発端:野党党首による「セウタ封鎖」の提案
アフリカ大陸北岸に位置するスペインの自治都市セウタで、人道危機が政治問題へと発展している。数千人規模の移民が劣悪な環境下での滞在を余儀なくされる中、最大野党・国民党(PP)を率いるアルベルト・ヌニェス・フェイホー党首が、公衆衛生を理由とした「セウタの封鎖」を政府に検討するよう要求した。フェイホー氏は、結核、疥癬(かいせん)、水痘(みずぼうそう)といった「感染症のリスク」を挙げ、「住民への甚大な影響」を懸念したことが提案の理由だと述べた。しかし、同氏自身が「全てのデータを持っているわけではない」と認めた上での発言であったことから、その真意を巡り、科学界と政界から厳しい批判が巻き起こっている。
サンチェス政権のモニカ・ガルシア保健大臣は即座に反論。「正当化できず、逆効果だ」と一蹴した。ガルシア大臣は、指摘された疾病はいずれもスペイン国内で日常的に見られるものであり、監視体制は常に機能していると説明。さらに、公衆衛生に関する権限は国民党が政権を握るセウタ自治政府にあると指摘し、責任の所在を明確にした。この応酬は、単なる公衆衛生論争にとどまらず、移民問題をいかに政治的に利用するかという、スペイン社会が抱える根深い対立を浮き彫りにした。
専門家による科学的見地からの全面否定
フェイホー党首の提案が政治的なものであることを最も明確に示したのは、公衆衛生の専門家たちからの反応だった。スペイン疫学会(SEE)をはじめとする複数の専門機関は、セウタを封鎖する医学的・疫学的理由は一切存在しないと断言した。
専門家らが指摘する第一の点は、言及された疾病が、新型コロナウイルスのような未知の脅威とは全く異なることである。疫学会長は「COVID-19のパンデミック時に封鎖措置が取られたのは、それが新種の病気で、治療法がなく、致死率と感染率が非常に高かったからだ」と説明。一方、セウタで確認された結核や疥癬、水痘などは、いずれも既知の病気であり、確立された治療法が存在する。保健省のデータによれば、移民到着後に確認された結核は3例のみで、うち1例は治療済みで感染力がなく、もう1例は感染性のない脳結核、残る1例は以前からセウタに滞在していた人物だった。水痘の疑い例も移民とは無関係で、胃腸炎の集団発生も55例で既に収束している。専門家は「これほどの少数例で都市封鎖のような極端な措置を正当化することはできない」と結論付けている。
さらに、感染リスクの評価もフェイホー氏の主張とは異なる。感染症の専門家は「感染リスクが現実的なのは、密集した不衛生な環境を共有する移民同士、そして防護具(マスクや手袋)を着用して彼らを支援する医療・治安関係者に限られる。一般市民が日常生活で通常以上のリスクに晒されることはない」と分析する。むしろ、セビリア市の例を挙げ、貧困地区の結核罹患率が他の地区の2倍以上であることを示し、病気は特定の集団ではなく、貧困や劣悪な生活環境と強く結びついていると強調した。
問題の根源:移民ではなく「非人道的な環境」
この論争を通じて専門家たちが一貫して訴えたのは、「移民が病気を持ち込むのではなく、劣悪な環境が病気を発生させる」という視点だ。疫学会長は「移民は病気を持ってくるのではない。彼らはここ(スペイン)で、置かれた劣悪な環境のせいで病気になるのだ」と述べ、問題のすり替えに警鐘を鳴らした。
専門家たちが最優先課題として挙げるのは、封鎖ではなく、人道的な受け入れ環境の整備である。具体的には、十分な数の適切な宿泊施設の確保、密集状態の解消、清潔な水やトイレ・シャワーへの継続的なアクセス、安全な食料の提供、そして医療へのアクセス保証だ。これらの基本的な環境が整えられない限り、どのような集団であっても感染症のリスクは高まる。つまり、セウタにおける公衆衛生上の課題の根本原因は移民の存在そのものではなく、彼らが置かれている非衛生的かつ過密な状況にある。
この指摘は、政府の対応の遅れも浮き彫りにした。中央政府は受け入れ施設確保の遅れをセウタ自治政府の非協力的な姿勢のせいにしているが、結果として数千人が浜辺での野宿を強いられている現状は、人道的危機であると同時に、公衆衛生上のリスクを自ら作り出しているに等しい。政府は対策として、麻疹・風疹・おたふくかぜの三種混合ワクチンや水痘ワクチンなど計4万5000回分をセウタへ送付することを決定したが、これも対症療法に過ぎず、根本的な生活環境の改善が急務であることに変わりはない。
日本の読者への解説
今回のスペインでの論争は、日本の読者にとっても示唆に富む。まず、地理的条件は大きく異なるものの、「外国人=病気の運び手」というステレオタイプな言説が、いかに容易に政治利用されるかという普遍的な問題を提示している。日本でも新型コロナウイルスの流行初期、水際対策の文脈で外国人の入国を問題視する声が強まったように、社会不安が高まると、特定の集団をスケープゴートにする動きは現れやすい。フェイホー党首の発言は、科学的根拠よりも国民の漠然とした不安に訴えかけるポピュリズムの一つの典型例と言える。
次に、科学と政治の関係性について考えさせられる。スペインでは、政権と野党の対立に加え、独立した専門家組織が公の場で政治家の発言を明確に「非科学的」と批判し、メディアがそれを大きく報じることで、世論形成に一定の役割を果たしている。日本においても、政府の諮問機関や専門家会議は存在するが、政治的決定に対してどこまで独立性を保ち、国民に直接語りかける力を持っているかは常に問われる点だ。専門的知見が政治的意図によって歪められたり、無視されたりすることの危険性を、セウタの事例は示している。
最後に、公衆衛生の本質についての重要な教訓がある。専門家たちが繰り返し強調したのは、最も脆弱な立場にある人々の健康を守ることが、社会全体の健康を守ることに直結するという原則だ。移民を隔離・排除するのではなく、彼らに適切な生活環境と医療を提供することこそが、感染症の拡大を防ぐ最も効果的で人道的な方策である。これは移民問題に限らず、国内の貧困層やホームレス状態にある人々など、社会的に弱い立場にある人々の健康課題にどう向き合うかという、日本社会にも共通するテーマである。社会の安全は、排除ではなく包摂によってこそ高まるという視点は、今後の政策を考える上で不可欠だろう。













