化・激化しており、今回のように熱波と山火事が同時進行する夏が常態になりつつある。それでも死者ゼロで抑え込んだ背景には、危険日の屋外作業禁止、INFOCATのような段階的緊急計画、携帯への強制速報といった、火事と共存するための制度の蓄積がある。裏を返せば、制度が禁じていた一つの火花が2,300ヘクタールを焼いたという事実は、猛暑の時代のリスク管理がいかに紙一重かを示している。日本でも猛暑と乾燥が重なる年には、2025年の大船渡の例を出すまでもなく、大規模林野火災はもはや他人事ではない。

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