「スペイン人は毎日昼寝する」という大きな誤解

スペインといえばシエスタ。日中の暑い時間に店を閉め、みんなで昼寝をして英気を養う――そんなイメージを持っている日本人は多い。だが、実際にスペインで暮らしてみると、その光景にはなかなか出会えない。

世論調査会社シンプレ・ロヒカ(Simple Lógica)が2016年に行った調査では、スペインの成人のうち「シエスタを一切しない」と答えた人が57.9%と過半数を占めた。習慣的に(週に4回を超えて)昼寝をする人は17.6%にすぎない。さらに18〜34歳の若年層を対象にした別の調査では、約7割が「日常的に昼寝をする習慣はない」と回答している。昼寝をするのはむしろ高齢者で、65歳以上の実施率が34歳以下を上回るという年齢差も確認されている。シエスタは「国民的習慣」というより、世代と環境に左右される個人的な過ごし方になっているのが実情だ。

そもそも、働きながら昼寝などできない

神話と現実がこれほどずれてしまった背景には、現代スペインの労働・生活スタイルがある。多くの企業はいまだに昼休みを2時間前後とる「分割勤務(ホルナダ・パルティーダ)」を採用しており、午後の再開は16時や17時。だが都市部では職住が離れ、昼休みに帰宅して昼寝をして戻る、という往復は時間的に不可能だ。結果として「長い昼休み」は外食や買い物の時間になり、肝心の昼寝は消えていく。

つまり、観光客が真昼に「閉まっている店」を見て「シエスタ中だ」と思うその裏で、当の店主や従業員は別の場所で働いていたり、用事を済ませていたりする。スペイン社会全体が昼に眠っているわけではない。

むしろスペイン政府は、この「長い昼休み」のほうを問題視してきた。2016年には当時のラホイ首相が、長い昼休みを前提とした勤務体系を見直し、終業を18時に早めて他の欧州諸国と生活リズムをそろえる案に言及して話題になった。日が沈むのが遅く、夕食が21時を回るスペイン特有の「遅い一日」は、シエスタ神話と地続きの問題として、いまも繰り返し議論の的になっている。

それでも午後2時に町ぐるみで黙る村がある

ところが、その「神話」を律儀に守り続ける町が実在する。バレンシア州、オレンジ畑に囲まれた人口数百人の小村アドール(Ador)だ。ここでは毎年夏になると、ジョアン・ファウス(Joan Faus)町長が一枚の「布告(bando)」を出す。内容は――午後2時から5時までは、町ぜんぶで静かに過ごすこと

この3時間、店や市営プール、バルは扉を閉じる。子どもたちは外でボール遊びをしない。各家庭はラジオやテレビの音量を落とす。文字どおり、町が示し合わせたように静まり返る。期間はおおむね6月15日から9月15日まで。海外メディアが「シエスタを義務づけた村」「世界で唯一の昼寝条例」とセンセーショナルに報じ、一躍有名になった。

ただし、ここは正確に押さえておきたい。これは罰則のある「法律」でも「条例」でもない。町長が毎年出す慣例的な布告にすぎず、破っても罰金は科されない。町長自身、これは「強制(imposición)ではなく推奨(recomendación)」だと明言している。起源も、もとは農村の生活の知恵だ。日の出とともに畑に出て働き、いちばん暑い昼に家へ戻って休む――その昔ながらのリズムを、町として紙に残しているだけなのである。だからこそ罰則がなくても守られる。アドールのシエスタは「強制された制度」ではなく「共有された作法」なのだ。

夏のスペインが本当に変えるのは「昼寝」より「勤務時間」

では、現代のスペイン人は夏の暑さとどう折り合いをつけているのか。鍵を握るのは昼寝ではなく、「ホルナダ・インテンシバ(jornada intensiva)」と呼ばれる夏季の短縮勤務だ。多くの職場が夏のあいだ、昼休みを挟まず朝8時から午後3時までぶっ通しで働き、午後は早々に切り上げる体制に切り替える。2026年も、国家公務員については週35時間制と6〜9月の夏季集中勤務を保障する内容が官報(BOE)で示された。

ポイントは、年間の総労働時間自体は変わらないということ。働く時間の「配り方」を変えて、猛暑の午後を丸ごと避けているのである。眠るのではなく、早く帰る。これが昼寝神話の裏にある、現代スペインのリアルな夏の過ごし方だ。

日本の読者へ ―― 「昼寝の国」の正体

整理すると、こうなる。スペイン人の多くは日常的に昼寝をしていない。だが「真昼を避ける」という文化そのものは、勤務時間の組み替えや、アドールのような町ぐるみの静寂として、形を変えて確かに生きている。眠るかどうかではなく、いちばん暑い時間に無理をしない――その発想が本質なのだ。

スペインに住む人にとっても、これは実用的な視点になる。夏場、午後2時から4時ごろにかけて役所や個人商店、地方の店が閉まるのは珍しくない。「サボっている」のではなく、社会全体がそういうリズムで動いている。その時間帯を避けて用事を組むのが、この国で消耗せずに夏を越すコツである。観光で訪れるなら、昼下がりは無理に歩き回らず、アドールの住民にならって静かに身体を休めるのが、いちばん「スペインらしい」過ごし方なのかもしれない。

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