スペインから見たアジア「AIフィーバー」の構造

2026年半ば、スペインの主要経済紙「シンコ・ディアス」をはじめとするメディアが、アジア株式市場の驚異的な活況を連日報じている。特に、人工知能(AI)関連セクターが牽引する日本、韓国、台湾の株価指数は、年初来で100%を超える上昇を記録。この報道は、単に遠い市場の好況を伝えるものではなく、欧州、とりわけスペインの経済界が抱く強い関心と、それがない交ぜになった焦燥感を浮き彫りにしている。

スペインの分析記事が共通して指摘するのは、このAIブームが極めて偏在的なサプライチェーンに支えられているという事実だ。最先端の半導体を設計するのは米国のNvidiaのような企業だが、その製造を独占的に担うのは台湾のTSMC。AIの学習に不可欠な高性能メモリーは韓国のサムスン電子やSKハイニックスが市場を寡占し、それらの製造を支える特殊な製造装置や高純度化学素材では、日本の企業群が代替不可能な地位を占めている。スペインの読者にとって、これは「次なる産業革命」の鍵が、完全に欧州域外、特に東アジアに集中しているという厳しい現実を突きつけるものだ。

記事では、ホルムズ海峡の封鎖といった地政学的リスクが引き合いに出され、いかにこのサプライチェーンが脆弱であるかが強調される。これは、欧州がエネルギーの中東依存から脱却しようとしている最中に、今度はテクノロジーの東アジア依存という新たな構造的脆弱性に直面していることを意味する。米国がソフトウェアと設計で覇権を握り、アジアがハードウェア製造で支配的な地位を築く中、欧州は消費者市場としては巨大であるものの、生産者としての存在感が希薄であるという危機感が、スペインの報道の根底には流れている。

欧州、そしてスペインの「AI戦略」と現実

このアジアのAIブームに対する欧州の反応は、複雑だ。EUは世界に先駆けて包括的な「AI法(AI Act)」を施行し、倫理的で信頼できるAI利用の枠組みを構築しようと試みている。これは「人間中心」という欧州の価値観を反映したものであり、差別的なアルゴリズムや社会の監視につながる技術を規制する点で評価されている。しかし、産業界からは、この規制先行のアプローチが、開発スピードを重視する米国や中国、そしてアジアの競合に対して、欧州企業を不利な立場に置くのではないかという懸念の声が絶えない。

スペイン政府も、この大きな潮流に乗り遅れまいと必死だ。サンチェス政権下で策定された「国家AI戦略(ENIA)」は2026年現在も継続しており、多額の国家予算とEU復興基金が投入されている。その柱の一つが、バルセロナ・スーパーコンピューティング・センター(BSC)が運用するスーパーコンピュータ「MareNostrum」の増強だ。欧州域内でもトップクラスの計算能力を誇るこの施設を核に、国内のAI研究開発を促進しようとしている。さらに、豊富な再生可能エネルギー(特に太陽光)を武器に、エネルギーを大量に消費するデータセンターをアラゴン州などに誘致する政策も進められており、マイクロソフトやAmazon Web Servicesが巨大データセンターの建設計画を発表している。

しかし、現実は厳しい。スペインには、AIの基盤モデルを開発したり、最先端半導体を製造したりする世界的なテック企業が存在しない。Inditex(ZARA)、サンタンデール銀行、イベルドローラ(電力)といったスペインを代表する大企業は、いずれもAIの「ユーザー」であり、「クリエーター」ではない。彼らは業務効率化や顧客サービス向上のためにAIを導入することには熱心だが、産業の根幹を成す技術を生み出す力はない。これが、スペインが抱える構造的なジレンマである。

投資家と企業の視点:機会とリスク

スペインの金融界では、このアジアのAIブームは大きなビジネスチャンスと捉えられている。サンタンデール銀行やBBVA傘下の資産運用会社は、アジアのハイテク株に特化した投資信託を次々と組成し、個人投資家向けに積極的に販売している。「次の成長エンジンに乗り遅れるな」という掛け声のもと、多くのスペイン人が、地理的にも心理的にも遠いアジア市場への投資に資金を振り向け始めている。しかし、その一方で、金融専門家は過熱感とボラティリティの高さを警告しており、急激な調整局面への備えも必要だと指摘する。

企業レベルでは、AIの導入が喫緊の経営課題となっている。ファッション業界の巨人Inditexは、AIを用いて需要予測の精度を高め、在庫管理を最適化することで、サプライチェーン全体の効率を劇的に改善した。金融業界では、不正取引の検知や顧客ごとの与信判断にAIが不可欠なツールとなっている。自動車産業でも、セアト(フォルクスワーゲングループ)がバルセロナの市街地で自動運転技術の実証実験を重ねるなど、応用研究が進んでいる。

ここでの最大の障壁は、技術そのものではなく「人材」だ。高度なAI技術を理解し、自社のビジネスに実装できる専門家の不足は深刻である。スペインの大学は優秀なエンジニアを輩出しているが、その多くがより高い給与とキャリアを求めて、米国や他のEU諸国、特にアイルランドやオランダのテックハブに流出する「頭脳流出」が長年の課題となっている。政府はデジタル・ノマドビザの発給などで国外からの人材誘致を図るが、国内人材の育成と定着が追いついていないのが現状だ。

日本の読者への解説

スペインのメディアが報じる「アジアのAIブーム」という言葉は、日本の読者には奇妙に聞こえるかもしれない。なぜなら、日本はその他アジア諸国と一括りにされる側であり、このブームの当事者そのものだからだ。しかし、このスペインからの視点は、日本がグローバルなテクノロジー競争の中でどのように位置づけられているかを客観的に知る上で非常に興味深い。

スペインと日本の立場は対照的だ。日本には、半導体製造装置の東京エレクトロン、センサーのキーエンス、シリコンウェハーの信越化学工業など、AIハードウェアのサプライチェーンで不可欠な役割を果たす世界的な企業が数多く存在する。これは、スペインが持ちたくても持てない、製造業における深い技術的蓄積の賜物だ。一方、スペインは、デジタルインフラ(特に再生可能エネルギーと連動したデータセンター)の整備や、特定の応用分野(観光テック、金融テックなど)で国としてのニッチを確立しようと模索している。

この違いは、両国の国家戦略の違いにも表れている。日本が自国の技術的優位性をいかに維持・発展させるかに注力するのに対し、スペインは「優れた技術の最高の応用・実装場所」になることを目指している。つまり、AIの基盤技術を自ら生み出すのではなく、世界中から最高のAI技術と人材を惹きつけ、それを活用して自国産業を高度化させるという、いわば「ハブ戦略」である。これは、全ての国がAI開発の覇権を握れるわけではないという現実を踏まえた、極めてプラグマティックなアプローチと言える。

日本の企業や政策担当者にとって、スペインのこの戦略は示唆に富む。自社や自国が技術開発の最前線にいない分野において、いかにして価値を生み出すか。優れた「ユーザー」や「インテグレーター」になるという道もまた、グローバルなAI時代における有力な生存戦略の一つなのである。スペインの焦りと模索は、同じ先進国でありながら異なる強みと弱みを持つ日本にとって、自らの立ち位置を再確認する良い材料となるだろう。

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